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第35話 魔女の死

 広場の中央に立つ柱に、磔にされたアリー。アリーを取り囲み、罵声を浴びせる民衆。

 恐怖と憎悪が渦巻く中、柱の上に舞い降りたのは青いコートに翡翠の瞳――青碧の魔法使い。


 ティアナンは持ち場に立ち尽くし、呆然と台上を見上げていた。

 それはまるで、ペブルで初めて会った時の事件、ルエラがアリーを救ったあの日に時が巻き戻ったかのようだった。


 低く地の底から唸るような鐘の音が、広場に鳴り響いた。

 途端、アリーの足元から青い光が放たれた。そこに広がるのは、魔法陣。


 柱の上に立ったルエラの身体が傾く。

 片膝をつき、かろうじて彼女は柱の上に留まった。その顔は青く、頬には汗が伝う。この突然の魔法陣の発動が、彼女自身にとっても不測の事態である事は明らかだった。


 処刑を妨害した兵士を、軍が見逃すはずもなかった。


「あ奴め、いったい何を……!」

「何をしている! 捕らえろ! あの坊主を引きずりおろせ!」


 混乱の中、命令が飛ぶ。


 ……都合がいい。ティアナンは、ルエラへと銃口を向けた。

 放たれた銃弾は、ルエラの頬をかすめた。同僚が、慌ててティアナンの腕を押さえる。


「何をしているんだ! 発砲許可は下りてないぞ!?」

「相手は魔法使いです。何らかの魔法を発動していると言うのに、甘い事を言っていたら取り逃しますよ」


 ティアナンは、台上へと冷たい視線を向ける。魔法陣から放たれる青い光に怯えながらも、じりじりと処刑台へとにじり寄る軍の者たち。


 突如、処刑台を取り囲むようにして火の手が上がった。

 軍人たちは、一斉に退く。


「くっ……魔法か……!」


 同僚が台上を見上げながら、歯噛みする。

 その横で、ティアナンはそっとほくそ笑んだ。






* * *






「我々は、魔女を護っていたという事ですか!?」


 デシー少尉の座席で旧サントリナ城と同じ魔法陣を見つけたブィックスは、オゾンへと報告した。

 そして、彼もリン・ブローの正体を知っていた事を知ったのだ。


「何故ですか! どうして、我々を騙すような真似を――」

「何故? そんなの、解りきった事だ。魔女だと公になれば、その命を失う事になるからだろう」

「それは、そうですが……」


 唇を噛みうつむくブィックスに、オゾンは問うた。


「お前は、どうする?」


 ブィックスは顔を上げる。

 オゾンは後手に手を組み、窓の外を眺めていた。窓の向こうに見える塔。そこには、ルエラ王女の執務室がある。リン・ブローとして私軍の控え室に来ていた彼女も、もう戻った頃だろう。


「魔女と知ってもなお、彼女を護れと強制するつもりはない。すでに姫様が魔女だという事実は、市井に流布されている。隣国の兵士による暗殺事件もあり、最後通告がなされた今では、国のためにも、姫様が魔女だと認め、全ての責を彼女に被せて火刑に処した方が良いと考える者も少なくないだろう」

「事実は、どうなのですか。ソルドとの戦争は、彼女が企んだ事なのですか?」

「お前は、あの姫様がそんな事を企むと思うかね?」


 オゾンは振り返る。いつになく真剣な瞳に正面から見据えられ、ブィックスはふいと視線をそらした。


「……判りません。魔女とはそういうものです。しかし、姫様がまさか、と言う気持ちがあるのも確かです。しかしそれも、魔女の企みによるものなのかもしれない。事実、彼女は我々を騙していたのですから」

「姫様を魔女として糾弾するならば、彼女はそれも辞さないだろう。――むしろ、彼女はお前にその役割を期待していた節がある」

「な……」

「いずれ自分が魔女として処される事になった時、何も知らなかったなら『魔女に騙されていた』で済む。我々に隠しているのも、そうお考えだからだろう」

「中将は、ご存知だったのでは……?」


 ブィックスの問いに、オゾンは声を上げて笑った。


「私もお前と同じだ、ブィックス。自ら気付き、そしてそれでもお護りすると自らの心に誓った。

 さて、もう一度聞こう。お前はどうする? 私と共に姫様をお護りするか。袂を分かち、姫様を糾弾するか――あるいは、魔女の味方につくと宣言する私を、この場で捕らえんとするかね?」


