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灰色の王女-火刑となりし男装王女の魔女狩り譚-  作者: 上井椎
第1章 漆黒と純白の輪舞曲
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第13話 魔女の足掻き

 大衆がどよめく。

 パトリシアは慌てるでもなく、相変わらず穏やかな微笑を浮かべていた。


「あら……どうして、そう思うのですか?」

「昨晩、我々は魔女の襲撃を受けた。隣町からの帰り道、隣町との間に渡されている橋の上でな。

 あの辺りには民家も少なく、一方で橋さえ破壊すれば武器はいくらでも出来る。物体的魔法の使い手には好都合なポイントだ。なぜ我々があの晩、あの場所を通ると予測できた?

 昨晩、私とティアナンが出掛ける事を知っていたのは、軍からの連絡を引き継いだ宿の者達、出掛ける前に話していたユマ、訪ね先であるルノワール長老、そしてその間を取り持った軍の者――君だ」

「あら……そんな事はありませんわ。あなたがルノワールさんに会いに行く事は、特に隠してなんていないもの。他にも知っていた軍人はたくさんいるわ」


 パトリシアは焦る様子もなく、おっとりとした笑みを浮かべていた。


「それに、例えあなたの予定を知らなくても、魔女は何者だか分からないんだもの。宿に張り付いて尾行されていた可能性もあるんじゃないかしら?」

「ああ。これはあくまでも、君を容疑者として数えた一因でしかない。

 しかし君は、一度私達に目撃されている。昨晩、我々を襲撃した女。着用していた衣服を、私ははっきり覚えているぞ」

「あらまあ。それじゃあ、私が偶然同じ私服を持っていたら大変ねぇ……魔女に仕立て上げられてしまうんだわ……」


「君、いい加減にしないか。エルズワース少尉が魔女などと……侮辱も良いところだ! 名を名乗れ。私軍に訴えを入れる!」

「リン・ブローだ。部下を思うのは良いが、見極める目はしっかり持った方が良いぞ」

「何を……!」


 額に青筋を浮かべる大佐を無視し、ルエラは続ける。


「まあ、騙されるのも無理は無いがな。見事な演技だよ。私も騙されていた。アリーの無実を晴らしたいなどと、大嘘を吐いて。

 不審火の一件を利用し続けようとしたのは、間違いだったな。ルノワール中尉や長老の予定を取り付けるだけでなく、プライベートな話もするほど親しい君がその事件の真相に気付かないのはあまりにも不自然だ。魔女捜査部隊が常時なのか今回臨時の役職なのかは知らないが、いずれにせよ任されたと言う事は、魔法についての知識もそれなりに備わっているだろう?」

「事件の真相……?」


 パトリシアは答えない。代わりに問い返したのは、その隣に立つ彼女の上司だった。


「どう言うつもりか知らんが、エルズワース中尉が魔女だと言うなら、彼女にはアリバイがある。君が言う、不審火の日だ。火事が起こった時、彼女は軍部で事務処理をしていた。私の他にも、何人も目撃者がいる」

「当然だ。不審火については、一昨日の隣人死亡と同じく他の原因によるものだからな。――ルノワール中尉!」


 一瞬耳鳴りがした気がして、アリーは耳を押さえる。同時に見えたのは、青白い光。

 次の瞬間、目の前には見覚えの無い青年が立っていた。手に持つ杖は、彼が軍属の魔法使いである事を表す。


「隣町の魔法使いだ。彼から、皆に謝罪があるらしい」

「こんな大衆の面前ですか……」


 ルイ・ルノワールは顔を引きつらせる。

 ルエラは憮然とした態度で言い放った。


「当然だ。お前の失態がきっかけで、こんな大事にまでなったのだからな」


 ルイ・ルノワールはやや渋っていたが、やがてゆっくりと頭を下げた。顔を挙げ、彼は人々に向かって話す。


「四日前、我が町で大火事が起こった事は、この町にも知れ渡っている事と思います。そして、私が魔法を使用してそれを一瞬で消した事も。ですが、あろう事か私は、瞬間移動術でその大火事を消したのです」

