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第22話 灰色の物語 IX

 街は、闇の中に沈んでいた。暗闇の中、青白い光が塔の上から空へと細く伸びる。光は一瞬で消え、誰も目にする事はなかった。

 塔の上に立つヴィルマ・リム、その一人を除いては。


「連絡を取ってきたという事は、気が変わったのかしら?」


 通信盤に描かれた魔法陣の上には、ローズ・ラウの姿が青白く浮かび上がっていた。

 ヴィルマは、硬い表情でうなずく。


「私とルエラを、ラウへ連れて行ってください」

「ルエラ?」

「私の子です……。あの子も、私と同じ魔女なんです」

「そう。幼い子供は、魔力を制御できない……そこで、私に助けを求めたという訳ね。いいわ。あなたの子供もまとめて、我が国に迎えてあげる――あなたが、ラウに忠誠を誓うなら」

「誓います。だから、どうか……!」

「言葉では何とでも言えるわ。あなたは一度、私の誘いを断っている。リム国と結託し、潜入しようとしている可能性だってある。その言葉が嘘ではないと、行動で示してもらわなきゃ」

「行動で……?」


 ヴィルマは、円盤の上に浮かぶ手の平大ほどの青白い光の影を見つめる。

 ローズの口元が、三日月型に歪んだ。


「人間を殺めるのよ、ヴィルマ・リム。相手は誰でもいいわ。ただし、死刑の決まっている者は不可。そうね……まずは、十人」

「そんな……何を……」

「嫌だと言うなら、無理強いはしない。娘共々、人間に怯えながら暮らし、やがて二人仲良く火に炙られる。ただそれだけの事。

 人間に情を持っているようでは、ラウに迎える事はできないわ」

「ま、待って! やるわ、何でもする。だからお願い、私達を……あの子を助けて……! ただ、ルエラはまだ生まれて間もないの。まだ自分で歩く事も、話す事もできない。魔法を制御する事もできないあの子のそばを離れる訳には……!」

「……赤ん坊? そんなに幼い内に、魔力を発現したと言うの?」

「え、ええ……。あの、何か……?」

「いいえ。ただ、少し早いと言うだけよ。そう……それなら、事を急ぐ訳にもいかないわね……。その子供が六歳になるまで待つわ。

 その子が六歳になった誕生日に、事を決行しなさい。それまでは、そうね。私がその子の力を封じてあげましょう。封じると言っても、完全に魔法が使えなくなる訳ではない。暴発を抑える程度のもの。しかるべき年齢になれば、自分の意志で使えるようになるでしょう。その時はヴィルマ、母親であるあなたが、魔女としての生き方を教えてあげなさい」


 ヴィルマは、ぽかんとローズを見つめていた。ローズは胡乱気に、ヴィルマを見る。


「なあに?」

「あ、いえ、その……予想外で……」

「言ったでしょう。私は、魔女と魔法使いのための世界を作るのだと。あなたは、魔女。そしてその子供も魔女だと言うなら、捨て置く理由は無いわ。それに、私も一児の母だった。魔力を所持する子供をこの世界で育てる事がどんなに厳しいものか、よく理解しているわ」

「……母『だった』?」


 ローズの表情が揺れた。自嘲するような笑みは、初めて彼女が見せた感情だった。


「殺されたのよ、つい先月。――あの子が魔女だと知った人間にね」











「お母様! こっちですよ、 ほら、こっち!」


 娘に手を引かれ向かったのは、初夏の薔薇が咲き乱れる中庭だった。


 北歴一七〇八年五月十八日。

 ルエラはすくすくと育ち、六歳の誕生日を迎えた。あれから、魔力が暴発する事もなく、きちんと自分で魔法をコントロールできている。


 式典や来賓への対応で目まぐるしい一日を終え、ヴィルマの憂鬱は深まるばかりだった。

 ルエラの誕生日。つまりは、ローズとの約束の日。

 これは、ヴィルマ自身が決めた事だ。彼女の助力がなければ、ルエラはとうに魔女だと知られ、ヴィルマ共々火刑に処されていた事だろう。


「お母様、ほら、見てください!」


 ルエラの声に、ヴィルマは顔を上げる。

 途端、茂みの中から水飛沫が噴き出し、花びらが舞った。


「ル、ルエラ……! 言ったでしょう。こんな所で魔法を使っては……」

「魔法じゃないですよ!」


 ルエラは茂みへ駆けて行くと、枝葉を掻き分け、その内側に用意された仕掛けを見せる。

 舞い散る花びらの中に佇む銀髪の娘を見て、ヴィルマの脳裏にはマティアスと出会った日の光景が思い起こされていた。友の結婚を祝い、仕掛けを施していたマティアス。水飛沫と花びらと。

