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灰色の王女-火刑となりし男装王女の魔女狩り譚-  作者: 上井椎
第1章 漆黒と純白の輪舞曲
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第2話 男装少女

 店内の者達が唖然とする中、真っ先に動いたのは銀髪の少年だった。

 店を飛び出し、素早く辺りを見回す。


 暗い夜道に人影は無い。逃げる足音も聞こえない。

 少なくとも、窓を鈍器で直接殴り割った訳ではない事は確かだった。

 諦めて、店へと戻る。店内は、騒然としていた。


「何だったんだい、今のは!?」

「うう……痛い……痛い……」

「魔女だ……魔女の仕業だ……」


 少年はショックを受けた様子のユマとアリーの方へと歩み寄った。


「大丈夫か?」

「うん。ありがとう……」

「あれ?」


 声を上げたのは、アリーだった。ユマの足元を指差す。


「何だろ、この水溜り……」

「誰かが水でも零したんじゃない? あんな事があったんだもの」


 ユマが軽く答える。

 少年は一瞥しただけで、何も言及しなかった。




 軍の者達が到着し、事情聴取を受けて全てが片付いた時には、夜は更け、もう日付が変わろうとしていた。


 客達が帰り、少年は宿を振り仰ぐ。

 一階の窓はほとんど割れてしまい、店内も惨憺たる有様だ。この状態では、今日のところは営業中止だろう。今からでは、他の宿も見つかりそうにない。

 今夜は野宿か。腹をくくる少年に、アリーが話しかけた。


「あ、そうだ。部屋取りたいんだよね。今からじゃ、他の所探す訳にもいかないでしょ?」

「いいのか?」

「まあ、一階があんな状態でも気にならなければ、だけど……」

「構わない。助かるよ」


 宿の料金は、半分を先払いするのが一般的だ。しかし、財布を出そうとした手はアリーに止められた。


「お代はいいよ。助けてくれたんだしさ。おばさん、いいよね?」


 アリーは、そばに立つふくよかな女を振り返る。女は、顔を綻ばせうなずいた。


「こっちも、本来のおもてなしは出来そうに無いしねぇ」

「さっ。こっち、こっち!」


 アリーは少年の手を引き、二階へと案内する。

 店の奥に位置する廊下の先に、階段はあった。


「さっきはありがとう。君、強いんだね」

「君の方こそ。女の子なのに、あんな大男を投げるなんて」

「えっ。あ、ああ……うん、まあね」


 アリーは、少し焦ったように笑う。

 少年はきょとんと首を傾げていた。


「一名様なら、ここだね」


 奥から二つ目の扉の前で、アリーは立ち止まった。


「隣が、ユマ――さっきのポニーテールの女の子の部屋だよ。僕はそっちを覗いて行くし、おばさんは下にいる。何かあったら、呼んでね」

「ああ。世話になる」


 アリーは一番奥の部屋へと向かいかけ、思い出したように立ち止まった。


「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったよね。

 僕はアリー。アリー・ラランド。君は?」

「リン・ブロー」


 少年は、短く答えた。



 アリーと別れ、少年は部屋へと入る。

 小ぢんまりとした質素な部屋だった。ベッドが一つ、その足元に小さな丸い机と椅子が一脚。

 豪華でもなく、貧相でもなく、ごくごく一般的な宿の部屋だ。


 トランクを部屋の隅に置き、コートを脱ぎ捨てる。

 ジャケット、タートルネックのシャツ、そしてその下に巻かれていたのは、白いサラシだった。


 少年――いや、少女は、サラシ姿のままベッドに潜り込む。

 アリーに名乗ったリン・ブローと言う名は、偽のもの。本名を、ルエラと言った。とある事情から、性別を偽り、名前を偽り、旅をしている。


 ルエラは、店での出来事を思い起こす。

 アリーの怒声、そしてユマの悲鳴と共に割れた、窓ガラス。物理的に割られたとは考えにくい。ただの老朽化にしては、あまりにもタイミングが良過ぎた。

 店にいた客や押し入った盗賊達は、魔女の仕業だと言って怯えた。あれは、魔法によるものだったのだろうか。すると、アリーまたはユマが魔女?


