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第21話 灰色の物語VIII

「本日付で、第二部隊に就任いたしました、ジェフ・オゾンです」


 広間に並ぶ、隊士達。彼らの見上げる先には、紫色のドレスを身にまとったヴィルマの姿があった。


「皆さん、これからよろしくお願いします」

「ヴィルマ王妃様に、敬礼!」


 号令が掛かり、オゾンらはビシッと揃った動作で敬礼する。

 ヴィルマは萎縮するでもなく、堂々と背筋を伸ばし、微笑みを浮かべていた。


 護衛隊との顔合わせを兼ねた儀を終え、ヴィルマは後宮に用意された部屋へと通された。

 広い部屋、整えられた調度品の数々、窓から一望できる街。それらは、サントリナの城にいた頃を思い出させた。


「お荷物の移動は済んでおります。ご自身で片付けたいと仰せつかっていた手荷物は、そちらに」

「ありが――」


 護衛隊の者に答えかけ、ヴィルマは目を瞬く。軍帽の下にのぞく銀髪、そしてその顔。


「あなた――」

「しーっ」


 マティアスは慌てて人差し指を口の前に立てる。まるで、初めて会った時のようだった。


「あなた、もう国王陛下なのよ? なのにまた、こんな事……キーウェルト大将に怒られますよ」

「君の事が心配でね、様子を見に来たんだ。こう言うの、慣れてないだろう? でも、何も心配いらなかったみたいだね」

「でん……陛下!?」

「あっ、マズイ。オゾンがこっちに異動してたんだっけ」


 マティアスはすたこらと逃げ出し、バルコニーへと出る。そして、柵へと足をかけた。


「あっ」

「殿下!!」


 オゾンとヴィルマは、慌てて駆け寄る。

 バルコニーから身を乗り出せば、マティアスは遥か下の回廊を駆けて行くところだった。ヴィルマが見下ろしているのに気付き、にこやかに手を振る。どうやら、辺りの屋根やら窓枠やらを足掛かりに降りて行ったらしい。

 ヴィルマはホッと息をつくと、棚の上に置かれた鞄を引き寄せた。傾いた鞄の底から、ぽとりと白く丸い石盤が落ちる。


「まったく、あの方は……。ヴィルマ様? いかがなさいました?」

「あ、いえ、何でも……」


 ヴィルマは、手にした石盤をそっと鞄にしまい込む。手鏡ほどの大きさの、薄いそれ。白く丸い石の板には、魔法陣が描かれていた。

 話は、二年ほど前に遡る――






「ローズ……ラウ……?」


 オーフェリーが処刑された広場。灰の山の前で項垂れるヴィルマの前に現れた、黒髪の女。彼女が口にした名前に、ヴィルマは目を瞬いた。


 ラウ。

 その名前は、かつて北方大陸の北に存在し、水の底に消えたという伝説の魔女の国の名前だった。


「ええ。サントリナの王女ともあろう者が、知らない訳ではないでしょう?」


 ヴィルマは肯定も否定もせず、口を真一文字に結んで女を見上げていた。


「そんな怖い顔をしないで。私は、あなたとやり合う気はないの。ただ、あなたを我が国へ招待しに来ただけなのだから」

「招待……? では、あなたは本当にあのラウ国の……? でも……ラウは、遥か昔に、海の底に沈んだはず……!」

「ええ、海底へと姿を消した。でも、だからと言って国が滅んだ訳ではないわ。メリア・ローゼンが水を司る魔女だった事は、知っているでしょう?」

「まさか……彼女の魔法だって言うの……? そんなの……」


 無茶苦茶だ。一国を海の底に沈め、なおそこにいる生物達を生存可能にする魔法。それも、何百年もの間。生きている間ならば、可能かも知れない。現に、サントリナ城に咲くランの花も、ヴィルマの魔法で枯れる事がない。

 しかし、魔女とて寿命はある。人より長いとは言え、長い者でせいぜい百年や二百年。人間と大差ない寿命で亡くなる者も少なくない。ラウの伝説は、何百年も前の出来事。メリアが今も生きているはずはない。

 術者自身が亡くなっても、継続していると言うのか。


「それだけ強い力を持つ魔女だったのよ、彼女は。

 北方大陸諸国との戦争、ライム・ラウを押さえる目的で向かわせたメリア・ローゼンの裏切り。激化する人間達の怒りから逃れるように、ラウ国は水底へと身を隠した。そしてそれから長い間、私達ラウの魔女は水の底に隠れ住み、地上に残った魔女は人間達の憎悪の対象として火炙りにされ続けた。

