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第2話 噂

 リム国ウェストタウン。

 今、西部総司令部の軍事寮の前に立った男がいた。年の程は三十代後半から四十代と言ったところか。体格の良い大きな男である。着ている軍服は、彼が私軍所属である事を示していた。

 軍事寮の受付へ向かおうとした彼を、呼び止める者があった。


「ブルザ少佐! 遠路遥々、ご足労感謝いたします」


 ブルザと呼ばれた男が振り返る。彼の視線の高さには、誰もいない。やや下に目をやれば、銀髪の少年が彼を見上げ敬礼していた。


「電話で話した通り、留守中の書類を持って来た。それから、地方巡回の報告を聞きたい」

「はっ」


 再び敬礼すると、少年は受付へと向かう。帰宅を伝えて鍵を受け取り、ブルザを振り返った。


「案内致します。こちらへ」


 ブルザは頷き、彼の後に続いて寮内を歩く。

 西部の主要都市となると、建物の造りには隣国の影響があった。リム国のその他の町のような優美さよりも、無骨で近代的な建物となっている。一見物寂しくも思えるが、実の所軍用としては使い勝手が良く利便性に優れている。


 やがて、少年は一室の前で立ち止まった。扉に書かれた三桁の数字を確認し、鍵を差し込む。カチャリ、と小さな音を立てて鍵が開いた。少年は扉を開き、ブルザを振り返った。


「どうぞ」


 ブルザが中に入り、続けて少年も部屋の中へと入る。

 扉を閉め、鍵をかけたのを確認すると、ブルザは肩から横に掛けた鞄から束になった書類を取り出した。


「ご確認とサインをよろしくお願いします」


 先程までとは打って変わった畏まった態度。だが、少年も当然のように答える。


「ああ。その机に置いてくれ。ご苦労だったな」


 少年は私服の青いコートを脱ぎ、ベッドの上に無造作に投げる。

 ブルザに席を勧めると、自分もその正面に着席した。ペンを取り、書類の束を引き寄せる。


「随分な量を持って来たな。よく見つからなかったものだ」

「誰のせいですか。苦労したんですよ」

「次に帰った時ではいけなかったのか?」

「次って、一体いつお帰りになるおつもりですか。他国へ出る前に連絡をくださっただけまだマシですが、可能ならそう言った場合は城へといったんお帰りください」

「せっかく西部まで来たんだ。このまま行った方が、近いじゃないか」


 少年の言葉に、ブルザは呆れたように溜息を吐く。

 毎度、毎度。この者は相変わらずだ。


「そう言った問題では無いでしょう。本来ならば、行き先の王へ挨拶も無しに他国を訪れるなど、失礼極まりない話です。

 どうか、ご自分の立場を弁えてください――ルエラ姫様」


 ルエラ・リム。

 それが、この少年の実の名だった。ここ、リム国の王女である。


 そして、ルエラは魔女であった。魔女は忌み嫌われ、国公認で狩られる世界。十年前にルエラの母ヴィルマが起こした事件によって、尚更魔女への嫌悪は高まった。

 ルエラはヴィルマを探し、旅をしている。だが、王女だとばれる訳にも、ましてや魔女だとばれる訳にもいかない。かと言って、魔法を一切使用出来ないのは万が一の場合に心許無い。結果、彼女は男装をし、身分を私軍所属のリン・ブロー大尉と偽って旅をしていた。


 その事を知るのは、今この場にいるサンディ・ブルザただ一人だ。継母やその連れ子のノエル王子はもちろん、実の父であるマティアス・リムでさえ知らない。


「成るべくならば、一月に一度くらいは城へとお戻りください。国王陛下も、たいそう心配なさっていますよ。一国の王女が護衛も無しに、流浪しているなんて……。それに、このような事を繰り返していたら、ばれるのも時間の問題です」

