第34話 陰謀
白い廊下に、赤い鮮血がぽたぽたと落ちる。傷口を押さえ、よろめきながら、ブィックスはそばの部屋へと駆け込む。
口元に笑みを湛えたイオが、そのすぐ後に続いた。
「諦めが悪いのね。もうおしまいよ、ポーラ・ブィックス少佐。あなたは、ここで死ぬの」
部屋へと踏み込んだ途端、部屋の床一面が青く光った。
「な……っ!?」
強大な重力に引き付けられるように、イオはその場に倒れ込む。立ち上がろうと手を着くも、力は入らず、身体は酷く重かった。
床一面に描かれているのは、一つの魔法陣。
ブィックスは少し先で、片膝をついた態勢で座っていた。
「君の魔法陣がこちらにあると言う時点で、同じ事が我々にも可能なのだと気付くべきだったな。魔法使い並びに魔女の動きを封じる魔法だけを切り取り、使用させてもらった」
「馬鹿ね……あの魔法は、捕食者の指定とセットよ。捕食の魔法を除いたなら、この陣の上ではあなたも動く事が出来ない……。強がっているけど、そうしているので精一杯なのではなくて?」
イオは、ニィッと口元を三日月型に歪める。
「あなたの負けよ、ブィックス少佐。私に何かあったと気付けば、殿下が動いてくださる。ラウが動けば、あなたなんてあっと言う間に殺されるわよ。私が魔法を使ったのだと分からなければ、馬鹿な人間共も私の味方をするでしょうね。主人の処刑が決まり、研究者であるデシー少尉を逆恨みし仇を討とうとした忠実なる臣下……筋書きは、こんなところかしら?」
「残念だが、ラウ国は君のために動きはしないよ」
ブィックスの声は、淡々と落ち着いたものだった。
「ルエラ・リム王女を亡き者にする。そのために、君の協力が必要だ――君が聞かされているのは、こんなところかな? 君は、処刑に使用する魔法陣を差し替えた。魔女に火を点けるものではなく、陣の中心にいる人物を己の力として取り込む魔法陣――旧サントリナ城で使用していたのと、同じ魔法陣にね。あの時獲り逃したルエラ王女を、君は今度こそ『捕食』し、自らの力にするつもりだった」
「分かったところで、あなたにはどうしようも無いわ。私が死にでもしない限り、あの陣は時計台の鐘が鳴る時自動で発動する。彼女は消え、私の力となって――」
「ルエラ王女は君に取り込まれたりはしない。――ここ数日、ルエラ・リム王女として城にいたのは、影武者だ」
イオは、薄ら笑いを浮かべる。
「嘘ね。それなら――」
「アーノルド・ナフティから、連絡が入るはず……か?」
イオは口を噤む。
「君らの仲間がスパイとして紛れ込んでいる話は、レポス王子から聞いている。我々の行動は、ラウへと筒抜けだと。もちろん、入れ替わりの件も君のお仲間は把握している事だろう」
「そんなはずないわ。それなら、王女の処刑に意味なんてない。殺すべきは本物であって――」
「まだ分からないかね? そもそもの目的が、間違いなんだ。ラウ国は、ルエラ・リム王女を殺そうとはしていない。それは、君を利用するための虚言だ」
イオの目が、見開かれる。初めてはっきりと見せた、驚きの表情だった。
「嘘よ――だって、クルト殿下が――」
「君は、リン・ブロー大尉――つまりはルエラ王女に、恨みを抱いていた。君の復讐に手を貸すふりをするのが、有効だと考えたのだろう。
ラウ国は、ルエラ王女やプロビタス少佐を、自国に仲間として引き込もうとしている。特にルエラ王女は、そのクルト殿下とやらのお気に入りだそうだ。
初めはルエラ王女自身を処刑に追いやり、人間とは相容れないのだと認識させた上で、ラウ国が総出で救出して後戻り出来ない状況にするつもりだった。しかし、影武者が立たされ、国を相手取る程のリスクを冒す意味は薄れた。
影武者として立った仲間が殺され、ルエラ王女が人間や国を恨むように仕向ける――現在の真の目的は、だいたいこんなところだろう」
ブィックスは冷ややかな瞳で、イオを見下ろす。
「あきらめたまえ。君は、仲間に見放された」
うつむくイオ。その口元が、フッと歪んだ。
「ラウの人達の助けなんて必要ないわ。元々、私に仲間なんていなかった。ただ、互いに利用していただけ。利害関係が切れたと言うだけの話だわ。
まさか、これで私に勝ったなんて思ってないわよね? あなたは何も理解していない。自分のご主人様が、どんなに愚かでどんなに仲間想いかという事を。魔法の使えない人間なら、私に取り込まれたところで大した脅威にならない。あわよくば、陣が発動した時の混乱に乗じて逃げる事も可能だと考えたのかもしれないけど……。魔法陣は、私の管理下にある一つの結界。教えてあげましょうか? 魔法陣の上に、たった今、誰が来たのか」
「な……まさか!」
「青いコートを身にまとった、水の魔法使い……本物のルエラ・リム王女よ」
愕然とするブィックスを見上げ、魔女は嗤う。
「残念だったわね、ポーラ・ブィックス少佐。今ここに囚われているあなたには、どうする事も出来ない。一人で来たのが、運のツキよ」




