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第38話 惨劇の終幕

 ポーラ・ブィックス。

 私軍第三部隊所属、軍属魔法使い。――電流の魔法の使い手。


「よりによって、こいつかよ……!」

「ルエラ、水の中に……!」


 アリーの言葉に、フレディが小さく首を振った。


「駄目だ。電流の魔法が相手じゃ、感電させられてしまうだけだよ」


「どうしてここがお分かりになりましたの?」

「簡単な事ですよ、ハブナ王女様。それとも、素性不明の共犯として扱った方が都合が良いでしょうか?」


 ブィックスは、対女性専用の爽やかな笑みを見せる。レーナは口をつぐみ、答えない。

 ブィックスは、ルエラへと目を向けた。


「普通なら、水路脇に道のある所を行くだろう。だが、ブロー大尉は水魔法の使い手だ。彼にとって、水は行き止まりにはならない。むしろ、追っ手の来ない恰好の逃走路だ。実際に軍も人の通れる通路を中心に捜索している。

 道の無い水路を辿った先を探していたら、魔法を使う気配を感じたと言うが訳だ」


 ルエラは微動だに出来ず、ブィックスを見据えていた。


 ルエラ達を取り囲むのは水。ブィックスのいる通路へと続くのは、その水の表面を固めた氷。

 彼が魔法を使えば、ルエラ達には何処にも逃げ場が無い。


 万事休す。

 張られた弦のような緊張感が満ちるその場へ、新たに闇の中から飛び出して来た者があった。その姿に、ルエラは目を瞬く。


「ブルザ!」

「遅くなり申し訳ありません、姫様。ブィックスも、一人で先走るな。怪我もまだ治っていないのだから」


 まるで、行動を共にしていたかのような言葉だった。ルエラ達は目を瞬く。

 唖然とするルエラ達の胸中に思い至ったのか、ブィックスは両手を挙げた。


「警戒なさらなくても、私はあなた方を攻撃するつもりは無い。もしその気があるなら、ブルザ少佐ではなく、他の者にブロー大尉の逃走経路の推測を話している。言ったろう、軍は通り道のある水路を中心に捜索していると」

「怪我と言うのは……」

「イオ・グリアツェフと一戦を交えました。私軍に入隊したデシー少尉は、偽物。本物は研究所の暴動後、行方不明になっています。研究所には、軍服を着た男が軍の管理下に保護する必要があると説明に来たそうですが……。姫様の検査でデシーの名が上がり、研究員達もこのためだったのかと疑問を抱かなかったそうです」

