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第19話 灰色の物語 VI

 暗い夜道を、ティアナンはとぼとぼと歩いていた。

 夜も更け、遅い時間。窓に灯りの点いた家は少なく、通りにも他に人影は無い。


 小さな集合住宅まで帰って来たティアナンは、建物の前で足を止めた。

 自室に、灯りが点いている。ティアナンは、一人暮らしだ。今日は晴れていて、部屋の中も明るかった。朝、家を出る前に灯りを点けた覚えはない。

 ティアナンはゴクリと生唾を飲み込むと、建物へと入って行った。足音を立てぬよう、ゆっくりとした足取りで進み、自室の前で立ち止まる。懐から銃を出し、ロックを外すと、一気に玄関の扉を開いた。


「お帰りなさい、トッシュ! お仕事、お疲れ様ーっ」


 部屋の奥から駆け出てきたのは、エプロン姿のオーフェリーだった。ティアナンは目を瞬き、ホッと息を吐く。


「オーフェリーでしたか……来るなら来ると、連絡してください」

「あ、ごめんごめん。空き巣か何かかと思っちゃった?」


 ティアナンの手にある銃を目にし、オーフェリーはバツが悪そうに頭を掻く。


「夕飯、作ってあるのよ。どうせ、食べずにそのまま寝る気だったでしょ? 駄目よ、しっかり栄養摂らなきゃ。待ってね、今、温め直すから。シャワーでも浴びてて」

「ずっと待っていたんですか? こんな遅い時間なのに……」

「明日、学校お休みなの。トッシュ、最近、お仕事忙しくてデートも全然出来てないじゃない? だから、家に行けば会えるかなって。結婚した後の、予行練習ー……なんちゃって」


 オーフェリーは、ぺろりと舌を出す。


 ――予行練習。

 その本番は、きっと永久に訪れない。


 部屋の奥へと遠ざかる小さな背中。

 ティアナンは彼女の細い腕を掴むと、引き寄せ、抱き締めていた。


「……トッシュ? どうしたの?」


 オーフェリーの声にティアナンは我に返り、彼女を放す。


「す、すみません……少し、疲れているようです」


 ティアナンはオーフェリーの横をすり抜け、逃げるように部屋の奥へと入って行く。

 オーフェリーは廊下に佇んだまま、寂しげな瞳で彼を見つめていた。


「……ごめんね、トッシュ」


 ぽつりと呟かれた言葉は、ティアナンの耳には届かなかった。








「ヴィルマ。あんたに、お客だよ」


 空いた皿を運んでいたヴィルマは、ルエラの声に振り返った。

 お昼には少し早い時間。店内にいる客は少ない。店の入口に立っているのは、市軍魔女捜査部隊隊員であり、オーフェリーの婚約者、トッシュ・ティアナン中尉だった。

 皿を厨房に続くカウンターに置くと、ヴィルマは小走りに彼に駆け寄った。


「こんにちは、ティアナン中尉。オーフェリーなら、来ていませんよ。たぶん、まだ学校かと……。珍しいですね、こんな時間に。お仕事は?」

「……今日は、仕事で参りました」

「お仕事? 先日の立てこもり事件のお話ですか? でも、中尉の任務って……」


「――その立てこもり事件で、オーフェリーに魔女の嫌疑が掛かっている事は、ご存知でしょうか」


 ヴィルマは一瞬、彼が何を言ったのか判らなかった。

 ティアナンは、仕事で来たと言った。ティアナンは、軍人だ。彼が、オーフェリーの事を尋ねる。オーフェリーに、魔女の嫌疑が掛かっていると言う。

 それは、つまり――


「ヴィルマさんは、彼女と一緒に現場にいました。本来なら、一番に事情を尋ねるべき相手でした。しかし、私は怖かった……あなたの口から、事実を聞くのが。確かな目撃証言を得るのが。でも、現場ばかり探しても、科学的に実証できそうな物は、何も見つからない。

 どちらの答えでも、構いません。私は逃げたりしない。だからどうか、教えてください。あの日、いったい何があったのか。オーフェリーはどのようにして、助かったのか。

 あの蔓は、どのようにしてあの場に現れたのか」


 ヴィルマは目を見張る。


 ――今、彼は何と言った?