 魔女は災いを成す者として、世間一般に知られていた。

 本来、魔法は男性しか持ち得ない。男性の、それもごく一握り。家系も謎に包まれた者が多く、魔法使いは人間とは別の種族として受け入れられていた。

 一方で、魔女は女性しか該当し得ない。ルエラがアリーを数に入れたのは、当然、その性別を知らないからである。


 古くより、魔女は悪事を働く存在として描かれて来た。

 古の魔女の物語は、多少教養のある者ならば、誰でも知っているおとぎ話だ。古の時代、魔女が三日三晩、北方大陸全土を水の底に沈めたと言う物語。


 更にここ、リム国では、先の王妃ヴィルマによる大量虐殺があったのだから、殊更、人々の魔女への憎悪は強い。


「ヴィルマ……貴様は今、どこにいる……?」


 暗闇の中、ルエラの呟く声に答える者はいなかった。






 翌朝、ルエラが朝食をとりに下へ降りて行くと、制服を着たユマが既にいた。


「おはよう」

「おはよう。……あの、昨晩は、ありがとう……」


 ユマは頬を染め、うつむき加減になる。


「ああ……災難だったな。大丈夫か?」


 ユマが受けそうになった仕打ちについては触れず、ルエラは問うた。

 ユマは顔を上げて目をパチクリさせ、微笑んだ。


「ちょっと怖かったけど、もう大丈夫。あ、そこ、空いてるわよ」

「ありがとう」


 昨日の今日で、まだ窓は直っていない。当然他に客はいない訳だが、それでもルエラはユマの前の席に座った。

 出てきた夫人に注文を告げ、ユマの服装に目をやる。


「学校に通っているのか?」

「ええ。お父さんの立場上、それなりの教養は付けなきゃって事で。軍人になるつもりは無いから、士官学校までは進まないけどね」

「将来は文官って所か? 宮廷に仕えれば、会う事もあるかもしれないな」

「さあ。そこまでは決めてない。でも、首都には行かないと思うわ」

「どうして?」


「やっぱり、ちょっと怖いのよ。十年前みたいな事件は稀だと言っても、大きな町なだけ、事件も多いだろうし。

 リンはどうして、私軍に? その肩章だと、大尉よね。同じぐらいの年かと思っていたけれど、意外と年上なのかしら」

「いや。たぶん、同じくらいだ。ただ、私の場合は事情が特殊だから。私軍は、王族が個人的に推薦する場合もあるしな」

「へぇ。やっぱり、学校で習うより現役の人に聞いた方が詳しいわね」


 ルエラの食事を運んで来たのは、アリーだった。


「リン、おっはよー。ね、今日って何か予定ある?」

「ああ、まあ……。少し、ここの軍部に顔を出そうと思っている。もしかしたら、今夜もここへ泊まるかもしれない」

「急ぎの用事?」

「なぜ?」


 アリーはそばの空いている席に、すとんと腰を掛ける。


「おばさんがね、午前中、暇をくれたの。宿泊客はユマとリンだけだし、窓はあれだしおじさんも帰って来ないしで今日の昼間はまだお店開けられないから、リンを町案内してやったらどうかって」

