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第3話 襲撃

 冷たい風が吹き荒ぶ小さな駅のホームに、汽車は滑り込んだ。ピストンの音が徐々に小さくなっていき、やがて汽車は停車した。

 北の果ての駅。案内をする車掌さえいない、無人駅だ。一応汽車は通っているものの、滅多に降車する者はいない。


 この日北部フロルド町に降り立った者は、二人いた。内一人は、少年だった。青いコートを身に纏った、銀髪の少年。翡翠の瞳は、強い眼差しをしている。


「コーズンはあの山の中か……」


 西日に赤く染まった山を眺め、ルエラは呟く。この駅で降車したもう一人の女性は、いつの間にやらいなくなっていた。

 肌が痛くなるほどの寒さに、ルエラは軽く身震いする。冷たい風に青いコートをはためかせ、駅を出た。

 十一月ともなれば、北部は凍えるような寒さだ。これから、顔も痛くなる程に寒々しくなって行くのだろう。ヴィルマを探さなくてはいけない。それは決して変わらぬ意思だが、何の手掛かりも無ければこの時期に北上するのは避けたい。


 ルエラは町へと歩き始める。吹き付ける北風と同じく、寒々しい町だった。夕方という時間も相まってか、人通りもほとんど無い。

 脇目も振らずに小さな町を歩き抜け、細い山道に入る。コーズンには線路が通っていない。よって、こうして隣町から徒歩で向かうしかないのだ。


 急な勾配を、ルエラは一歩一歩と上って行く。

 生い茂った木々は、やがて途切れた。ルエラはポケットから小さなコンパスとくしゃくしゃになった地図を出し、現在地を確認する。

 ようやく、山の中腹まで来たようだ。ルエラは正面に目をやった。進む先は切り立った崖になっていて、大きな吊り橋が渡っている。吊り橋の遥か下方では、水が轟々と音を立てて流れていた。

 ルエラは再びコンパスと地図をしまうと、吊り橋に足を掛けた。と、身体ががくんと下がる。咄嗟に足を引き、横の縄に捕まる。

 ルエラが足を掛けた部分の板が、段々と小さくなって濁流の中に消えて行った。それを見送り、ルエラは苦笑いする。どうやら、随分と古びた橋のようだ。

 縄に手を掛け、一歩一歩と慎重にルエラは歩を進める。冷たい風が吹きつけ、吊り橋が大きく揺れる。コートが風に煽られ、引っ張られる。ルエラは立ち止まり、コートの前を合わせた。そうしてまた、歩き出す。


 一歩ずつ慎重に歩いていると、苛立ちが募ってくる。帰りの事さえ無ければ、駆けて行ってしまうのに。例え足元が崩れようと、落ちる前に前へと進んでいれば良いだけの話なのだから。

 だが、帰りの事を考えるとここで橋を壊す訳にはいかない。それに、ルエラが再び城に戻って橋の工事を命じる前に、他の者がこの橋を使う可能性も零ではない。


 ようやく吊り橋を渡り終えた時には、日は西の山の向こうへと沈みかけていた。ルエラは紅く染まった空を眺め、踵を返す。夕日に背を向け、崖沿いを足早に歩いて行く。

 コーズンはこの山の向こう側へ回った所にある。早く行かなければ、日が暮れてしまう。小さなランプを所持してはいるが、暗闇でこのような山道を歩くのは心許無い。ましてや、右手は濁流渦巻く崖。万が一にも下へと落ちれば、命は無いだろう。

 ほとんど駆けるようにして、ルエラは山道を歩いて行った。


 やがて、流水音は遠くへと消えていった。川沿いは離れたらしい。だが、右手が崖である事は変わらない。


 ふと、ルエラは背後を振り返る。


 日は暮れてしまった。森からも離れ、岩肌しかない山奥。崖の向こう側にある森からだろうか。ふくろうの鳴き声だけが幽かに聞こえる。

 暗闇に慣れた目を、ルエラは四方に油断無く走らせる。けれど、辺りに人はいなかった。


「……」


 誰かに見られているかのような、緊張感。自分以外の何者かが、辺りにいる。そして、じっとルエラを見ている。そんな気がしてならない。


 しかし、その者が姿を見せる事は無く、ただひんやりとした風が通り過ぎて行くだけだ。


 不審に思いながらも、ルエラは正面に視線を戻す。そして再び、足早に歩き出す。

 立ち止まったついでにランプを取り出そうかとも考えたが、目が慣れているのだから必要無い。

 むしろ、中途半端に小さな明かりを目にしてしまったら、照らされていない周辺が見えなくなってしまう。何者かの気配が付き纏うこの状況で、周囲が見えなくなるのは避けたかった。



* * *



 どれほど歩いただろうか。やがて、右手下方に点々と明かりが見えてきた。

 コーズン村だ。

 ルエラの歩く道は、少し先で手前へ折り返すように曲がっていた。道はぎざぎざと行き来するようにして、下へと続いている。


 ルエラはホッと息を吐きかけ、飛び退いた。先程までルエラの立っていた場所に、多量の土砂が降りかかる。寸分でも遅ければ、ルエラは土砂の下敷きになっていただろう。

 ルエラは四方を見回し、毅然と言い放つ。


「何者だ! こそこそ隠れていないで、姿を現したらどうだ?」


 返答は無い。

 代わりに、足元がぐらりと揺れた。ルエラは地面を強く蹴り、前へと駆け出す。ルエラの後を追うようにして、地面が次々と崩れて行く。

 横目で後ろを見ても、人影を見つける事は出来ない。


「くそ……っ」


 ルエラはただ、坂を駆け下って行く。

 折り返しまで辿り着き、道沿いにUターンする。次は折り返しまで行かぬ内に、一段下の道へと飛び降りた。着地するなり、地面を蹴り再び駆け出す。土砂崩れはUターンの箇所まで行く事無く、ルエラの後について来た。


 あらかじめ仕掛けられた物ではなく、直接ルエラを狙っているようだ。つまりは、どこかからルエラを見ているという事。


 走りながらも、ルエラは背後に目をやる。

 上から押しつぶされたようにして、崖は崩れて行く。ルエラは上方に目をやった。月の無い方角。

 満点の星空の一部が、闇に切り取られている。雲ではない。


「そこか!」


 ルエラは上に手を突き出す。影は、ルエラの魔法を避けた。


 しまった、と思った時には遅かった。


 体勢が崩れる。ルエラの足元は、無かった。身体が宙に投げ出される。

 ルエラの上方からは、土砂が降りかかるようにして落ちて来ていた。

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