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第33話 公開処刑

 処刑台の上に立つ仲間の姿を、ディンとフレディは民衆の間から見上げていた。

 大木へと縛り付けられるアリー。その足元に積まれる薪。


 フレディは、耐え切れずふいと顔を背ける。

 と、その視界に所々はねた短い銀髪の頭が入った。


「ル……ブロー大尉……!」


 ルエラ様と言いかけ、フレディは偽名を呼び直す。フレディの声に、ディンも振り返った。

 銀髪に、青いコートを着た少年姿。うつむき、その表情は見て取る事が出来ない。その姿は、いつもより小さく感じられた。


「来ちまったのか。レーナと准将と一緒に、宿で待ってろって言ったのに。お前には辛すぎるだろう」

「……」


 リン・ブローの姿をした彼女は、何も答えず、うつむくばかり。


「――リン!」


 人垣を掻き分け、茶色いポニーテールの少女が三人の前に飛び出して来た。


「君は……確か、アリーの……」

「追って来てたのか……!」


 目を丸くするフレディとディンをユマはキッと睨み、それから二人の間に立つ少女へと詰め寄った。


「いったい、どういう事!? どうしてアリーがあそこにいるの!? どうしてあなたがここにいるの!?」

「おい、やめろ……!」


 かばおうとするディンを押しのけ、ユマは青いコートを掴んだ。怯んだように身じろいだその腕を、ユマは決して離さなかった。


「アリーを身代わりにする気!? 何とか言いなさいよ、この魔女……!」






* * *






 広く薄暗い部屋に、女は一人、立っていた。一つに結ばれた、長いブロンドの髪。その身にまとうは、暗い赤色の軍服。

 ピリッと宙を青い光が走る。光は壁へと届き、燭台に日を灯した。床に描かれた魔方陣がが、ぼうっと橙色に照らされる。


「おやおや。守衛隊は各自持ち場があるんじゃないかね? ――デシー少尉」


 デシーは、部屋の入口を振り返る。そこに立つのは、同じく私軍の服に身を包んだ男。


「ブィックス少佐……」


 デシーは、その名をつぶやく。黒い瞳は、油断なく彼を見据えていた。


「少佐こそ、どうしたんです? こんな所で。休暇を取られていると伺いましたが」

「ああ。そういう事にしておいた。その方が、動きやすかったのでね」


 ブィックスは白い歯を輝かせ、にこやかに微笑む。


「さて……ここで何をしているのか聞いても良いかね、デシー少尉。――いや、それともグリアツェフ軍曹と呼んだ方が良いかね?」


 部屋の奥にある窓が強い風に煽られ、ガタガタと揺れた。風は二人の横を通り抜け、廊下へと吹き抜けていく。開いた窓からは、城の前で執り行われている公開処刑の喧騒が聞こえていた。


「……いつから気付いていたのかしら?」


 背中で結われたブロンドの髪が波打ち、解ける。その髪色は、夜闇のような漆黒へと変わっていた。


 イオ・グリアツェフ。

 シャントーラの廃城に巣食い、迷い込んだ人間を餌食としていた魔女。


「君の作った魔法陣を見た時さ。他の効力を持つ陣を幾重にも重ねて誤魔化していたが、直ぐに分かったよ。シャントーラの廃城にあったものと同じ陣が、下地になっているとね」

「驚きね……あの複雑な魔法陣から、特定の魔法を読み解いたって言うの?」

「私は少々、記憶力が良い方でね」


 さらりと答え、ブィックスは一枚の紙を取り出す。そこに描かれているのは、線と文字とが複雑に入り組んだ一つの魔方陣。

 イオは目を丸くし、懐に手を入れる。


「ああ、心配しなくていい。君の書類を盗んだ訳ではない。これは、数日前に君の席で見かけた物を、書き写したものだ」

「……姫様の護衛隊であるあなたがそのような事をしていたら、不審がられると思うけど?」


 陣は、ルエラ王女の魔女嫌疑を確かめる検査に使われると言われていたもの。

 ――実際は、本日、処刑で使用される。


「もちろん、君の席で書き写したりなんてしていないさ。言ったろう。私は、記憶力が良い方だと」

「書き写せるほど丸暗記していたって言うの……?」


 これには、イオも動揺を隠せなかった。

 魔法陣とは、総じて文字や線が複雑に絡み合っている。その中から、シャントーラの廃城と同じ魔法陣を読み取っただけでも驚きに値するのに、それを空で書き写すだなんて。


 ブィックスは、紙切れを持つ手を離す。魔法陣の書き写された紙はヒラリと風に乗り、廊下の向こうへと飛んで行った。


「でも、それだけで私の正体を特定するのは、早計過ぎではなくて? デシー少尉は、軍の人間。魔法を研究している身よ。北部で起こった事件現場にあった魔法陣を入手していても、何ら不思議はないと思うけど?」

「いや。これだけじゃないさ。ルエラ・リム王女への銃撃事件。なぜ彼女が撃たれた?」


 イオは答えない。ブィックスは構わず続けた。


「これがソルドの意思だったなら、自国の兵を送り込んで暗殺なんて真似をするのは、あまりにもリスクが高過ぎる。今回の銃撃で、得をした人物がいるはずなんだ。――デシー少尉、君だよ」


 芝居掛かった動作で、ブィックスはイオへと指を突き付ける。


「銃撃からルエラ王女を守った君は、国王陛下からの絶大な信頼を得た。まさか君に不正を働かれるとは思いもしなかっただろう。彼女の死を望んでいるなら、銃撃から助けたりせず、そのまま暗殺を成功させてしまえば良いのだからな。他に人がいた訳でもない。気絶させられていた兵もいたんだ。助けずとも、いくらでも言い訳は可能な状況だった」


