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第25話 彼女の遺志

「……さま……ル……様……ヴィルマ様!」


 肩を揺すられ、ヴィルマは目を覚ました。


「お休みのところ、すみません。珍しいですね、こんな所でうたた寝だなんて」


 アンジェラが、ヴィルマの顔を覗き込んでいた。

 ヴィルマは、窓際の椅子に腰掛け、窓へと身を預けていた。どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。


「グリアツェフより、連絡が入ったようです。期日が決まったと」

「そう。では、あの子達もそろそろ動き出すかもね。……夢を見ていたわ」


 ヴィルマは、窓の外に目をやる。首都の中でも高さのあるこの部屋からは、街の中央に構える城がよく見えた。


「夢、ですか。どのような?」

「……少し、昔の事を」


 短く答えると、ヴィルマはフイと窓に背を向けて、アンジェラを従え部屋を出て行った。






* * *






 ティアナンの話を聞き終え、ルエラ達はしばらく言葉が出て来なかった。

 ヴィルマと親しかった、オーフェリーと言う人物。自らが犠牲になる事によって、親友を守り通した彼女。


 そして生じた、十年前の惨劇。


 アリーの両親の殺害。ティアナンへの襲撃、そしてマティアスによる目撃。

 全てのピースがはまり、一つにまとまっても、そこにはぽっかりと穴が空いたような空虚な感覚と後味の悪さしかなかった。


「我々は皆、間違えてしまったのです。私も、ヴィルマも、オーフェリーも。オーフェリーは確かに、親友を守ったかも知れません。しかし彼女のするべき事は、親友の身代わりになって死ぬ事ではなかった。ヴィルマは害のある魔女ではないと、主張し社会と戦うべきでした。

 もっとも、彼女に相談されるような信頼を得られなかった上、ヴィルマが魔女だと見抜く事も出来なかった私も、人の事を言える立場ではありませんがね……」


 そう言って、彼は苦く笑った。

 ルエラは、ようやく理解した。


『彼女もきっと、こんな事は望んでいない』


 あの時ティアナンが言っていた「彼女」とは、ヴィルマの事ではなかったのだ。

 彼が慮っていたのは、唯一人。オーフェリー・ラランド、かつての恋人その人のみ。




「ティアナン中佐」


 話を終え、ティアナンに外へと見送られながら、ルエラは彼に尋ねた。


「あなたの出世の速さは、私軍でも噂されるほどだ。なぜ、オーフェリーさんの事があってもなお、魔女の捜査に関われる? 経歴を見れば、嫌々と言う訳でもあるまい。……辛くは、ないのだろうか」


 ティアナンは微笑んだ。寂しさと、それを包み隠そうとする強さと、信念と。それらが入り混じったような笑みだった。


「そうですね、私も辞める事を考えなかった訳ではありません。しかし、辛いと言って全てを放り出してしまえば、それまでなんです」


 ティアナンは、廊下に並ぶ窓から外を見つめる。夕闇に沈もうとしている街並み。かつて、オーフェリーが処刑され、それでもなお、彼が守ろうとしている街。


「もう、同じ事を繰り返してはいけません。私がこの仕事を辞めれば、彼女の死は、ただ愛する者達を追い込み、更なる悲劇を招いただけのものになってしまいます。正義感が強く、心の優しい女性でした。彼女はきっと、そんな事は望んでいないでしょう。誰かが彼女の意志を継がねば、彼女は本当に死んでしまう。

 私は、彼女の生きて来た軌跡を無駄にはしたくないんです」


 そう話す彼の瞳には、確固たる意志があった。






 宿へ向かう間に陽は沈み、街はすっぽりと夜闇に覆われてしまった。


「……何だか、暗い気分になりますわね。あんなお話を聞いてしまうと」


 沈黙の中、ぽつりとレーナが呟く。


「リム国の十年前の事件は話に聞いた事がありますけど、こんなご事情があっただなんて……ヴィルマさんも、親友がお亡くなりになって、辛かったのですわ」

「だからって、人を殺していい理由にはならねーだろ。どんな理由があろうと、奴が殺人鬼である事には変わりないんだ」

「ヴィルマの殺戮によって、同じように大切な人を失った人がたくさんいる訳だからねぇ。ティアナン中佐は、立派だよ。もっとも、彼の場合は自分自身が魔女ではないし、軍人という確立された立場があるからこそなのかも知れないけどね」