 ――でもね、そんなおかしな世界は、もうおしまい」


 ローズは微笑む。しかしその瞳は、酷く冷たいものだった。


「世界は、より力のある者、より知能の高い者が統べるべきだと思わない? 弱く醜い人間など、取るに足らない。これからは、魔女と魔法使いが世界の中心になるのよ」


 ローズは、ヴィルマへと手を差し伸べる。

 ヴィルマは後ずさりし、静かに首を振った。ローズはぴくりと眉を動かす。


「……断ると言うの? 人間がどんなに身勝手で冷酷か、散々見てきたはずでしょう?」

「ごめんなさい。でも……でも、オーフェリーは人間だった。確かに、人間にはたくさんのものを奪われたし、辛く当たられた事もあったわ。でも、そんな私を救ってくれた人達も、人間なの。オーフェリーと同じ人間達を悪く言うあなたの手を取るなんて、私にはできないわ」

「そう……」


 ローズは手を下ろす。


「無理強いはしないわ。裏切られると、こちらも困るもの」


 キンと短い耳鳴りがして、彼女の手元が青く光る。彼女はそれを、ヴィルマの足元へと放った。白い石を平たい丸に削った円盤には、魔法陣が描かれていた。


「これって……」

「通信盤よ。私が持っている物と、対になっているわ。きっとあなたは、いずれ私の手を取る事になる。気が変わったら、連絡しなさい」

「こんな古代魔法、どうやって――」


 顔を上げたそこに、もう彼女の姿はなかった。

 暗闇に包まれた広場を、風が吹き抜ける。広場の隅に植えられた木々が、ざわざわと音を立てて揺れていた。








 ローズの予言した日は、そう遠いものではなかった。

 北歴一七〇三年五月。春の花々が散り去り、新緑の生い茂る頃、リム国に待望の第一子が誕生した。

 国中が祝福し、ヴィルマとマティアスも手を取り合い喜んだが、幸せはそう長くは続かなかった。


「陛下」


 朝議の席から移動する途中、部下から連絡を受けたキーウェルトがマティアスに呼び掛けた。


「市街の地下水路で、爆発があったそうです。本日午前の魔法研究所への視察は、延期になります」

「またかね。最近、多いな」


 マティアスは、やれやれと息を吐く。

 このところ、地下水路での原因不明の爆発が頻発していた。怪我人などの被害が出るほどのものではないが、その数は日に数件と異常なもので、いつ事故に発展するか知れないと軍や王家は頭を悩ませていた。


「昨晩も、夜中に城内で水漏れがあっただろう。国内で水道管全体が老朽化でもしているのか?」

「考えたくはありませんが、テロという可能性も否定できません」

「うむ。一度、専門家を呼び集めて本格的に調査を行った方が良いかも知れんな。これから、沿岸部の雨期対策もあると言うのに……」

「そちらなのですが、またブランシェ伯爵から直訴状が届いています」

「確か、海沿いの丘にある町だったか……何とかしてやりたいのは山々だが、予算にも人員にも限りがある。人的被害が大きく見込まれる街の方が優先だ。私財を捻出している彼には申し訳ないが、それで何とかなる範囲であれば今年も彼の力を借りる他あるまい。せめて、一度造った堤防が数年もってくれれば、順番に増やしていけるのだがな……」


 マティアスとキーウェルトが話す傍ら、ヴィルマは青い顔でうつむいていた。


「ルエラ……」

「ヴィルマ?」

「ルエラは……ルエラは、今、どこですか?」

「どうした、急に。心配せずとも、爆発があったのは市街だ。ルエラなら、後宮で乳母のアンリが面倒を見ておる――ヴィルマ!」


 マティアスの呼び止める声も聞かず、ヴィルマは後宮へと駆け出していた。ヴィルマの護衛隊の者達が、慌てて後を追う。

 後宮へと戻ったヴィルマは、まっすぐにルエラの眠る部屋へと向かった。ベッドのそばについていたアンリは、驚いて目を丸くする。


「いかがなさったのですか、ヴィルマ様……」

「ルエラ……ああ、ルエラ……」


 ヴィルマは、そっと我が子を抱きかかえる。ルエラは、ぐっすりと眠っていた。


「アンリ、私が留守の間、ルエラが泣きませんでしたか」

「ええ。ちょうど四半時ほど前に……お腹が空かれたようで。でももう、大丈夫ですよ。たっぷりミルクを召し上がって、お眠りになりました」

「やっぱり……泣いたんだわ、この子……だから……」


 ヴィルマは、ルエラを抱く手にぎゅっと力を込める。アンリは、少し困ったような顔をしていた。


「あの……お言葉ですが、ヴィルマ様。赤子は、泣くのがお仕事でございます。私共も、ルエラ様のストレスにならぬよう迅速に対応しております。あまりそう、気にされてはヴィルマ様ご自身のお身体に障りますよ」