 ブィックスは、フッと口の端を上げて笑った。


「実に残念だよ。君とは、気が合うと思っていたのだがね」

「そうね。また、私に引っかかるなんて……。もっと違った出会い方をしていたら、別の未来があったかも知れないわね」

「悪いな。君が魔女だと言う時点で、どのような出会い方であろうと、君との未来はない!」


 ブィックスは、手を振り払う。

 横に連なる一戦となって放たれた電流が、イオを襲う。イオの足元から生えた太い蔓が、イオを守った。蔓はまともに電流を食らい、焼き切られる。

 根元から枝分かれした蔓が、ブィックスへと真っ直ぐに伸びて行く。

 ブィックスは跳びのき、腕を払う。鎌状になった電流が、蔓を切断する。


 廊下へと下がろうとしたブィックスの背後で、床から蔓が 飛び出す。

 退路を塞がれ、ブィックスは壁沿いに走る。その壁を突き破るようにして、蔓が現れる。

 咄嗟に電流を放ったが、焼き切れなかった蔓がブィックスを横殴りにし、部屋の中央へと飛ばした。


「くっ……!」


 交錯する蔓の向こうに佇むイオ。彼女は、憐れむような視線をブィックスに向けていた。


「魔女との未来は無い、ねぇ……。でも、あなたももう、知っているでしょう? あなたが敬愛するご主人様……ルエラ・リム王女も、魔女よ?」




『――お前も、もう解っているのだろう。姫様は、魔女だ』


 脳裏に思い返される声。

 彼女が魔女だと知り、それでもなお、お前は彼女を護る事が出来るのか。彼は、そう問うた。


 ルエラ・リム王女は、ブィックスの道標だった。


 魔法使いの特権で士官学校を卒業するなり私軍に入るも、そこで待っていた任務はブィックスが思っていたものとは違った。

 力はあれども、何の役にも立たない。

 そもそも、自分の能力にさえも疑念が生じ始めていた。魔法使いは素晴らしいと、人は言う。魔法を使えない両親は、魔法使いであったブィックスを誇りに思っていた。しかし、本当に自分はそんなに素晴らしい存在なのだろうか。こんな力、何の役にも立ちはしないのではないか。


 日陰で燻っていたブィックスを陽の光の下へと誘い出してくれたのが、ルエラだった。彼女について行けば、何も間違いは無い。彼女には、そう思わせる独特の雰囲気があった。


 ――その彼女が、魔女だった。


 ずっと、ブィックスらを騙していたのだ。

 己が主を信じ傅く臣下達を見て、彼女はいったい、何を思っていたのだろう。


 ルエラ・リムとしても、リン・ブローとしても、幾度となく魔女と対峙して来た。ブィックス自身も、どちらの彼女にも同行した事がある。

 同族である魔女を狩りながら、彼女はいったい、何を感じていたのだろう。




「――動揺しちゃった?」


 女の声に、ブィックスは我に返る。イオが、眼前に迫っていた。

 赤い口紅の引かれた唇が、薄く笑う。その冷たい笑みは、まさに――魔女。


「く……っ」


 強く地を蹴り、身を引く。掌を彼女へと向けるも、間に合わない。


「さようなら、ポーラさん」


 微笑む彼女の表情は、シャントーラのあの宿で、初めて会った時の顔と同じだった。

 蔓から生える強靭な棘がブィックスの腹に深々と突き刺さり、血飛沫が舞った。






* * *






 魔女を殺せ。

 早く火にかけろ。

 城門前の広場に集まった民衆から、罵声が飛ぶ。投げられた石が額の端に当たり、ツーっと血が流れた。


「アリー……!」


 ユマは青いコートから手を離し、広場の中央へと駆け寄ろうとする。しかし人垣は厚く、興奮した民衆にはユマの声など届きようもなかった。

 処刑人が、松明を手にアリーの縛り付けられた柱へと近付く。


「お願い、やめて!! その子は魔女なんかじゃない! ルエラ王女じゃない、身代わりなの! お願い……!」


 ユマの声は、罵声の中に掻き消される。

 火が、藁へと移った。


「駄目……っ!」


 罵声と共に突き上げられた腕が当たり、ユマはその場に尻餅をつく。

 転んだユマに気付く者はいなかった。


 もう、駄目なのか。

 誰も、ユマの声を聞いてくれない。誰も、アリーの味方をしてくれない。


 ジャリ……と小さな音がして、ユマの横に立った者があった。視界に入った青いコートの裾に、ユマはふいと顔を背ける。


「……大丈夫」


 小さく呟かれた声。ユマは、ハッと声の主を見上げる。青いコートに、銀色の髪。

 ユマの目が、丸く見開かれていく。


「あなた……!」


 ザバンと激しい水音がして、ユマはアリーの方へと視線を戻す。

 水に濡れた藁。消された炎。

 アリーが縛り付けられた柱の上に、佇む人影があった。


「な……っ!?」

「嘘だろ!?」


 フレディとディンが驚愕の声を上げ、広場の中央に現れた人物と、自分達の目の前にいる人物とを見比べる。


「遅くなってすまない。危うく手遅れになるところだったな」


 ところどころはねた短い銀髪。印象的な翡翠色の瞳。端正な顔立ち。風にたなびく青いコート。そしてその下から覗く、私軍の軍服。

 柱の上から、ルエラはアリーに微笑いかけた。

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