「そういう事なら、宜しく頼む。軍部へ行くのも、案内がある方が早く済む」

「いいなあ。私も、学校がなければ一緒に行ったのに……」


 ユマは、少しつまらなそうに口を尖らせる。


「ユマも、学校終わったら一緒に行こうよ。お店直ってなければ、少しは時間あるかもしれないしさ。

 ……学校と言えば、時間は大丈夫?」

「いけない! もう、こんな時間!」


 ユマはミルクを飲み干し、慌てて席を立つ。


「それじゃ、アリー、リン、またね」

「勉強頑張ってねー」


 アリーはにこにこと笑顔で手を振る。慌てて駆け去る後姿を、ルエラはじっと見つめていた。




 ペブル。

 それが、リム国西部に位置する、この町の名前だ。

 リム国は古くから優美な彫り物が数多く残っているが、大河に近いこの町では特に石切りの技術が発達したと言う。

 やがて隣国レポスと同盟を組み、国境を越えて汽車が通るようになった。その大きな駅が、ペブルから一つ上った所である。

 伝統的な彫り物と交通の便の良さが相まって、ペブルは小さな町ながらも観光名所となっていた。


「綺麗で可愛い町でしょ」

「ああ」


 ルエラの返答は短かったが、それでアリーは満足したらしい。ころころと笑い、明るい声で様々な物をルエラに説明してくれた。


「この通り沿いにあるの、ほとんど宿屋なんだよ。まるでお城みたいでしょ。……って言っても、実際お城に出入りしているリンには、おもちゃみたいなもんかも知れないけど」

「いや、なかなか見事なものだよ。工芸家を城に呼びたいぐらいだ」

「え?」

「――まあ、実際はそんな権限は無いがな」


 ルエラは慌てて付け加える。アリーは、訝しげに首を傾げていた。


 間も無く、二人はペブルの町軍司令部に辿り着いた。やはりここも、シンプルだが繊細な彫り物で飾り立てられている。

 門前で警備に立っている兵士二人に、アリーは駆け寄って行った。


「アルル・エルズワースです。パトリシア・エルズワース少尉に会いに来ましたぁ」


 小首を傾げ、やや上目遣いでアリーは話す。

 兵士はどうぞと言う風に手で示した。心なしか、頬が紅潮しているようにも見える。


「……君、アリー・ラランドだったよな?」


 門を通り過ぎてから、ルエラが呆れたように言う。


「軍にね、僕の友達がいるんだ。彼女が、自分の妹だって言えばいいよって。彼女と一緒の時に警備の人にも接しておいたから、何の疑いも無く通してくれるんだ」

「態々偽名を名乗らずとも、用件を伝えれば問題無かったと思うが」

「それって、案内が一人ついてくるでしょ。堅苦しくて嫌なんだもん。それにあの兵士さん、紅くなるから面白いしね。

 ――あ、いた。パティ~っ」


 アリーの呼びかけに、部屋へ入りかけていた女性が振り返った。アリーを見て、ふわりと微笑む。白い肌に金髪蒼眼の美しい女性だった。


「あら、アリーじゃない。そちらの方は?」

「リン・ブロー大尉。僕の家に泊まってるんだ。

 リン、この人はパトリシア・エルズワース少尉。綺麗な人でしょ。町のアイドル的存在なんだよ」

「まあ。それはアリーの事でしょう。さっきも、警備の兵に色仕掛けしてたでしょう」

「あっちゃ。見てた?」


 アリーはぺろりと舌を出す。

 おっとりと微笑むパトリシアに、ルエラは用件を切り出した。


「この辺りに軍属魔法使いがいると伺ったのだが……」


 答えたのは、アリーだった。


「あ、それ僕知ってるー。お客さんが話してたんだ。隣町の軍に、魔法使いが新しく配属されたって。光の賢者のお孫さんとか何とか」

「ああ、ルノワール中尉の事ですね。彼に御用が?」

「ああ。姫様の勅命で、ヴィルマを探しているんだ。助言を貰えないかと思って」

「それなら、こちらから話を通しておきましょう。アリーの宿に連絡を差し上げればよろしいですか?」

「ああ、頼む」

「隣町の大火事を、一瞬で消し去ったんだってねー。火事と言えば、こっちの火事の方は、あれから何か分かった?」


 口を挟むアリーを、ルエラはきょとんと振り返った。


「火事があったのか?」

「うん。昨日の……夕方頃だったかな。川沿いの道で、急に火柱が上がって。何も燃えるような物なんてない場所だったから、不思議なんだよね」