『目撃者も物証も無いから、軍も取り合ってないみたい。その内、下火になるわよ』


 蔓は目撃されなかった。根拠の無い噂で、軍も相手にしていない。

 オーフェリーはそう言ったではないか。


 見られていた。

 軍が動いていた。


 科学的証拠など、見つかるはずもない。オーフェリーを守ったあの蔓は、ヴィルマが魔法で出した物なのだから。


「……オーフェリーは、魔女ではありません」

「では、あの蔓はどこから?」

「それは……」


 ヴィルマは言い淀む。

 チリンと扉の上に付けられた鈴が鳴る。店に入って来たのは、オーフェリーだった。


「あら、トッシュ? 珍しいわね」


 ティアナンが言い訳をする間も、オーフェリーがそれ以上何か話す間もなかった。ヴィルマは即座にオーフェリーの腕を掴み、店の奥へと引っ張って行った。


「どういう事なの、オーフェリー!? 誰かに見られた訳じゃないって、あなた、そう言ったじゃない! 軍も、相手にしていないって……! ティアナン中尉、あなたの事を調べているわ。魔女捜査部隊として……!」

「そうみたいね」

「そうみたいねって……」


 トン、とオーフェリーは、ヴィルマの唇に人差し指を当てた。


「駄目よ、そんな大声で話しちゃ。大丈夫。ヴィルマは、何も気にしなくていいから」

「……まさか、あなた、このまま処刑される気なの?」


 オーフェリーは、微笑んだだけだった。


「駄目よ! そんなの、絶対に駄目! このまま、あなたが処刑されるなんて――」

「あ、いっけない、休み時間終わっちゃう! 教官に、トッシュを呼ぶように言われてるのよね。前にトッシュ、授業の手伝いに来た事があって。じゃあね、ヴィルマ! トッシュ、借りて行くから!」

「オーフェリー!」


 オーフェリーは聞く耳も持たず、ティアナンの待つ店の方へと走って行った。

 ヴィルマはしばらくその場に佇んでいたが、ぎゅっと拳を握り締めると、決心したような顔で部屋を出て行った。






 渡り廊下に囲まれた中庭には、白やピンクの薔薇が咲き誇る。半円状の屋根からは穏やかな春の日差しが降り注ぎ、中央に据えられた噴水の水面をキラキラと輝かせていた。


「いやあ、嬉しいよ。君の方から、会いに来てくれるなんて」

「ごめんなさい。軍の人達に会うのは、なんだか、怖くて……」


 城の護衛がサントリナ侵略の前線に出て来ていたとは思えないが、どこにヴィルマを知る人物がいるか分からない。十四歳だった当時から成長した今でも、万が一誰かに気付かれたらと思うと例えマティアスに会うためであっても二の足を踏んでいた。

 噴水の前にあるベンチに、マティアスは腰掛ける。彼に勧められるがままに、ヴィルマはその隣に座った。


「この景色を君に見せる事が出来て、嬉しいよ。最近、レポスとの交流が盛んになって来ていてね、この薔薇もつい先日、レポスからいただいたんだ」

「マティアスさん。……今日は、あなたにお願いがあって、参りましたの」

「お願い? 珍しいね。何だい? 私にできる事なら、何でも力になるよ」


 マティアスは優しく微笑む。ヴィルマはギュッとスカートの上で拳を握った。


「……オーフェリー・ラランドに掛かっている、魔女の嫌疑の事はご存知ですか」


 一瞬の沈黙が、二人の間に流れた。

 マティアスは無言で立ち上がり、噴水を見つめながらうなずいた。


「……ああ。知っている。クロードの姉君に、魔女の疑いが掛かっていると」

「彼女は魔女ではありません! 私が証人になります。オーフェリーは魔法なんて使っていない。マティアスさん、だからどうか彼女を助けてください。あなたが軍に一言、捜査の打ち切りを指示してくだされば――」