 オゾンは手を後ろに組んだまま、警戒する素振りはなかった。ただ穏やかな表情で、ブィックスを見下ろしていた。

 ブィックスは攻撃の意思がない事を示すように、両手を挙げる。


「ご冗談を。私一人で歴戦の軍属魔法使いに挑もうなんて、そんな無謀な事は考えませんよ。――協力させてください」


 オゾンを正面から見据え、ブィックスは言い放った。

 オゾンは、ブィックスへと身体ごと向き直る。そして、念を押すように問うた。


「お前も、もう解っているのだろう。姫様は、魔女だ。それを知っていてもなお、姫様を救うこの計画に協力出来るか?」

「魔女に手を貸す事は出来ません。しかし、魔女は捕らえねばならない。イオ・グリアツェフをこれ以上、城内でのさばらせる訳にはいきません。私が協力するのは、この国を守る軍人として、魔女の逮捕のみです」


 二人の間に、重い沈黙が落ちる。




 ややあって、彼はうなずいた。


「良いだろう。それではブィックス少佐には、デシー少尉の身辺を探って欲しい。

 別人に成りすまし、私軍に潜り込むなどという真似を、いくら魔女とは言え一人で出来るとは思えん。噂の流布にしても、彼女一人では厳しかろう。他にも協力者がいる可能性がある。まずは、デシー少尉が所属していたとされている研究所を洗ってみてくれ。私では、新任や見学のふりをするには、少々老け過ぎているのでね」

「ハッ!」


 ブィックスはピンと背筋を伸ばし、敬礼する。


「皆には、ブィックス少佐は休暇を取ったとでも言っておこう。何、不機嫌なふりでもすれば、深く問いただそうと言う者はおらんだろう」


 悪戯を企む子供のように楽しげな笑みを浮かべながら、オゾンは言った。






* * *






「フフフ……いよいよだわ……やっと果たせる……あの小娘の力を取り込めば。これしきの魔法陣――」


 高らかな銃声が、イオの言葉を遮った。


「ぐっ……」


 撃たれた肩を押さえ、イオは背後を振り返る。そこには大柄な男が立ち、銃を構えてイオを見下ろしていた。


 仲間がいたのか。イオの顔が焦燥と悔恨に歪む。

 あと少し。もう少し時間を稼げれば、ルエラを取り込める。そうすれば、魔法でこの場を覆す事も出来る。


「その魔女を殺してください、ブルザ少佐!」


 ブィックスの叫び声に、ブルザは驚いたように彼を見る。


「しかし、情報を得るためには生け捕りにした方が……」

「陣の上に姫様がいらしたんです! 急いでください、時間が無い!」


 イオは、忌々しげにブィックスを睨む。二人の視線が重なる。

 顔は変われど、その目はデシー少尉と同じだった。一時の間、ブィックスの友であった女軍人。


 乾いた銃声が鳴り響き、イオは倒れ、動かなくなった。




 魔法陣の上に、広がって行く血溜まり。

 上書きされた情報によって魔法陣が無効になり、ブィックスはふらふらと立ち上がった。よろめいた身体を、ブルザが支える。


「大丈夫か、ブィックス」

「ええ……少し、血を失い過ぎただけです」

「しかし、なぜ姫様が処刑場にいらっしゃる事を? 中将から連絡があったのか?」

「いえ。この魔女が、今し方、ルエラ王女が現れたと。処刑場の陣は、彼女の手の内でしたから」

「なるほど……」


 ブルザは魔女から目を離し、踵を返す。


「私は処刑場へ向かい、中将と落ち合う。お前はどうする?」

「……前にも申し上げた通りです。軍人である私の任務は、密偵として潜んでいる魔女を捕らえるのみ。魔女に手を貸す事は出来ません」

「……そうか。では、行きがけに人を呼ぼう」

「ありがとうございます」


 ブルザが駆け去り、部屋には静寂が訪れた。








 陣は光を失い、ただの模様として足元に広がっていた。ルエラは、再び立ち上がる。その顔に、もう苦しそうな様子はなかった。

 軍は、炎を消そうとしていた。さして大火でもない、足止め程度の炎。鎮火までそう時間は掛かるまい。


「ブロー大尉!」


 ざわめきの中聞こえた声は、私軍の若い軍人のものだった。確か、レーン曹長と呼ばれていたか。


「何をして――」

「この者は、ルエラ・リム王女ではない!」


 柱の上に立ったまま、ルエラは朗々とした声で叫んだ。レーンの方を振り返りはしなかったが、すぐ真下にいるアリーには、彼女の小さな声が聞こえた。


「……すまない」


 それは、レーンへの返答か、あるいは自分を助けようとしていた者達への贖罪か。


「――本物のルエラ・リムは、ここにいる!」


 ルエラは、青いコートを脱ぎ捨てる。

 アリーも、民衆も、役人や軍の者達でさえも、あまりに唐突な事に言葉を失い、柱の上に立つ少女を凝視していた。


 銀色の短髪と思われた髪は、魔法で縮めたものではなく、コートの下に隠しているだけだった。


 翡翠色の瞳、波打つ銀色の髪。

 その凛とした顔つきと堂々たる佇まいは、ルエラ・リム王女本人だと、誰の目にも明らかであった。




 ――助けたい。そう、思ったのに。

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