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第16話 灰色の物語 III

 青空の下、祝福の鐘が鳴る。緑の生垣に囲まれた庭には丸いテーブルがいくつも置かれ、温かなご馳走が並んでいる。

 それはマックスの屋敷でよく見た光景と似ていたが、ヴィルマの気持ちはあの頃とは全く違っていた。


 人々の輪の中にいるのは、二人の男女。

 瞳の大きな小柄な女性は、純白のドレスを見にまとっていた。ふわふわと巻かれたピンクベージュの髪は、頭の上にアップにしている。

 その隣に寄り添うのは、タキシードを着た金髪の男性。茶色い釣目は、オーフェリーとよく似ていた。

 クロード・ラランドと、セリア・ラランド。オーフェリーの双子の弟と、その妻となる人物。店でオーフェリーと知り合って以来、二人は親しくなり、彼女の兄弟の結婚式に呼ばれる程になった。


「ヴィルマーっ!」

「きゃあっ!?」


 赤いドレスに身を包んだオーフェリーが、後ろから勢いよく飛びついて来て、ヴィルマは小さく悲鳴を上げた。


「こんな隅っこにいないで、ヴィルマも皆とお話しましょーよ! ヴィルマの事気になってる人、結構いるみたいよ。魔女処刑人って疎まれる事も多いけど、一応は国のお役人だから、招かれてる男もよりどりみどり! いい男ゲットするチャンスよ、チャンス」