「あなた達を責めているつもりはないわ。でも、駄目なの……この子は、駄目なのよ……」

「ヴィルマ様……」

「ごめんなさい……。少し、席をはずしてくれるかしら」


 アンリは一礼すると、静かに部屋を出て行った。

 市街並びに城内で頻発する、水路や水道管の破損事故。ヴィルマには、その要因がわかっていた。

 これは、テロでも、老朽化でもない――ルエラの魔法だ。


 生まれて間もなく、ルエラは魔法の兆候を示した。まだ赤ん坊のルエラには魔力を制御することなどできず、一たび彼女が泣けば、どこかしらで水が膨張した。

 その小さい身体に秘められた力は非常に強く、首都中がその対象となっていた。近場で発生した場合には可能な限りヴィルマが誤魔化しているのと、遠くで発生したものは距離故にルエラの様子とは結び付けられずにいるが、これもいつまで続けられるか分からない。

 いずれは、また城を逃げ出さねばならない時が来るだろう。やはり、魔女が人間と同じ幸せを掴もうなど、無理な話だったのだ。


 部屋の外に出ると、アンリが心配げな顔で扉のすぐ横に立っていた。

 ヴィルマは、彼女に微笑む。


「ありがとう、アンリ。引き続き、ルエラをお願いできるかしら」

「はい……!」


 アンリは、部屋の中へと戻って行く。


「ヴィルマ様」


 部屋の外にはもう一人、オゾンが待っていた。彼もアンリと同じく、心配げな顔をしていた。


「ヴィルマ様、少しお身体を休められてはいかがでしょうか。夜もルエラ様に付きっ切りで、あまりお眠りになっていないのでしょう? 午前の予定も空いた事ですし、いかがでしょう、久しぶりにマダム・ジノラやご友人に会いに行かれては――」

「ルエラさんには、もう会いません。……会えないわ」


 ヴィルマはうつむく。

 首都へと逃げて来たヴィルマを、快く雇ってくれた女性。彼女に恩はある。恩を感じているからこそ、娘の名前に彼女の名前をもらった。


 しかし、だからこそ、会えない。

 まさか、その娘が、ヴィルマと同じ魔女だったなんて。


「……オゾン少将。あなたに、お願いがあります」

「はっ。何なりと」


 オゾンはビシッと背筋を伸ばし、敬礼する。ヴィルマは皺の刻まれたその顔を見上げ、告げた。


「そろそろ、ルエラの護衛隊が設立される頃でしょう。私はその隊長に、あなたを推薦したいのです」


 オゾンの目が見開かれる。

 一人の軍人が、二つの隊に属する事は原則的にない。それは、事実上の異動宣告だった。


「なぜ――!? 私は、自ら志願して、ヴィルマ様の護衛隊に就きました。あなたの事は、マティアス様とお知り合いになられた頃から存じております。だからこそ、あなたをお守りしたいと――」

「私も、私軍の中ではあなたが一番よく知る人物です。だからこそなのよ、オゾン少将」


 ヴィルマは、言い聞かせるように懇々と話す。


「戸籍上は北部の田舎の貴族とは言え、そこでも拾われた身。拾ってくれた貴族の屋敷も飛び出して、身寄りのないどこの馬の骨とも知れない娘。そんな私があの人に見初められて、王妃になって、快く思っていない者達がいるのは知っています。当然よね。私も臣下だったなら、その立場によっては反対したでしょう」

「そこまで理解なさっていながら、なぜ――」

「そう言う立場だからこそ、確実に味方だと解っている人を、あの子のそばに置きたいの。あなたにも、娘がいるのでしょう。親心だと言えば、解ってもらえるかしら?」


 そう言って、ヴィルマは少し微笑う。オゾンは、黙り込んでいた。


「将官であるあなたなら、隊長に任ずる事に問題もないでしょう。あの子には、絶対的な味方が必要なのよ」

「――承知いたしました」

「ありがとう。あなたが信頼に値すると思う部下、必要とする部下を、第二部隊から引き抜いてもらって構わないわ」


 ヴィルマはくるりと背を向け、廊下を歩き出す。その背中に、オゾンは問いかけた。


「しかし、ヴィルマ様。あなたは、どうなさるのです。誰があなたをお守りするのですか」

「あら。少将以外の隊員は、私への反対派閥ばかりだったのかしら?」

「そう言う意味ではありません。しかし、一番よく知るという私をルエラ様の護衛に回しては、あなたは――」

「私は、大丈夫です」


 ヴィルマは、オゾンを振り返る。


「何があっても、いつ、どんな時でも、ルエラの味方でいてあげてください。それが、私のあなたへの最後の命令です」

「――生涯をかけて、お守りいたします」


 ヴィルマは微笑む。

 そして再び背を向けると、自室へと向かった。


 ――そう、私は大丈夫だ。


 そう遠くない内に、護衛隊など必要なくなるのだから。

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