「安心しろ。例え書類の持ち出しがばれても、お前の立場は私が保証してやる」

「私がしているのは、そう言う心配ではありません」

「分かっている」


 遮り、ルエラは書類に落としていた視線を上げる。ブルザを正面から見据え、そしてフッと微笑った。


「見くびるな。私がそう簡単にやられるものか」


 自信に満ちた表情。それが自信過剰や強がりなどでは無い事を、ブルザは知っている。だから彼女が旅に出ること自体を、止めようとした事は無い。

 ルエラは再び、手元の書類に目を落とす。ルエラの白い手が細い線でサインして行くのを眺めながら、ブルザは口を開いた。


「ところで姫様は、北部コーズンの話はご存知ですか?」

「北の山脈に囲まれた奥地と言う事しか知らんな。そこがどうかしたのか?」

「私もつい最近聞いたのですが……一部では、『魔女の里』と呼ばれているそうです」


 ルエラは手を止める。


「魔女の里……だと?」

「ええ。同僚が噂しているのを耳にしまして。なんでも、リム国内の魔女が身を寄せ合って生活している村なのだそうです」

「コーズンは奥地に所在する……加えて山を越えた向こうは、元サントリナ国の領地だ。そんな噂が立っても、不思議ではないな」

「確か昨年、その山にトンネルが開通したのでしたよね」

「ああ。恐らく、それも噂の発祥原因だろうな。サントリナ国は、魔女の国だったと言う噂があるから」

「その様な噂があるのに、よく開通なさりましたね」

「あそこの山々には、銀の重要な鉱脈がある。それを採掘しない手は無い。虎穴に入らずんば虎児を獲ず、ってね」


 ルエラは作業の続きに取り掛かりながら、微笑を零す。


「魔女の里、か……。レポスへ行く前に、立ち寄ってみても良いな」

「そう仰るだろうと思っておりました」


 ルエラは、行方をくらました母を捜している。彼女は魔女だ。コーズンの話を聞けば、興味を持つのは至極当然の話だった。


「ルエラ姫様。差し出がましいとは承知で申し上げますが、十分にご注意ください」


 ルエラは聞いているのか聞いていないのか、ただ黙々と書類に目を通しサインをしている。


「私は、姫様のお力を存じております。ですから、姫様が旅をなさる事自体には反対致しません。

 ですが、万が一性別がばれた場合も考慮し、魔法をお使いになるのはお控えください。あまり危険な事にお関わりになるのも、我々姫様をお守りする立場としては、謹んで頂きたいです。どうか、ご身分をお忘れにならぬよう」

「分かっているさ。毎度毎度、会う度に同じ事を言わなくても良いだろう」


 先程の歯切れの良い口調ではなく、やや面倒臭そうな、年相応の反抗的な口調だった。


「毎度同じ事を申し上げる事になるのは、姫様が何度申し上げても懲りないからです。ペブルでの話、伺いましたよ。随分と派手に暴れたそうじゃないですか」

「暴れたんじゃなくて、活躍したと言って欲しいな」


 ルエラは口を尖らせる。

 ブルザは構わず、続けた。


「姫様は、何れ一国の王となられる御身。我々国民に不可欠な存在なのです」

「いつも言っているだろう。私は国王になるつもりなど無い」

「姫様!」

「声を荒げるな。外に聞こえたらどうするんだ」


 言い咎められ、ブルザは口を真一文字に結ぶ。

 ルエラは頭の後ろで腕を組み、椅子の背にもたれかかる。


「お父様が再婚なさったクレアさんには、連れ子のノエルがいた。丁度良かったよ。国王なんて面倒な立場は、あの子に押し付けられるからな」


 そう言って、ルエラは悪戯っぽく笑って見せる。

 ブルザは何も言わず、真顔で己が主を見つめていた。


「だから私は、自由奔放にやらせてもらうとするさ。

 私はヴィルマが魔女だと知っていたのに、彼女の罪に気付けなかった。屈辱的な事に、彼女に守られてさえいた。

 あの大量虐殺は、私の罪でもあるんだ。私は騙された被害者などではない。むしろ、騙されたのは民の方さ。

 だから私は、一人でも多くの民を救いたい。一人でも多くの魔女を成敗したい。この世界に魔女は、いてはならない存在なんだ」

「姫様は……」

「ん?」


 言い留まったブルザに、ルエラは小首を傾げて先を問う。

 その姿は小さく、大きな責務を負うにはまだ若過ぎる。女性の平均的身長で男装をしているものだから、大人びた顔立ちだと言うのに殊更幼く見えた。


 ……この子も、魔女なのだ。

 そして彼女は、自分の事だけを棚に上げるような人物ではない。


「いえ……何でもありません」


 その先を尋ねるのは、どうしても出来なかった。

 魔女は、この世界にいてはならない。ルエラはそう言う。だが、ルエラ自身も、その魔女と言う存在である。


 ブルザは、いつかこの少女がどこか遠くに行ってしまうような気がしてならなかった。

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