 熱くまくしたてる親友に、ヴィルマは苦笑する。


「いい男って……オーフェリーには、ティアナン中尉がいるじゃない」

「私じゃなくて、ヴィルマよ! こんなに美人なのに独り身なんて、もったいないじゃない。もう十九なんだから、もっと恋愛に目を向けてもいいと思うのよね」


「オーフェリーの友達かい?」

「俺達にも、紹介してくれよ」


 声を掛けてきたのは、先程までオーフェリーと共に輪の中にいた男性達だった。


「クロードの友達よ。学校のクラスメイトだったの。士官学校へ入る前は、私もクロードも、同じ学校に通っていたから」


 オーフェリーは、男性達を順々に紹介する。それから、ヴィルマを彼らに紹介した。


「この子は、ヴィルマ・マックス。ルエラさんの店で知り合ったの」

「ああ、先生の娘さんの」

「娘さんって歳じゃないけどな」

「先生?」


 ヴィルマはキョトンとオーフェリーを見る。


「ルエラさんのお父さん、私達の学校の先生だったのよ。私達の在学中に還暦を迎えて、今は隠居してるけど。いい先生だったのよ」

「……分かるわ。ルエラさんも、いい人だもの」


「ヴィルマさんは、どこの出身?」


 ヴィルマは、ギクリと表情を強張らせる。

 サントリナの滅亡から、五年。ヴィルマの名前から、リム国の者がそこに結び付く可能性が、どれ程あるだろうか。

 ヴィルマの変化に気付く様子もなく、彼はヘラリと笑った。


「皆、地元組だけど、俺だけ東部の生まれなんだ。進学に合わせてこっちに来て……」

「……北の方にいたわ」

「北部か。うん、何かそんな感じする!」

「どんな感じだよ?」

「ほら、こう、雪景色が似合いそうな……」

「あ、それは分かる」


「ヴィルマさんって、彼氏とかいる?」

「お前、単刀直入だな」

「何だよ、皆だってそれが気になってるんだろ」

「で? さあ、どっち!?」


 おどけた口調で、彼は問う。

 ヴィルマはじり……と後ずさりすると、くるりと背を向けて走り出した。


「あっ、ヴィルマ!」

「ほら、お前ががっつくから……」

「え、俺のせい!?」




 会場となっている広場を抜け、生垣の間をひた走る。

 喧騒が遠ざかり、人気のない小川のほとりまで来て、ヴィルマは歩を緩めた。


 彼らに悪気が無いのは解っている。

 ただ、どうして良いか分からなかった。

 マックスの屋敷では、人ならざるものとして扱われて来た。客人の前に出され褒めそやされる事はあれども、必ずそばにはマックス氏がいた。

 受け答えは基本的に彼が行い、ヴィルマは彼の指示に従うだけだった。

 マックス氏の機嫌を損ねないように。マックス夫人を怯えさせないように。ただその二つだけが、ヴィルマの行動原理となっていた。

 あの屋敷を逃げ出し、この町に来てもう一年以上経つが、それでもまだ、純粋な好意というものに慣れない。


 うつむきトボトボと歩いていたヴィルマは、突然視界に入って来た人の姿にビクリと肩を揺らし立ち止まった。

 生垣の陰に身を潜めるようにして、銀髪の男がうずくまっていた。

 硬直するヴィルマを見上げ、男は慌ててしーっと人差し指を口に当てる。


「あ、怪しい者じゃないんだ。私は、クロードの友達で……」


 ヴィルマは困惑して、会場の方を振り返る。

 新郎の友人が、何故こんな所に隠れているのか。誰かに伝えた方が良いだろうか。


「いや、本当! 本当だって! 頼むよ、見つかったら連れ戻されてしまうから――」

「連れ戻される?」

「おっと」


 銀髪の男は、慌てて口をふさぐ。


 誰かに追われているのだろうか。彼もまた、何処からか逃げ出して来たのだろうか。

 ヴィルマが、マックスの屋敷を脱け出したように――


「そろそろだな」


 不意に、腰に下げた懐中時計を確認し、彼は言った。ヴィルマはきょとんと目を瞬く。

 彼はニッと口の端を上げて笑うと、指を三本立てた。


「さん、に、いち――」


 彼の指が全て折られたその時、ゴーンと鐘の音が鳴り響いた。

 一時間前にも鳴っていた、時間を刻む音色。しかし今度は、それだけではなかった。


 生垣のそこかしこから、水飛沫が上がる。

 水と共に吹き上げられた花びらが舞い散る。水は霧となって庭園に散布され、花吹雪の向こうに虹を作り出していた。


「わあ……!」


 幻想的なその光景に、ヴィルマは思わず感嘆の息を漏らす。


「うん、そう言う顔している方がいいな」


 ヴィルマは男を振り返る。

 銀髪の男は、柔らかく微笑んだ。


「君、何だか、思いつめたような顔をしていたから。祝いの場なんだから、楽しむべきだ。美人は憂い顔も似合うけど、笑顔はもっと美しい」


 ヴィルマはパチクリと目を瞬く。そして、はにかみがちに微笑んだ。


「ありがとう……」


 普通なら、歯の浮きそうな台詞。それを彼は何の嫌味もなく、大仰でもなく、さらりと言ってのける。

 下心も感じさせない、むしろ気品さえ感じさせる彼の所作は、どこか懐かしさを覚えた。


「――マティアス! やっぱりこっちの方だったか」


 突如かけられた声に、銀髪の男はギクリと肩を揺らす。

 連なる生垣の角を曲がって現れたのは、クロードだった。その後ろには、暗い赤色の軍服に身を包んだ大柄な男もいる。街で見かける軍人の制服とは違う。何か特殊な部隊の所属だろうか。


「クロード……オゾン……ど、どうしてここが……」

「花吹雪と虹から、仕掛けの見える位置を絞り込んだんですよ。さあ、帰りますよ。マティアス殿下」


 オゾンと呼ばれた軍人の言葉に、ヴィルマは目を白黒させる。


「え……殿下って……」


 ヴィルマは、隣に立つ銀髪の男を振り返る。

 答えたのは、クロードだった。


「そいつの名前は、マティアス・リム。この国の王子様だよ」


 ヴィルマは、ぽかんとマティアスを見上げる。マティアスは、おっとりと穏やかな笑みを浮かべていた。


「クロードとは、子供の頃からの付き合いでね。親友の結婚を祝わない法はないだろう? なのにクロードってば、城に連絡してしまって」

「当たり前だ。黙って公務を抜け出して来たなんて、放っておける訳ないだろ」


 マティアスとクロードは、よほど親しい仲らしい。王子という立場も、二人の間には何ら溝にならない様子だった。


「殿下。そろそろ……」

「はいはい。じゃ、クロード、また後でな。――君、名前は?」


 親友に別れの挨拶をしてから、マティアスはヴィルマへと目を向けた。


「……ヴィルマ・マックスです」


 やや緊張しながら、ヴィルマは答える。

 サントリナとリムの間に、国交は無かった。それでも、王子ともなればヴィルマを知っているかもしれない。サントリナの暴動には、リムが手を貸していたのだ。討ち倒す相手の顔ぐらい、覚えていても不思議ではない。

