表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/149

第7話 朽ちゆく影

 暗がりの中、扉の閉まる物音がした。深夜をとうに過ぎた時刻。呼び鈴を鳴らして、やや離れているとは言え近所を起こす訳には行かない。

 ふと、小さな明かりが室内に灯った。


「そろそろ、来る頃だろうと思っていたよ」


 穏やかな口調で言うマーシャの手には、光が灯っていた。

 橙色の光の中に佇む彼女に、ルエラは微笑を浮かべる。


「そうか。では、話が早そうだな」

「何処まで知ったのか、お聞かせ願えるかねぇ……」


 マーシャは警戒する事も無くルエラの前を通り過ぎ、窓際の安楽椅子に腰掛ける。

 そして、ルエラにもソファに座るよう勧めた。

 しかしルエラは立ち尽くしたまま、じっとマーシャを見つめる。


「恐らく、私が知っているのは全てだろう。例えば……あなたが、魔女だという事」


 マーシャは動じない。安楽椅子に身体を預け、ゆったりとルエラの話に耳を傾けている。


「あの後、一家や他の村人からもあなたの話を聞いたが、どうにも一般人だとは思えない。父親が賢者だとあなたは触れ回っているそうだが、魔法使いは魔力を所持しない者に魔法を教えたりはしない。万が一、誤発動でもあったら困るからだ」

「そうだねぇ。私の父が魔法使いだったと言うのは事実だが、確かに父は私に何も教えてはくれなかったよ。私は、父の部屋にあったものを勝手に閲覧し、使用して学んだ」


 ルエラは目を伏せる。

 同じだ。マーシャが話すのは、ルエラが魔法を学んだ方法と、全く同じだった。


「それから……土砂の下敷きになった村長を陥没によって落としたのも、あなただろう。マーシャ・セシナ」


 マーシャは答えない。黙り込み、ただルエラの話に耳を傾けていた。


「土砂を取り除こうとしていた時、私の力に対抗する力があった。あれは、あなただろう」

「おやおや。そこまで分かっているんだねぇ……。

 そうだよ、私は醜い人殺しさ。そして、この村を陥れようとしている。この村には呪いを掛けてある。対抗する者でもいない限り、村は全滅する……そんな呪いをねぇ」


 そう言って、マーシャはくつくつと笑う。

 そして、すっくと立ち上がった。ゆっくりとルエラの傍まで歩み寄り、頭を垂れる。


「もう、私がする事などありません。どうぞ、軍まで率いて行ってくださいな。

 ――私軍所属魔法使い、リン・ブロー大尉」


「私の素性を調べたか……」

「ええ。あなたが来た時、私がもう永くここにいる事は出来ないと、分かっていたからねぇ」


 ルエラはじっと、マーシャを見下ろしていた。しばらく、二人の間に沈黙が流れる。

 やがて、ルエラはふっと息を吐いた。そして、マーシャに背を向ける。


「あなたを処する事はしない」


 マーシャは驚いた表情だった。

 ルエラは振り替えり、微笑を浮かべる。


「私は、魔女と言うだけで処する事はしたくない。害ある魔女は、果てれば良い。だが、あなたはこの村に必要な魔女だ。

 呪いなんて、とんでもない。村が絶滅し兼ねない状態なのは、自然によるものだ。あなたが掛けているのは、呪いではなく守護の魔法だろう。

 出来の良い部下に頼んで、この村の地脈を調べてもらった。この下、大きな水脈が通っているそうだな。もう、百年近く前から枯れているそうだが……。それに加え、この村は銀鉱が盛んだ。銀を掘るため、人為的に掘った空洞も多々ある事だろう。結果、この村はいつ全てが陥没してもおかしくない状態となった……。

 この村は、八十年ほど前から陥没しなくなった。マーシャさん、あなた、丁度それぐらいの年ではないか? あなたが掛けた魔法によって、この村は守られているのだろう。

 村の中で私が魔法を使おうとした時、それは不可能だった。それも、その魔法によるものではないか?」


「……だが、私はアクロワを殺したんだよ」

「いや、あなたは殺しなどしていない」


 そう言って、ルエラは窓の外に目をやる。


「――村長は、もうずっと前に亡くなっていた。……違うだろうか?」

「……」


「この辺りは、陥没が多い。恐らく、村長はそれの一つに巻き込まれたのだろう。村に出入りする者を把握しているという事は、村の境へもよく行くという事だろうからな。村長が土砂に巻き込まれ、村人総出で探した事があったと、シモンから聞いた。恐らく、その時に……。

 それを最初に発見したのは、あなただった。そしてあなたは魔法で彼を操り、生きているかのように見せかけたんだ」


「土砂に巻き込まれていなかった。そう考えるのが普通じゃないかい?」

「それだけではない。……村長の家に行った時、蝋燭に埃が積もっていた」

「……」

「窓は遮光され、部屋は薄暗かった。昼間はそれでも薄明かりが入るにしても、夜には灯りが必要だろう。しかし、彼の家の蝋燭はここしばらく使われた形跡が無い。

 今日村長の家に行ったのも、魔法を繋ぎとめるためか何かじゃないか? そしてナタを魔法の媒介とするために残した。ナタが視線を外した途端、村長は動きを停止して倒れている。彼は冷たかった……体温が無かった。

