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第37話 包囲された王女

 ディンは剣を構え、アリーはレーナをかばうように抱え込む。

 魔女の処刑の場であっただけあって、軍人の数は多い。氷の迷宮に迷いまだ残っていた市民を、軍の者達が鬼気迫る様子で退避させていた。


 一般人がそばにいる間は、軍も下手に手出しは出来ないだろう。ルエラ達とて、市民を巻き込む気はない。それでも、このチャンスを逃せば、この包囲網を突破する事は困難になるだろう。

 城門の前の広場。一方には城がかまえ、残る三方は舗装のされた広い道に囲まれている。道は城の向かい側で合流し、駅へと真っ直ぐに続く。


「武器を捨て、投降しろ! お前達に逃げ場は無い!」


 こう着状態の中、包囲網の中に取り残された一般人が次々と輪の外へと解放されて行く。


「まずいぞ……民間人がいなくなったら、攻撃を控える理由がなくなる」

「……突破してみますか? 避難誘導を行っている方向は、炎が途絶えています」

「いや。一本に絞られた逃げ道など、トラップ以外の何物でもないだろう。それに、無関係な市民を巻き込む可能性のある方法は極力控えたい」


 そう言うと、ルエラは降参を示すように両手を挙げた。


「ルエラ……!?」

「ディン、フレディ。武器を足元に置いてくれ」

「でも……」

「大丈夫。――私は、魔女だ」


 ディンは剣を足元に置く。ディンに目で合図され、フレディも渋々と杖を置いた。炎は消え、民衆の退避も完了していた。

 ルエラは両手を挙げたまま、小さな声で問うた。


「フレディ……初めて会った時の事を覚えているか? 城の裏手に流れ込む川から、街の水は引かれている」


 フレディは、ハッと目を開く。そして、うなずいた。


「確保ォ!」


 キーウェルトの号令で、取り囲む兵達が一斉にその円を狭め出す。


 同時に、ルエラ達の正面に大量の水が降り注いだ。

 フレディは手を下ろし、前へと突き出す。


 地を揺るがすような轟音が響き渡り、爆発が起こった。辺りは爆風に包まれ、ルエラ達の姿を覆い隠す。

 兵士達は狼狽し、後退する。軍の輪の外で爆発を目撃した民衆は悲鳴を上げ、逃げ惑う。


「うろたえるな! ただの目くらましだ! 銃を構え、包囲を固めよ! 油断して突破されるなよ!」


 煙が晴れたそこに、ルエラ達五人の姿はなく、地下へと続く大きな穴がぽっかりと空いていた。

 警戒しつつも駆け寄り、キーウェルトは悪態をついた。


「クソッ、地下水路か……!」






「バルト隊は駅へ! 貨物車両も含め、汽車を全線停止して捜索! ワトー隊は広場の後始末を。イベール隊は三番地区へ向かい、私軍第二部隊と合流してください。私も向かいます」


 ティアナンの指示で、魔女捜査部隊の者達は三々五々、自分の持ち場へと散って行く。国軍と私軍が入り乱れる中、一人の若い兵士がティアナンの元へと駆け寄って来た。


「ティアナン中佐! 私軍からの応援要請です」

「第二部隊なら、イベール大尉の隊を――」

「いえ、第三部隊からです。城内で魔女との戦闘があったとの事で、検分のため一人か二人回してもらいたいと……」


 ティアナンは眉をひそめる。

 ルエラ王女の処刑と同じタイミングでの、城内への魔女の侵入。無関係ではあるまい。


「では、マルモル中尉、行ってくれますか。ハワード軍曹、あなたも同行しなさい」

「はい」

「は、はいっ!」


 そばに立つ副隊長と報せに来た若い兵士に告げ、ティアナンは足を踏み出す。


 広場には、軍属魔法使いによる炎がまだ残っていた。ルエラの魔法による氷柱も、溶けかけながらもところどころに残っている。ティアナンが指示した魔女捜査部隊の一部が、それらの対処に当たっていた。

 広場を覆った魔法使いの炎。()()()()()()()()()()()は完全に飲み込まれ、仕掛けも今となっては見つける事は出来なくなっているだろう状態だった。




「ああっ」


 ふと、目の前で、人波に押された女がよろめき倒れた。

 ティアナンは駆け寄り、その横に屈み込む。


「大丈夫ですか」

「ええ……。――あれで、良かったかい?」


 声を潜め、婦人は問うた。ティアナンは小さくうなずく。


「はい。ありがとうございました、マダム・ジノラ」


 手を貸し、ティアナンは婦人を立たせる。

 端から見れば、ただ転んだ一般市民に軍人が手を貸している図でしかなかった。


「ありがとうございます、軍人さん。今度ぜひ、私のお店に来てちょうだい」

「ええ。この騒ぎが治まり次第」


 婦人――ルエラ・ジノラは、人ごみの中へと消えて行く。ティアナンは何事もなかったように、歩を進めた。


 処刑台の周りに仕掛けた、軍を足止めするための炎。事前準備の折に、地面にガソリンを染み込ませていたのだ。

 軍が処刑台に近付く足止めになれば、それで良い。目立たぬように準備を施し、ティアナンの発砲を合図にマダム・ジノラが葉巻を捨てる。地面に着火した炎はティアナンの仕掛けを伝い、処刑台を取り囲んだ。