 アーノルドは夜空を見上げ、しみじみと言う。細い月が、西の空の端で今にも屋根の向こうに消えようとしていた。




「……明日は、城に潜り込んでみようと思う」


 ぽつりと、ルエラは言った。


「お城に潜り込むって……でも、門は全て張られていますのよ?」

「私を誰だと思っている。城の事はよく知っている。兵を避ける道だって、知っているさ」

「そういや、お前、昔から脱走ばっかしてたんだっけ。ブルザ少佐達も、苦労したろうなあ」


 ディンがからかうように言う。


「んじゃ、門から尋ねて気を引くのと、二手に分かれて……」

「いや、城へ潜り込むのは、私一人だ」


 ぽかんとディンはルエラを見つめる。それから、思いっきり眉をひそめた。


「何が起こるか分からないんだぞ? さすがに、一人じゃ――」

「潜り込めるための入口が、狭いんだ。この中じゃ、私とレーナくらいしか通れないだろう」

「では――」


 名乗り出ようとするレーナに、ルエラは首を振った。


「壁面を登らねばならないんだ。レーナでは難しいだろう。冷気や音で勘付かれてもいけないから、なるべく魔法は使いたくない」

「それじゃ、別の道を考えよう。ルエラ一人でなんて――」


 反論するディンの肩を、アーノルドが軽く引いた。


「ルエラちゃんには、何か考えがあるみたいだ。ここは、信じて任せよう。

 でも、ルエラちゃん、無茶だけはしてはいけないよ」

「ああ。ありがとう、アーノルドさん」


 ディンはムスッと口を尖らせていたが、やがて、言った。


「じゃあ、一時間だ」


 ビシッと指を立て、ルエラの目の前に突きつける。


「一時間経っても戻って来なかったら、俺達も総出でリム城に侵入するからな。フレディの魔法を使えば、爆発ぐらいサクッと出来ちまうって分かってるし」

「ば、爆撃を仕掛けるんですか!?」


 とんでもない役割を振られ、フレディがうろたえる。


「おいおい、友達を大罪の実行犯にしてやるなよ」

「フレディが可哀想だと思うなら、一時間で帰って来い。俺は、本当にやるからな」

「分かった、だがもう少し時間をくれ。一時間では、何度か見張りのタイミングを伺っただけで終わりかねん。二時間でどうだろう?」

「一時間半」


 ルエラは溜息を吐く。


「……一時間半だな。何とか、戻れるように努めよう」


 ルエラは、通りの向こうに見える城を振り仰ぐ。橙色の明かりに照らされ、闇の中にぼんやりと浮かび上がる城は、まるで魔窟のようだった。






* * *






 テーブルの上に残された、五つのマグカップ。

 リン・ブロー達が帰った後の部屋は、しんと静まり返っていた。


 箪笥が一棹と、 正方形の小さなテーブル、低いソファとテーブル、奥の部屋にはベッドが一台。生活に必要な物の他には余計な物が一切無い、がらんとした部屋。

 住み慣れたはずのその部屋が、今は酷く空虚に感じられた。


「トッシュ、おかえりなさい!」


 明るい声で迎える彼女は、もうこの世にいない。

 魔女として処刑された彼女の写真を残す事も出来ず、彼女の形見と呼べるような物は何もなかった。


 不意に戸を叩く音がして、ティアナンは我に返った。

 何か忘れ物だろうか。そう思いながら開いた扉の先に立っていたのは、リンでもその仲間達でもなかった。


「……お久しぶりです、ティアナン中佐。軍部へ行ったら、お帰りになったと伺ったので」


 少女は、硬い表情でティアナンを見上げていた。


「何かあったらいつでも連絡してって、おっしゃってくださいましたよね。お願い、助けて、ティアナンさん。アリーが大変なの……!」


 藁にも縋るような鬼気迫る様子で、ユマは言った。

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