「それは出来ない」

「どうして!」


 ヴィルマは立ち上がり、マティアスの正面へと回り込む。青灰色の瞳が、ヴィルマを見つめ返した。


「あなたはこの国の王子です。お願いします、どうか――オーフェリーは私の、たった一人の親友なんです……!」


 ヴィルマは膝をつき、地面に這いつくばるように頭を下げた。


「ヴィルマ、顔を上げてくれ」


 マティアスは慌てて隣にしゃがみ、ヴィルマを起こそうとする。


「私に何とかできる事なら、力になろう。でも、駄目なんだ。魔女の捜査は国軍と魔女処刑人の管轄で、王家が関わるものじゃない。元々管轄外なのに擁護のために口出しなんてしたら、民は王家に不信感を抱くだろうな」

「そんな……そんなの、おかしいです……。あなたの国の民が殺されようとしているのに……」


 マティアスは、無言で頭を垂れる。

 本当に何も出来ないのだ、とヴィルマは悟った。例え王家であろうとも、魔女への怨恨の前では何も出来やしない。サントリナが、良い例ではないか。相手が王女であろうとも、一度魔女だと噂が広まれば、人々はその恐怖を取り除こうとする。

 もしマティアスがここでオーフェリーをかばおうものなら、その先に待っているのは民の怒り。リムに、サントリナの後を辿れなど言えようもない。


「私が……私が、魔女だったら?」


 ヴィルマは顔を上げ、マティアスを見据える。マティアスは、目をパチクリさせていた。


「ヴィルマ。いったい何を――」

「あの魔法を使ったのは、オーフェリーではなく、私です。……私が、魔女なの」

「ヴィルマ。何を言い出すんだい。友達をかばうためとは言え、そんな事――」

「本当よ! 私が魔法を使ったの。あの蔓は、私が出したの」

「まさか。第一、君が魔女だと言うなら、君が何にも守られず重傷を負っていた事の説明がつかない。もうよそう、ヴィルマ。君の気持ちはよく分かった。父上に、それとなく伝えてみるから……」

「伝えたところで、王家には何も出来ないのでしょう!? あなたが証人になってくれれば、話は早いわ。今――」


 ヴィルマは、薔薇の茂みへと手をかざす。


 ――急激に、音と色が失われたかのようだった。


 目の前に蘇るのは、深い谷間。その途中で岩の突起に乗るようにして辛うじて落ちずにいる、金の指輪。

 金の輪の間を通るように生えた蔓。蒼ざめた顔。恐怖に満ちた悲鳴。

 振るわれた鞭。押し寄せる暴徒。燃え盛る城。

 鼓動は波打ち、喉は焼けつくように熱くなる。


「――ヴィルマ!」


 蒼ざめた顔で立ち尽くし震えるヴィルマを、マティアスは抱き締めていた。


「いいんだ、ヴィルマ。もうやめてくれ。君が自分を傷付ける必要なんか無い。私は、何があっても君の味方だから。だから……」


 はらりと、紫色の瞳から雫が落ちた。


 ――私は、最低だ。


 たった一人の親友が自分のために無実の罪で殺されようとしているのに、その罪は自分のものだと告げる事さえ出来ない。

 魔女だと口では宣言しても、いざ魔法を使おうとすると身がすくむ。マックス夫妻の屋敷での事、サントリナ城が焼かれた日の事を思い出し、動けなくなってしまう。


 もうこの手首に鎖は無いはずなのに、鞭に怯え己の意志を失って過ごしたあの日々は、今もなお、ヴィルマを縛り続けているのだ。

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