 ルエラが仕掛けたものは、あの日、彼が仕掛けていたものによく似ていた。


「元気、出ましたか?」


 気がつくと、ルエラはヴィルマの足元にいた。


「今日、お母様、ずっと元気なかったから……」


 ヴィルマは微笑む。


「ええ。ありがとう、ルエラ。あなたは本当に、あの人の子ね」


 ヴィルマは、ルエラの頭を優しく撫でる。父親譲りの銀髪は、ふわふわと柔らかだった。


「お誕生日なのに、ごめんなさいね。お母さん、ちょっと悩み事があったの。でも、もう大丈夫よ。お誕生日おめでとう、ルエラ」


 ルエラは、嬉しそうにはにかむ。

 ヴィルマは立ち上がり、ルエラに背を向けた。


「さあ、部屋に戻りましょう」

「はい!」




 ――この子を守ると、決めたのだ。


 ここにいれば、いずれリムもサントリナの後を追う事になる。ここに、魔女の居場所は無い。

 この子の居場所は、母親である自分が用意してやらねば。


 ……例えそれが、倫理にもとる事であっても。








 深夜の城内は、騒然としていた。私軍の者達が行き交い、警戒に当たる。

 街で、通り魔が出た。死因はいずれも、太い凶器で胸をひと突き。目撃者はおらず、被害者の関連性も特に見つからない。

 現場の方も、今頃市軍の者達が捜査している事だろう。


「ヴィルマ様、よろしいですか」


 護衛の者の言葉に応じ、ヴィルマは部屋の扉を開ける。


「何事なの? こんな夜更けに」

「街で、通り魔が出たとの事です。念のため、皆様のご無事を確認しております。夜分に申し訳ございません。どうぞ、お休みください」

「……そう」


 パタンと扉を閉じ、ヴィルマはベッドへと倒れ込んだ。

 犯人は、ここにいる。けれど、誰もその事に気付くまい。

 現場はいずれも、遅い時間ゆえに人通りは少ないとは言え、駅の近くだ。死体は直ぐに発見されただろうし、事件前に通った者も少なくないはず。死亡推定時刻は絞り込まれるだろう。今この場にいるヴィルマが、容疑者に上がる事は無い。ヴィルマを魔女だと、疑わない限り。

 ヴィルマは、ごろりと仰向けに転がる。目の前に広がるは、闇。


 ――初めて、ヒトを殺した。


 魔女は悪だと、人は言う。ヴィルマは人々が言う通りの、悪なる存在へと成り果てた。


 死に行く被害者の恐怖に強張った顔が、目に焼き付いて離れない。殺意を持って魔法を行使した感覚は、ねっとりと枷のようにヴィルマの腕にまとわりつく。

 今日殺したのは、三人。あと七回も、こんな事を繰り返さねばならないのか。


 きっと、オーフェリーはこんな事、望んでいなかった。

 彼女は、誰よりも正義感の強い女性だった。殺人なんて、決して許さないだろう。


「ごめんなさい……」


 呟いた贖罪の言葉は、被害者に対してか、オーフェリーに対してか。ヴィルマ自身にも分からなかった。ただ、自身への嫌悪感と良心の苛責がせり上がってくる。

 祈るように両手を組み、そして、ヴィルマは飛び起きた。


 無いのだ、指輪が。


 小さなハートを半分に割った物がワンポイントに付いた、銀色の指輪。オーフェリーから貰ったそれは、彼女の形見となってしまった。

 足下に視線を走らせるが、小さな銀色の姿はどこにも見当たらない。外で落としてしまったのだろうか。どこで? ――犯行現場で?

 二件目の襲撃で、反撃され、取っ組み合いになった。落としたとすれば、あの時だろう。

 キンと言う短く高い音と共に、青い光が室内を照らす。




 夜道に、ヴィルマは降り立つ。

 止めを刺した現場からは少し離れるためか、あるいはこの現場の捜査は終えて次の現場へ移ったのか、辺りに軍人の姿は無かった。


 目を皿のようにして路上を探し回るが、一向に見つからない。

 標的の前で蔓を出し、躊躇ったその一瞬で掴み掛かられ、取っ組み合いになったのだ。殺られる前に殺ろうと、相手はヴィルマの首を締め上げた。ヴィルマはもがき、そして、道沿いに流れる川へと転げ落ちた。逃げ出す相手を追って川を這い出て、大通りに出る直前で止めを刺した。


 ヴィルマは坂を下り、バシャバシャと川へと入って行く。


「無い……無い……!」


 死体の発見場所からは離れている。例え指輪が軍部に見つかったとしても、事件との関連を疑われる可能性は低い。

 例え犯人の遺留品だと判断されても、雑貨屋で売られていた安い量産品だ。持ち主の特定は不可能だろう。


 しかしあれは、オーフェリーから貰った物だ。


 犯人の証拠となり得るかどうかなど、どうでも良かった。ただただ、あれは大切な形見なのだ。

 服が濡れるのも構わず、水を掻き分け、泥をすくい、小さな指輪をひたすら探し続ける。




 やがて、東の空が白々と明けて来た。バシャンと水音を立て、ヴィルマは川の中で膝をつく。

 一晩中探しても、指輪は見つからなかった。他に心当たりなど無い。


 指輪は、失われてしまったのだ。オーフェリーが、ヴィルマの隣から失われてしまったように。


「ふ……ふふ……あはは……」


 自嘲の笑みが漏れる。笑い声は哄笑となり、朝焼けの街に響き渡った。


 馬鹿みたいだ。しょせんは、ただの指輪。大切に持っていたからと言って、オーフェリーが還って来る訳ではない。オーフェリーと共にいられる訳ではない。

 なくなったものは、戻らない。指輪も、人も。

 どんなに形見にすがったところで、死した者の想いを慮ったところで、何の意味もないのだ。


 ヴィルマは立ち上がる。朝焼けが街を照らし、白い煉瓦を赤く染め上げていた。

 血のように、真っ赤な世界。それは、昨晩の――そしてこれから起こる惨劇を暗示しているかのようだった。


 もう迷わない。今度は間違えない。


 守るのだ。今度こそ。

 そのためなら、この手がどんなに血に濡れようと構わない。




 ……失われてしまったら、もう取り返しがつかないのだから。

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