「デシー少尉が……!?」

「それじゃ、俺達が見かけたカッセル子爵と話している相手は、その魔女だったのか」


 ディンとアリーは、顔を見合わせる。ブルザは重々しくうなずいた。


「全て、ブィックスが得た情報です。オゾン中将との諍いは、周囲の目を欺くためのもの。実際は、中将の指示で新米研究員に扮し、デシー少尉を探っていました」

「お前も、それを知っていたのか?」

「姫様が城から追い出された後に、伺いました。アリー様とディン様の策も、それに中将とブィックスが加担している事も。

 私の任務は、姫様をお護りする事です。この国はどうあっても、姫様を殺そうとしている。リムからもラウからもお護りするため、彼らへの協力を決めました」


 ルエラは溜息を吐く。


 ――勘違いなさらないでください。我々私軍は、あなたの召使ではありません。あなたの御身をお守りする事が、我々の務めなのです。


 いつだったか、ブルザに言われた言葉。ブルザはいつだって、ルエラを護る事を第一に考え、動いていた。

 例えそれが、ルエラの意にそぐわぬ場合でも。


 ルエラは微笑をこぼした。


「まったく、お前は……」

「地下水路の見取り図をお持ちしました。お急ぎください、姫様。この近くにも、捜索の手は回っています」


 懐にしまった地図を取り出しながら、ブルザは言った。




 街の地下に張り巡らされた水路。人が通れるような広い水路は限られているが、ルエラ達が通って来たような狭いものも含めれば、それは網目のように街中に広がっていた。

 ブルザの持って来た地図を確認しながら経路を組む間、ブィックスは輪から外れた所で腕を組み、闇の向こうを見張るようにそっぽを向いていた。


 捜索の手が回っていない水路、捜査が行われるだろう時間、それらを一通り把握し、パンとディンは手の平を拳で打った。


「よし……! ありがとな、ブルザ少佐。助かったぜ」

「オゾン中将は?」


 ブルザを見上げ、アリーが首を傾げる。


「上で、姫様の逃走経路と捜索が重ならぬよう、操作しております。万一皆様が目撃されれば、前線に立つ事になりましょう」

「……ブィックス」


 ルエラは、そっと呼び掛ける。

 ブィックスは壁に背もたれ、そっぽを向いたままだった。


「すまない。きっと失望した事だろう。私の正体も、ずっとお前達を騙していた事も……。お前の事だ。本心では葛藤もあったのではないか、魔女の逃亡に手を貸すなど……」

「はて、何の事やら」


 ブィックスは振り返り、ルエラに向き直った。


「私はただ、冤罪を被った一般市民を助けようとする後輩に、手を貸しただけだ。いけ好かない後輩だが、冤罪を放置する訳にもいくまい」


 ルエラは目を瞬く。

 そして、淡く微笑み、敬礼した。解き放たれたままの長い銀髪が、左右に揺れる。


「――ありがとうございます、ブィックス少佐」


 ブィックスはフンと鼻を鳴らし、再びそっぽを向く。


「……今のリム国は、歪んでいる」


 ぽつりとひとりごちるように、ルエラは言った。

 流布されたルエラの噂。開始された戦争へのカウントダウン。実際に検査が行われぬまま、決定となったルエラの処刑。

 いくらカッセルが手を組んでいたにしても、あまりにもラウに都合良く事が運び過ぎではないだろうか。


「ラウの者か、カッセル子爵のような反対派閥か……イオ・グリアツェフ以外にも闇は潜んでいる。そんな気がしてならない」

「城の事は、我々にお任せください」


 ブルザの言葉に、ルエラはうなずく。


「ああ、後の事は頼む。オゾンにも、よろしく伝えておいてくれ」

「はっ」


 ブルザはビシッと敬礼する。ルエラは、地下水路の見取り図を手に、ブルザ達に背を向けた。


「さあ、行こう。あまりここに長居をする訳にもいかない」

「ルメット准将もお待たせしていますものね」

「本当に待ってるかあ? あの狸、ルエラに拉致られたって言って、軍を呼び寄せてるかも知れないぞ」

「まーた、ディンはそう言う事言う!」

「でも、可能性はゼロとは言い切れませんね……」


「それでも、私は信じるよ」


 きっぱりとルエラは言い放った。


「彼を置いて行く事はしない。もう、誰かを疑うのは懲り懲りだ。

 彼は魔女である私を信じ、協力してくれた。頼ってくれた。ならば、私も彼を信じる。人を疑って自分が裏切り者になるくらいなら、信じて裏切られる方がずっといい。

 私は魔女だ。魔法を使える。しかしそれでも私は、ルエラ・リムという一人の人間でありたい」


 ブルザ、アリー、ディン、フレディ、レーナ、そしてブィックス。自分を取り囲む仲間達の顔を、ルエラは一人一人見回す。

 ルエラを魔女だと知り、それでも味方してくれる人達。守ってくれる人達。

 ルエラが、守りたいと思う人達。


「行こう、ルエラ」


 アリーは手を差し出す。

 処刑場とは反対のパターンだった。ルエラは少し笑い、その手を取った。


「――ああ、行こう」

「あっ! アリーてめえ、またドサクサに紛れて!」

「ディン、うるさーい」


 ルエラ達は、通路を駆けて行く。

 闇の中へと消え行く主の背中に、ブィックスはブルザの後ろで、そっと無言で敬礼した。






* * *






 混乱する街。逃げ惑う市民。規制を敷き、魔女を捕らえんと躍起になる軍の者達。

 人々が右往左往する中、マントを羽織り、フードを目深に被った女がじっと佇んでいた。


 女の視線の先にあるのは、一本の柱。魔女と断定された者を、火炙りにする際に縛り付けるもの。

 城門前の広場に取り残された柱。十八年前と同じ光景。しかし、その柱の足元に、灰は無かった。


 白い頬を、一筋の雫が伝い、落ちる。


『本物のルエラ・リムは、ここにいる!』


 大衆の面前で、自身の正体を明かした娘。その結果がどうなるかなど、分かっていただろうに。


「馬鹿な子……」


 呟いた声は、震えていた。

 しかしその声に滲むのは憂いや呆れではなく、安堵だった。


 彼女は、親友を守り通したのだ。自分とは異なる道を選択した。

 ……彼女なら、悲劇の連鎖を断ち切った彼女ならば、もしかしたら魔女と人間がいがみ合うこの狂った世界をも変えられるかも知れない。新たな道を、切り開く事が出来るかも知れない。


 ヴィルマはくるりときびすを返し、雑踏の中へと消えて行った。

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