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第23話 灰色の物語 X

「そう、青く光ったのよ。一瞬だったけどね。ただでさえ暗いのに強い光を見た後だったから、光った後は何も見えなかったわ。ごめんなさいね、お役に立てなくて」

「いえ、ありがとうございます」


 ティアナンは一礼し、店を出る。

 手帳に取ったメモを読み返すティアナンの肩を、ポンと後ろから叩く者があった。振り返ったそこに立つのは、金髪に釣り目の長身の男。


「クロード」


 友人の名を、ティアナンは呟く。友人であり、オーフェリーが生きていれば、弟になったかもしれない人物。


「よっ。せいが出るな。例の、連続殺人事件か?」


 ティアナンはうなずく。


「魔女捜査部隊も動き出したか……。まあ、これだけ大規模になるとな。人間だったら、いったい何人犯人がいるんだって話だもんな」

「それだけではありません。……街に広がっている噂、まさか知らない訳ではないでしょう?」

「……おいおい、いいのか? その噂を、軍の人間であるお前が口にして」

「今更ですよ。暴動まであったと言うのに。それに、お互い様でしょう。クロードはどう思いますか?」

「信じちゃいないさ。オーフェリーの処刑以来、顔を合わせていないけど、彼女の事はよく知ってる。彼女が魔女だなんて思えない……知り合いが魔女だったなんて、もう懲り懲りだよ」


 クロードは暗い声で答え、それからティアナンを振り返った。


「それで、お前はどう思ってるんだ? 処刑人の俺より、軍人であるお前の方が、色々知ってるだろう?」

「……正直、分からない、というのが本音です」


 それとなく通りをそれ、人気の無い道に入りながらティアナンは言った。


「私も、ヴィルマ様の事は信じたい。オーフェリーの親友だったのですから。しかし、そのオーフェリーが魔女でした。感情だけでは真相に辿り着けないのだという事を、私はよく知っています。

 状況証拠やアリバイから論理的に考えるのであれば、犯人は魔法を使っている可能性が高い。そして魔法が使えるならば、彼女にも犯行は可能になります。目撃報告がこれだけあるのも気になります。全てが王家に仇なす者によるデマだとは思えない」

「犯人が魔女なら、彼女に罪を着せようとして変装して犯行を重ねてるって可能性もあるだろう?」


 ティアナンは厳しい顔でうなずく。

 通りの喧騒は遠のき、細い道にはティアナンとクロードの二人しかいなかった。


「もちろん、その可能性も考慮しています。だからこそ、彼女が魔女だと断定する事はできない。それに、もし彼女が魔女であったならば、なぜ、今この時になってこんな残虐な犯行を重ねているのか、動機が分かりません」

「魔女に動機なんているか? もし彼女が魔女だったなら、それこそ人を殺すのに理由なんて無いだろう」

「彼女には人と同じ、感情があります。オーフェリーが処刑された時、彼女がどんなに心を痛めたか私はよく知っています。オーフェリーも、感情があった。魔法を使えると言うだけで、彼女は人間と何ら変わりない。魔女全般がそうなのか、オーフェリーがたまたまそうだったのかは、分かりませんが……」


 クロードはただ押し黙り、ティアナンの話を聞いていた。

 ティアナンは、城の方角を見上げる。建物がすぐそばに迫るこの道からは、街の中心にそびえる大きな城を見る事は出来なかった。


「過去に何があったにせよ、今、彼女は幸せです。陛下に目を掛けられ、ルエラ様と言う子供も授かり、王妃として城で暮らしているのです。それを、自らの手で壊すような事をするでしょうか」

「結局のところ、お前も答えは俺と同じって事じゃないか。彼女を信じているんだろ?」

「信じたいからこそ、理由を探しているのかも知れません」


 ティアナンは苦笑する。


「……地位こそ上がれども、何も変わっていませんね、あの頃と」

「いや、変わったさ」


 クロードは、軽い調子で言った。

 ティアナンは目を瞬く。彼は、元来た道を戻りながら話した。


「正直、あの後、お前、もう立ち直れないんじゃないかと思った。しばらく、休んでただろう? それがきっちり告げてた日数で戻って来て、かと思えば、バリバリ仕事してあっという間に少佐だ。大したもんだよ」


 くるりとクロードは振り返る。

 ティアナンは、フッと小さく笑った。


「何も立派な事なんてありません。ただ、仕事に逃げただけですよ」




 ――これが、ティアナンとクロードが最後に交わした会話だった。








「ただいま」

「お帰りなさい。早かったわね」


 迎えに出て来たセリアに上着を渡しながら、クロードは家の奥をのぞくように首を伸ばした。


「例の暴動の犯人達の処刑が今日だから、あちらも忙しくてな。アリーは? 珍しいな、出て来ないなんて。寝てるのか?」

「お使いに行っているわ。砂糖を切らしてしまって」

「そうか。じゃあ、直ぐ帰って来るかな」


 両開きの扉を押し開き、広間へと入る。広間に置かれたテーブルの上には、皿やパンの入ったバケットが並んでいた。夕飯の準備をしていたのだろう。


「帰りに、トッシュと会ったよ。例の事件、魔女捜査部隊も動いているらしい」

「……ヴィルマさんに、魔女の疑いが掛かっているの?」


 セリアは紅茶を入れる手を止め、眉根を寄せる。


「彼女と断定している風ではなかったな……。でも、犯人が魔女である可能性は高いと軍も思っているみたいだ」

「ヴィルマさんは、魔女じゃないわ。あなたまで、市中のどうしようもない噂に惑わされているの? 彼女の事は、よく知っているじゃない」

「でも、オーフェリーの事はもっとよく知っていた」

「一度騙されたから、もう誰も信じないと言うの? それならあなたは、私も、お隣のローレンスさんも、その娘さんとお孫さん達も、疑わなきゃいけなくなるわ」

「馬鹿言うなよ」

「お馬鹿はあなたです。実の姉に手を掛ける事になって、あなたがどんなに傷付いたかはよく知っているわ。でもだからって、他の人を傷付けていい理由にはならない。間違っても、アリーの前では彼女が魔女かもなんて言わないでくださいね。私達が信じてあげなくて、誰が彼女を信じると言うの?」