 村人達から慕われ愛されている彼を、あなたは死なせたくなかった。村の人々を悲しませたくなかった。だから、生きている状態を保とうとしたのではないか?」


 マーシャは溜息を吐き、再び安楽椅子へと戻って行く。そして、深く腰を掛けた。


「まさか、そこまで推理されているとは思わなかったよ……。せっかく、私が作り上げたシナリオがパァだ」

「魔女として捕まり、村に呪いを掛けたと偽って、その呪いに対抗する名目で魔法使いを村に派遣してもらう……。そして、その魔法使いに村を陥没から守ってもらう、という筋書きか?」

「その通り。捕まらないにしたって、私はもうこの村にはいられないからねぇ」

「……会いに来た女性か」


「そう。あなたを襲い、私が独学の書を持たせていたアクロワを、襲った魔女だよ。あそこで他の者に見つかるのは、彼女も想定外だったんだろうねぇ。危うく、彼女に書を奪われるところだったよ。

 あの場で助かっては、困る。だから、私はアクロワを地下深くへと落とした。私の書と共に。綺麗な事を言っているようだけれど、結局のところ、村の者達からあいつを奪ったのは、私なんだよ。私の罪が消える事は無い」


 ルエラはマーシャの元へと歩み寄る。


「彼女は何者だ? なぜ、私を襲った。あなたに、何の話をした」

「彼女は闇の国より遣わされた使者さ……。彼女に目を付けられたからには、もう私はこの村にはいられない。この村にいては、村を危険に巻き込む事になる。

 そしてあなたも、優れた魔法使いだ。ここにいては、危険だ。帰りなさい」

「な……っ」


 がちゃりと音がし、廊下へ続く扉が開いた。

 入って来た人物に、ルエラは目を丸くする。


「ブルザ……!? お前、どうしてここに……!」

「そちらのご夫人より、ご連絡を頂きました。……あなたを狙っている者が、直ぐ傍まで迫っていると」


 ルエラは、穏やかな表情で腰掛ける老婆を振り返る。


「あなた……私の素性を、何処まで知っている?」

「『恐らく、私が知っているのは全て』ですねぇ。

 私は、この村に魔法を掛けています。他所の者が、この村の中で魔法を使えないように。村を守る為に。この魔法は、もし村の中で魔法を使おうとした者がいれば、それを察知する事が出来るんですよ。

 ルエラ・リム王女様の事は、私は前々から気にしておりましたからねぇ。銀色の髪、翡翠の瞳。魔女ヴィルマの娘……と。

 そして同じ特徴で、水系の魔法を使おうとする少年。私の知識があれば、あなたを結びつける事は容易でしたよ」

「裏をかかれた気分だな……」


 マーシャはふふふと笑い、そして言った。


「三日間、この村を支え続ける魔法を掛けました。私は、その内に死ぬつもりです」


「何を言ってるんだ!」

「代わりに、村を支える事の出来る魔法使いを、村に派遣して頂けませんか」

「何を言う。あなたがここに残って、これからも村を支え続ければ良いではないか!」

「私はもう、この村にいる事は出来ません」

「そんな事は無い。あなたを狙う魔女がいるならば、私も応戦する。共に戦おう」

「相手は、そんな容易な手だれではありません。あなたは、死んではならない」


 言い返そうとしたルエラの肩を、ブルザが掴んだ。

 ルエラはゆっくりと視線を背後に送る。肩越しに冷ややかな目で睨めつけた。


「どういうつもりだ、ブルザ」

「姫様は、私と共にこの村を離れて頂きます。そのために、私は参りました」

「この手を放せ」

「放しません」

「王女である私の命令だ! この手を放せ。私は、この村に残る」

「勘違いなさらないでください。我々私軍は、あなたの召使ではありません。あなたの御身をお守りする事が、我々の務めなのです」


 そう言うなり、ブルザは軽々とルエラを抱え上げた。


「荷物はすでに、取ってきてあります。参りましょう」

「放せ! 私はここに残ると言っている!!」


 どんなに叫ぼうとも、ブルザは放そうとはしない。

 腕力だけでルエラがブルザに勝つ事は出来ない。魔法が使えない今、ルエラは途方もなく非力だった。


 家から連れ出され、ブルザは駆け出す。

 ルエラは、マーシャの家へと呼びかけていた。


「何故、彼女が死なねばならない!? 彼女が何をしたと言うのだ!

 戦え、セシナ! お前を失ったら、この村はどうなる!? 村長の死に対する、村人達の悲しみをお前は見ただろう!!」

「姫様、お静かに。見つかってしまいます」


 ブルザに咎められ、ルエラは口を噤む。

 口を噤む事しか出来なかった。一度たりとも、敵はルエラ達の前に姿を現す事はなかった。けれどもその者の実力は、昨夜の一件で明らかだ。容易に勝てる相手ではない。


「……くそっ」


 ルエラはあまりにも、非力だった。ただ、尻尾を巻いて逃げる事しか出来ない。

 力があれば。

 そう思えども、それは空しい願望に過ぎなかった。



* * *



 三日後、村に小さな軍部が作られた。送り込まれた軍人の中には、魔法使いもいた。

 そして同日深夜、村の一角で大きな陥没があった。八十年ぶりの陥没は、一人の老婆の家を地下深くへと飲み込んだと言う。


 死体はまだ、見つかっていない。

-Fin-

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