 アリーを救出するために用意しておいた仕掛けだった。それがまさか、ルエラ王女本人が現れ、彼女がアリーを救う事になろうとは。


 ティアナン自身が救出に入れば、当然、ティアナンも追われる身となる。

 覚悟の上だった。

 しかし、火炎魔法が使われた今となってはティアナンが仕掛けた証拠など残っていないだろうし、本物のルエラ王女の登場や魔法陣の発動があった以上、あの炎もルエラが使用した魔法の一つとみなされる事だろう。ティアナンの無断発砲も、あの状況ではせいぜい厳重注意程度だろう。


 ルエラの介入は、思いがけずティアナンの企てをフォローする形となったのだった。


 ――私は、私だからこそ出来る事をするとしましょう。


 国軍魔女捜査部隊というこの立場で、出来る事を。

 オーフェリーの遺志を繋げるため、アリーをこれからも守り続けるため、そして、友を決して見捨てなかった気高きお姫様を支えるために。


 ティアナンは前を見据え、広場を後にする。

 眼鏡の奥の灰色の瞳には、確固たる意志があった。






* * *






 辺りは水に包まれていた。暗い地下水路を満たす水。その底に、一部だけ水槽でも置いたかのように半球型に空気を保つ空間があった。半球は、五人の歩みに合わせるように移動していた。

 崩壊した地面からは遠く離れたこの場所には光が差し込む隙間もなく、フレディの杖の玉に灯る仄かな橙色の光が唯一の光源だった。


「ルエラの水に含まれる水素を逆手に取った爆発か……初めて会った時、俺達に仕掛けたやつだな」

「あの時は申し訳ありませんでした……」

「いいって。二人とも無事だった訳だし、あれがあったからすぐにこの方法を思い付けた訳だしな」


 ディンは手をひらひらと振りながら笑う。

 レーナは青いコートとカツラを脱ぎ、ルエラに差し出した。


「ルエラさん、こちら。ありがとうございました」

「ああ、こちらこそ。レーナが注意を引き付けてくれたおかげで、難なくアリーに近付けた」


 アリーは、背後を振り返る。広場に空いた穴からの光は、もう届かない。


「ここまで来れば、もう大丈夫そうだね」

「でも、地上はもう軍の規制が掛かってるんだろうなあ……。ルエラ、この地下水路って准将と落ち合う予定の所まで行けるのか?」

「一応、近くまで行く事は出来るだろう。だが、ずっと水のみの道という訳ではない。――ほら」


 ルエラは、前方を視線で示す。そこにはぽっかりと四角い穴が開き、更に広い水路へと繋がっているようだった。


「この先は、脇に人が通れる道がある。私達が下へ逃げたのは、軍には知れているんだ。当然、捜索も始まっているだろうな」


 穴を潜り抜け、ルエラはそっと浮上する。

 水面がじわじわと盛り上がる。それはまるで波が起こったかのように中央だけが盛り上がり、水路の脇の道の高さを超え、そして消えた。


「大丈夫だ。誰もいない」


 仲間達のいる水底へと戻り、ルエラは報告する。

 水面から底へと続く穴がぽっかりと丸く空く。ルエラが作り出した氷の階段を登り、一行は水上へと出た。


 それなりに幅のある水路だった。ルエラ達が出たのは水路の中央だが、脇の道までは四、五メートルほどはある。

 ディンが、ルエラを振り返った。


「道を行くか?」

「その方が助かる」


 ルエラは、壁沿いの通路へと水面を凍らせた。


「このまま水中を行った方が見つかりにくいかも知れんが、水中では場所や周りの状況も把握しにくい。万一軍と遭遇した場合は、水に飛び込んでくれ。全員、私が回収するから。水中にいる限りは、こっちのものだ。水を抜かれたり、電流の使い手が現れたりしない限り――」


 コツンと足音が虚空に響き、ルエラ達はハッと振り返った。

 コツ……コツ……と足音が響く。闇の中から姿を表したのは、赤い軍服を身にまとった金髪の男。


「ブィックス……!」

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