 セリアは腰に手を当て、仁王立ちになる。小柄な彼女のそんな姿が愛おしいやら頼もしいやらで、クロードはフッと微笑った。


「……そうだな。お前という妻がいて、良かったよ、本当に」


 クロードは妻を引き寄せ、そっとその額に口づける。セリアは、くすぐったそうに笑った。


「まあ。なあに、急に? ほらほら、早く帰って来たなら、料理を運ぶのを手伝ってちょうだい。アリーが来るわ」


 セリアはクロードを押し退け、椅子に掛けていたエプロンを手に取る。



「悪いけど、その必要はないわ。運んで来たところで、どうせあなた達は食べられないのだから」



 静かで、冷たい声だった。

 クロードとセリアは、広間の戸口を振り返る。そこには、黒いマントを身にまとい、フードを目深に被った女が佇んでいた。

 異様な出で立ちの人物に警戒し、クロードはセリアを守るように腕を伸ばす。


「いったい……」

「もしかして、ヴィルマさん? 久しぶりね!」


 背の低いセリアはフードの下の顔を見て、駆け寄る。クロードは眉根を寄せ、彼女を見据えていた。


 この女は、本当にヴィルマなのか?

 なぜ、こんなかっこうをしている?

 お忍びだから、顔を隠して来た?


 ――違う。


 確信めいたものを感じ、クロードは前へと飛び出していた。

 セリアとヴィルマの間へ。


 激しい痛みが、クロードを襲った。


 どこからともなく現れた植物の蔓が、クロードの腹を貫いていた。


「――あなた!」


 膝をつくクロードの傍らに、セリアは屈みこむ。痛みに揺らぐ視界に、フードの下から見下ろす紫色の目が映った。

 そして、彼女の足元から生える幾本もの太い蔓。それは、まるで標的を探すかのように、うねうねと薄気味悪く蠢いていた。


「ヴィル、マ……お前だったのか……!?」


 魔女によると思われる、一連の事件。市中に広がる、王妃が魔女だという噂。


「そんな、ヴィルマさん、どうして! 私達を、ずっと騙していたの……!? あなたまで――」


 そこまで叫び、セリアはハッと目を見開いた。


「違う……そんな、まさか……」


 セリアの声は、震えていた。青い瞳には驚愕の色が浮かび、ヴィルマを見上げる。


「あなただったの……? 七年前のあの事件でも、魔法を使ったのは……」


 クロードは痛みと驚愕から、何も言葉を発せなかった。

 ヴィルマの周りで蠢く蔓。オーフェリーを守っていたのは、植物の蔓だったと聞いている。そして、あの場にはヴィルマもいた。

 ヴィルマは、薄く微笑った。


「ご明察。もっと早く気付くべきだったわね……」

「嘘、だ……それじゃ、俺達は……オーフェリーは……」


 痛烈な痛みが走り、ゴホゴホとむせ返る。吐き出された血が、床に散った。


「あなた、駄目! 喋らないで……!」

「だから、言ったじゃない。オーフェリーは、魔女ではないって。あなた達は、無実の者をその手で殺したのよ。どうだった? 実の姉を、火に炙った感覚は。夫の姉を、磔にした感覚は」

「いや……やめて……っ、やめて……!」


 セリアは耳をふさぎ、首を振る。

 ヴィルマは左右に首を巡らせ、広間を見回していた。


「あなた達の子供はどこ? マティアスから聞いているわ。あなた達に、息子が一人いるって」

「な……何をする気……?」


 ヴィルマの口が、三日月形に歪む。


「あら。分かり切った事でしょう? 大切なものを奪われると言う事がどういうことなのか、よぉく教えてあげる」


 セリアは立ち上がる。テーブルの上に手を伸ばし、ナイフを握る。


「――やめろ、セリア!」


 セリアはナイフを手に、ヴィルマへと足を踏み出す。

 ヴィルマの足元から伸びた蔓が、真っ直ぐにセリアの腹を貫く。


「セリ……うっ……ゴホッ」


 セリアは、ばたりと床に倒れた。じわじわと、赤い血溜まりが広がって行く。クロードは床を這いずり、彼女の身体を抱きかかえた。


「セリア……セリア……!」


 セリアの返答はない。青い瞳は見開かれたまま、ぴくりとも動かなかった。


「あら……加減を間違えてしまったかしら? あっけないものね……」


 ヴィルマの声は、淡々としたものだった。

 クロードは、彼女を睨み上げる。


「この……魔女め……!」

「何とでも言うがいいわ。もう、意識も朦朧としているでしょう? 私はこれから、あなた達の子も殺す。でも、あなたにはもう、どうする事もできない。そこで、己の無力さに打ちひしがれながら、死んでいくしかできないのよ……」


 せめて、叫ぶことができたら。

 外に、家の中の異常を伝える事ができたら。


 しかし、どんなに叫ぼうとしても、ただヒューヒューとか細い息が漏れるばかり。もう声を出す事さえできなかった。

 間もなく、アリーが帰って来る。あの子までも、魔女に殺されてしまう。


(駄目だ、アリー……帰って来ちゃ、駄目だ……!)


 息苦しさと、強烈な痛み。

 混濁する意識の中、ただ祈り続けるしか出来ないその時間は、まるで永遠の地獄のようだった。

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