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第15話 灰色の物語 II

 暗闇の中、ヴィルマは薄く目を開けた。

 天井の梁から吊るした縄に縛られた腕は、血の気を失い、もう感覚が無い。客前用から着替えさせられた薄いワンピースは、鞭によって引き裂かれズタズタになっていた。


 マックス夫妻に魔女だと知られてからの四年間は、実に酷いものだった。

 マックス氏は、ヴィルマをまるで猛獣か何かのように扱った。ヴィルマを預かった頃に、人前に出し、話題になってしまった手前、今更ヴィルマを屋敷の奥へ隠してしまう事は出来ない。来客がある時はヴィルマを着飾らせ、これまでと同じように身寄りのない孤児を迎え入れたお人好しな人物を装った。

 一方で、ヴィルマが何かミスをしたり、少しでも奇妙な事があったりすれば、酷く厳しく当たった。彼にしてみれば、恐ろしい魔女から闘志を削ぎ、人間に従順になるよう躾けているつもりでしかないのだろう。


 冷たい風に、ヴィルマはぶるりと身を震わせる。真冬にボロ切れのような服一枚では、あまりにも寒過ぎた。


 ――風?


 ヴィルマは首を巡らせる。部屋の扉が、僅かに開いたままになっていた。

 もう皆、寝静まった頃なのだろう。扉の向こうから差し込む明かりはなく、音も聞こえない。光も音も無いからこそ、直ぐには気付けなかったのだ。


 ヴィルマはゴクリと唾を飲み込む。

 心臓が早鐘のように打ち、先ほどまでの寒さは何処へやら、身体が熱くなり汗ばんでくる。


 見つかったら、今よりもっと酷い目に会うことだろう。


 でも、これを逃したらきっともう、チャンスは来ない。


 ヴィルマは耳を澄ませる。

 ――やはり、屋敷の中の物音は聞こえない。聞こえるのは、屋敷の裏手の森で鳴くふくろうの幽かな声だけ。


 ヴィルマは、自身の腕を縛る縄を見上げる。足元から伸びた蔓が、縄を断ち切った。支えを失い、ふらりとヴィルマは床に倒れ込む。

 ゆっくりとはしていられない。魔法を使ってしまった。もう、後戻りは出来ない。

 感覚の無くなった腕をつき、身をよじり何とか起き上がる。扉の隙間から外に誰もいないのを確認すると、するりと部屋を抜け出した。




 廊下の端にある窓から、月明かりが差し込んでいた。ヴィルマは足を忍ばせ、窓へとにじり寄る。

 押し開けた窓がキィと小さく音を立て、息をのむ。身動きを止め、耳を澄ませたが、誰かが近付いて来るような音はなかった。


 廊下は二階にあった。地面は、窓の遥か下にある。でも、これしきの高さなど、ヴィルマには関係無い。

 急速に伸びて来た蔓に捕まり、ヴィルマは窓の外へと飛び出した。地上に降り立つなり、屋敷に背を向けて駆け出す。


 急げ。

 逃げるのだ。

 見つかる前に。

 捕まってしまう前に。

 遠くへ、遠くへ。


 屋敷の裏手は、林に面していた。降り積もった雪に何度も足を取られながらも、枯れ木に覆われた斜面を転がるように下って行く。まるで、四年前に戻ったかのような感覚だった。城に暴徒が押し入り、一人城を逃げ出した、あの日に。


 高い汽笛の音がして、ヴィルマはハタと立ち止まった。

 そう遠くない。それどころか、音は、徐々に近付いて来ている。幽かに、重いピストンの音も聞こえて来た。


 音のする方へと、ヴィルマは走った。

 間もなく木々が開け、崖が目の前に現れた。少し下には、線路が敷かれている。その線路を、闇の中から現れた汽車がこちらへと向かって来ていた。


 ――今だ!