 身を硬くするヴィルマとは対照的に、マティアスは朗らかに微笑った。


「良い名前だね。また会おう、ヴィルマ!」


 大きく手を振り、マティアスはオゾンと共に屋敷を去って行った。

 花吹雪の中遠去かる銀色の後ろ姿を、ヴィルマはぼうっと見つめていた。








「――で、それから本当に会いに来てるわけよね」


 からかい半分、感心半分の口調で、オーフェリーは言った。


「いい男ゲットするチャンスだとは言ったけど、まさか王子様捕まえるとはね。さっすが、朝露の君」

「な、何、その呼び名!?」

「知らないの? ヴィルマさん、街の人たちにそう呼ばれているのよ?」


 クスクスと笑いながら口を挟んだのは、セリアだった。


 クロードとセリアの結婚式から三年。

 ヴィルマ、オーフェリー、セリアは、三人で買物に出掛けていた。


「あっ。ねえ、見て! これ、可愛い!」


 オーフェリーは、道沿いの店に駆け寄る。そこは女性向けの衣類や小物を扱った店で、開け放たれた入口を入ってすぐの所にあるガラス棚には、小さなシルバーのペアリングが飾られていた。


「ティアナン中尉に贈ってもらったら? ついに婚約したんでしょ?」


 オーフェリーの後に続いて店へと入りながらセリアが言う。


「そう! クロードとあなたの結婚で、考えてくれたみたい。順番的には私の方が姉なんだからって。籍を入れるのも式を挙げるのも、卒業後だけどね。

 ヴィルマは、そう言う話は出てないの? 嫌いなわけじゃないんでしょ、彼の事」


 思わぬ方向から話を自分に振られ、ヴィルマは口ごもる。


「それは……まあ……。でも、相手は王子様だし……」

「身分の違いなんて関係ないって! 向こうからアプローチして来てるんだし。ヴィルマが王妃になるなら、卒業後は私軍に入るのもいいわね。家が魔女処刑人だし魔女捜査部隊に入るつもりでいたけれど、トッシュも魔女捜査部隊だから……夫婦で同じ部署にはいられない決まりなのよね。そしたら、私、ヴィルマを護衛するわ!」

「オーフェリーったら……」

「よしっ! 私、これ買う! 店員さーん!」


 オーフェリーは、大声で店員を呼ばいながら奥へと向かう。

 会計を済ませて戻って来たオーフェリーは、小袋の片方をヴィルマに差し出した。ヴィルマは、目をパチクリさせる。


「……私? ティアナン中尉じゃなくて?」

「トッシュにはちょっと可愛すぎるもの。友達同士のおそろいで買う人も多いんですって」


 小さなハートマークが勾玉型に割れて半分ずつ付いた指輪。

 ヴィルマは、何度か会った事のあるトッシュ・ティアナン中尉を思い浮かべる。軍人の中では細身な方だが、可愛らしいものが似合うと言う訳でもない。


「じゃあ、お金……」

「いいわよ、そんな高いものじゃないし」

「でも――」


 パァンと響き渡った銃声が、ヴィルマの言葉を遮った。


 重い足音がバタバタと響き、店内に銃を手にした者達が駆け込んで来る。

 ヴィルマとセリアはオーフェリーに押し込まれるようにして、ガラス棚の陰にうずくまる。オーフェリーは二人をかばうように腕を伸ばしながら、棚越しに様子を伺う。


 随所で悲鳴が響き渡る中、先頭に立つ男が再度銃を発砲した。

 壁際の棚に陳列されたガラス細工が、パリンと繊細な音を立てて砕ける。


「奥に下がれ! まとまって座るんだ。妙な真似をしたら、命は無いと思え」


 オーフェリーは歯噛みする。いくら士官学校で訓練を受けているとは言え、一人で武装したこの人数を相手にすることはできないだろう。

 震えるセリアの肩を、ヴィルマはそっと抱く。


「大丈夫よ……きっと、軍の人達がすぐに助けてくれるわ」


 北歴一七〇一年三月。サントリナ国の滅亡から九年。

 全ての惨劇の始まりとなる、反乱軍立てこもり事件の幕開けであった。

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