 ルエラに軽く説明し、アリーはパトリシアを仰ぎ見る。パトリシアは、困ったように微笑んでいた。


「残念ながら、これと言って進捗はないわ……担当の人達も、頭を抱えちゃってるみたい。火がついた時、アリーもその場にいたのよね? 何か気付いた事とかなかった?」

「気付いた事かあ……うーん……」


 人差し指を唇に当て、アリーは視線を上にして考え込む。それから、「あっ」と声を上げた。


「何か変な耳鳴りがしたんだよね。で、チカッて一瞬、青く光ったの。そしたら、突然、火が……」

「青い光と、耳鳴り……」


 パトリシアは呟く。

 ルエラは、真剣な面持ちで、アリーを見つめていた。




 軍部に立ち寄った後は、アリーの案内でペブルの町を巡った。

 赤茶けたレンガの屋根に、白いレンガの壁。道もまた白い石畳が続き、広い道では時折、馬車がルエラ達の歩く横を通り過ぎて行く。

 町は木々に囲まれ、その外側には広大な畑が広がっている。十一月ともなれば畑は収穫期を超え、木々も赤や黄に葉の色を変えたものが多い。


「リンは、ヴィルマを探しているんだね」


 階段の縁にある細いでっぱりをバランス良く下りながら、アリーは言った。


「ああ、まあ……」

「この辺りにいるの?」


 アリーはレンガを飛び下り、ルエラの正面に立つ。

 その顔は、真剣だった。


「いや……別に、手掛かりがあって来た訳じゃない。恥ずかしながら、何も掴めていないのが現状だ。各地の魔女に関する事件を調べたり、魔法使いを訪ねたり、手探り状態だな」

「そっかあ……」


 アリーは落胆したように呟き、くるりと背を向ける。


「……すまない。事件当初に捕まえられれば良かったのだが……」

「仕方ないよ。だって、ヴィルマの事件って十年も前だもん。リンだって、僕と同じくらいの年でしょ? まさかその頃から軍にいた訳じゃあるまいし、どうにか出来るような立場じゃなかったんだから」

「……」


 ルエラはうつむき、黙りこくる。

 アリーは再びくるりと振り返り、明るい声で言った。


「もし、僕にも何かできる事があったら、何でも言ってよ! 僕も力になりたいからさ。今はお店の手伝いがあるけれど、いつかはヴィルマを探したいなって思ってるんだよね」

「そうか……じゃあ、いざと言う時は頼もうかな」


 ルエラは軽く笑う。


「あー、本気にしてないでしょ。僕、結構強いんだからね。魔女なんてやっつけてやるんだから。シュババババって」


 アリーは拳を構えると、シュッシュッとジョブを鳴らす。


「でも、陛下もお可哀想だよねえ。ずっと魔女に騙されて、妃にまでしちゃってたなんて。さすがに犯人がヴィルマだって分かったら、かばうのをやめて処刑宣告したけれど。人を不幸にする魔女なんて、捨てられて当然!」


 二人は大通りを離れ、路地裏に入っていた。周囲は、大きな屋敷ばかり。

 その中でも一際大きな建物を、ルエラは見上げた。高い塀に囲まれ、一階の高さは全く見えない。二階には、先の尖ったアーチ型の窓が連なっていた。


「ここは……」

「学校だよ。ユマも、ここに通ってるんだ」


 白いレンガ造りの塀を見上げ、アリーは答える。

 そして不意に、アリーはまるで上から押しつぶされるようにして倒れた。


「アリー!?」


 ルエラは驚き、駆け寄る。


「う゛……痛たた……」


 アリーは首をさすりながら起き上る。ルエラはホッと息を吐き、足元を見渡した。

 石畳はアリーを中心にひび割れ、丸く凹んでいた。まるで、何か重いもので上空から押しつぶしたように。


 ルエラは頭上を見回し、ハッと目を見開いた。


 学校の二階。アーチ型の窓の縁に、一人の少女の姿があった。

 彼女はふいと外に背を向けると、奥へと駆け去って行ってしまった。


「何だったんだろ。急に、上から押しつぶされたみたいに……。どうしたの、リン?」

「いや……何でもない」


 ルエラは首を振る。


 窓からルエラ達を見下ろしていた少女。

 それは、ユマの姿に他ならなかった。

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