 タイミングを見計らうと、ヴィルマは崖を飛び降りた。

 倒れるようにして車両の屋根に着地し、身を起こす。振り返った線路の向こうでは、遠ざかる町の明かりが木々の間に見え隠れしていた。






 貨物車両に乗り込み首都へと辿り着いたヴィルマは、職を探し歩いた。

 お金がなくボロ切れのような服装を着替える事も出来ず、身元を証明できるものもない。そんなヴィルマを雇ってくれる所などそう簡単には見つからず、時には、不審がられて軍へと通報されかけ、逃げ出さねばならない事もあった。

 スラム街に身を隠すようにして過ごしたが、そこにはサントリナから流れて来た流浪の民も多く、素性を隠して過ごすのは胸が痛んだ。

 そして女一人でそんな場所にいれば、質の悪い輩に絡まれる事も一度や二度ではなかった。やがてヴィルマは、死角で蔓を動かし水道管を破裂させたり、一瞬だけ蔓で足を引っ張って直ぐに消したりと、気付かれぬように魔法を使う術を身に着けていった。


 一月ほどスラムを転々としながら職を探し、ようやく喫茶店の職に就く事が出来た。店の女主人はヴィルマの事情を組み、住み込みで働かせてくれた。


「気にすんな。うちは、訳アリの子ばかりだ。こんな別嬪さんがいるって噂になれば、店も繁盛間違いなしだ」


 そう話した女主人の読み通り、ヴィルマの噂はたちまち広がり、店にはヴィルマ目当ての客も多く入るようになった。

 最初の内はマックスの耳に入るのではないかと気が気ではなかったが、さすがに大きな町の一角にある小さな喫茶店の噂が北部の山奥の村にまで届くような事はなく、店の戸が開くたびにビクつく事も無くなっていった。


 店には様々な客が来て、中にはスラム街で会ったような質の悪い者達が来る事もあった。


「ご注文はお決まりでしょうか」

「おおっ! 君が噂の」

「可愛いねぇ。名前は?」


 席を立ち、ヴィルマの肩に腕を回したり、品定めするようにじろじろと見たりしながら、二人組の男は口々に言う。


「あの……ご注文を……」

「じゃあ、俺、店員さん。お持ち帰りで」

「えっと……」


 ヴィルマは、困惑しながら身を引く。

 そこはテラス席で、店の奥の厨房にいる女主人からは目が届かない場所だった。


「知ってるぜ。この店って、訳アリの奴ばかり働いてるって。あんたも、金が無いんだろ? 俺達が、もっと稼げる仕事を紹介してやるよ」


 男達はそのまま、ヴィルマを連れて行こうとする。ヴィルマは慌てて身をよじった。


「やめてください、困ります……!」

「何、心配はいらねぇ。店主には俺達から話をつけておくさ。お前の顔なら、大儲け間違いなしだ。仕事の方が心配なら、俺達が練習してやっても……」

「嫌がっているのが分からないの? 放しなさい」


 そう言って割って入ったのは、近くのテラス席で食事をとっていた金髪の女だった。釣り目気味の茶色い瞳が、男達を睨めつける。


「何だあ? あんた……」

「放せと言っているのよ。誘拐の現場を、黙って見過ごす訳にはいかないわ」


 ヴィルマの腕を引く男の手を、女がつかむ。

 男は痛みに顔を歪め、パッとヴィルマから手を放した。


「くそ……っ、引くぞ!」


 男達は逃げるようにして、駆け去って行った。金髪の女は腕を組み、フッと軽く溜息を吐いていた。

 ヴィルマを雇った女主人のように恰幅のある大女と言う訳でもなく、背丈もヴィルマと大して変わらない細身の若い娘だった。二つに結んだ長い金髪が、風に揺れる。

 ヴィルマの視線に気付き、振り返る。


「大丈夫? ああ言う連中には、ガツンと言ってやらなきゃダメよ。お客さんだとかなんて、気にしなくていいから」

「あの……はい。えっと、ありがとうございます。よろしければ、お名前を伺っても……?」


 恐る恐る尋ねるヴィルマに、彼女はニコッと笑った。人好きのする、明るい笑顔だった。


「オーフェリー・ラランドよ。ここの店主とは知り合いで、よく来るの。よろしくね」


 ――それが、亡国の王女ヴィルマ・サントリナと、魔女処刑人ラランド家の長女オーフェリー・ラランドの出会いだった。

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