「つまり、その大きな炎を別の場所へ瞬間移動させたという事だ」


 理解しかねている市民のために、ルエラが言葉を添える。


「私は、それで火が消せているのだとばかり思っていました……私は自分自身の魔法を、移動ではなく空間の操作だと思っていたのです。その場から物を消したり現わしたり出来るのだと。消したものがどこかへ行っているなど、夢にも思いませんでした。曽祖父に言われて、ようやく自分が何をしてしまったのか知ったのです。

 魔法使いとして失格です。本当に、この町の皆様にはご迷惑をお掛けしました……!」


 ルイ・ルノワールはもう一度、深々と頭を下げる。皆、唖然として聞き入っていた。

 ルエラはふっと溜息を吐く。


「まあ、そういう事だ。この事件――いや、事故だな。意図的では無いのだから。事故が起きた時、偶然そのそばにアリーがいた。エルズワース少尉はそれを知って、利用しようとしたのだろう」

「お恥ずかしい話ですが、全く気が付きませんでした。でも、その年で王家に直接仕える私軍なんて立場にあられる方の基準で測られてしまっては、ちょっと困りますわ」


 パトリシアの微笑みは変わらない。

 アリーは思わず後ずさる。いつもの微笑のはずなのに、今の彼女の微笑はおっとりとしたものではなく、冷たさを感じる物だった。


「それに、君には動機がある」


 ルエラは話を続ける。

 アリーのように怯む事は無かった。


「マルク・ケレルという青年だ」


 アリーは目を瞬く。

 それは、店の常連客の名前だった。アリーに結婚を迫り、魔女だと言う噂が流布されると逃げ出した男。


「君はこの男性と婚約関係にあった。けれど、一方的に破棄されてしまった――ケレルが、君よりアリーに惹かれたと言う理由で」


 アリーは目を見開く。


「そんな……パティ、どうして言ってくれなかったの」

「言うはず無いじゃない。よりにもよって、あなたなんかに」


 パトリシアはがらりと態度を変えていた。けれど笑みは浮かべたままだ。


「そうですね。私はアリーの無実を晴らそうなんて気、さらさら無かった。それどころか、このまま魔女として処刑されてしまえばいいとも思いました。

 けれど、ただそれだけです。事件とは何の関与も無い。

 それとも、私が魔女である証拠がどこかにあるのでしょうか?」


「昨晩、君は私とティアナン中佐を襲撃した。アリーを襲わせた男たちと共に、まとめて始末しようとしたのだろう。ルノワールの所へ行かせたのも、私達の行動ルートを掴むため。君にとって、私軍や首都の軍に属し自分の管理下に置く事ができない私やティアナンが捜査をしている事は、非常に都合が悪かった。

 私達が氾濫した水に飲み込まれた時、君も水を被らなかったか? 被ったはずだ。川ではなく、増幅した川の水から飛び出した、小瓶の中の液体をな。

 飛んでくる橋の破片で、私は君の居場所を特定した。あの瓶の中身は少々特殊でな、シャンプー程度では落ちる事は無い。そして……」


 ルエラは懐から、小さな瓶を取り出す。中には、明るい黄色をした液体が入っている。ルノワール長老から貰った、もう一本の魔薬。

 ルエラはコルクを抜き、その小瓶をパトリシアへと投げ付ける。


「……この液体と合わさると、魔法反応を起こして発光する!」


 小瓶の中の液体が、パトリシアへと掛かる。

 人々は息を呑んだ。パトリシアの白い肌が、液体の掛かった部分だけ白く発光していたのだ。


「中身は魔薬だったって訳ね……」


 パトリシアの顔から微笑が消えた。

 苦々しげな表情を見せ、そしてその場から消えた。

 彼女は、遥か上空に浮いていた。人々の間から叫び声が上がる。魔女だ、と。


「ふん。空に逃げる気か。――ルノワール中尉! 名誉挽回だ」

「言われずとも!」


 足元にある大量の藁が一瞬にして消える。

 かと思うと、上空から降ってきた。パトリシアを押しつぶすような形で。

 パトリシアは舌打ちすると、藁をルエラ達の方へと飛ばす。そして野次馬の頭上を飛び越え、広場を出て行った。


「お、追えーっ!!」


 大佐が大声を張り上げる。

 一般市民は魔女の力に怯え、逃げ惑っていた。

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