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第14話 灰色の物語 I

『ルエラ・リム王女暗殺未遂。ソルド国に最後通告』


 正面から歩いて来る二人組の手にある紙面で、題字が踊る。


「ソルドと戦争か……この国はどうなっちまうのかねぇ」

「ルエラ王女って、魔女だろ? ソルドの軍人が殺そうとしたってのも、怪しい話だぞ。まんまと魔女にはめられたって可能性も……」

「それか、魔女に殺されそうになって反撃したとかもありそうだな。陛下はまた、魔女をかばうつもりなのかねぇ……」


 憂いがちに話す二人の横を、フードを目深にかぶった女が、足早に過ぎ去って行く。


 ――同じだ、この国も。


 この国も――娘も、自分と同じ道を辿る事になるなんて。


 ここに、魔女の居場所は無い。恋人や友人、家族にさえも、魔女は忌み嫌われ、迫害される。

 そしてそれは、魔女をかばい守ろうとした者も。


「オーフェリー……」


 夕陽に紅く染まる城を仰ぎ見ながら、ヴィルマは呟いた。






* * *






 北歴一六九六年、リム国北部の田舎町。

 広い屋敷に、軽やかな音楽の音が流れる。緑の芝生が敷かれた庭には幾つかの丸テーブルが用意され、客人達はグラスを手に談笑していた。


「やあ、マックス。この度はお招きいただき、どうも」

「いえいえ。ピエラ伯爵には、いつもお世話になっていますから」

「そちらが、例の? これはこれは、お美しいお嬢さんだ」


 マックスの後に付き従う緑の髪の娘に、ピエラは目を向ける。


「君が身寄りの無い子供を預かったと言う話は、我々の間では随分と広まっているよ。実に立派な事だ」


 感心したようにウンウンとうなずくと、ピエラは少女に微笑みかけた。


「良かったなあ、マックスは優しい男だろう」


 少女はニコリともせず、無言でうつむいていた。


「申し訳ありません。今日は、気分が優れないようで……」


 マックスは慌てて取り繕うと、少女の肩を抱くようにして屋敷へと連れて行った。


 屋敷の奥、客人達のいる庭からは離れた小部屋に、痛々しい張り手の音が響いた。

 床に倒れ込んだ少女の緑の髪を、男は鷲掴みにして持ち上げる。


「あの態度は、何だね。私への当てつけか? 大切な客人だと、そう説明したはずだが」

「しかし……何も話すなと……」

「だからそれが当てつけだと言っておるのだ! 私に反抗する気かね? 今この場で、お前が何者か、彼らに話してもいいんだぞ? そうすればお前は処刑、火炙りだ。私に叱られるどころの状況ではない、皆、お前を殺そうとするだろう……そう、お前の故郷が四年前、そうなったようにな、ヴィルマ・サントリナ」


 ヴィルマの瞳に恐怖の色が浮かぶ。


「それが嫌なら、私に逆らおうとするな」


 ヴィルマは床に手をつき、深々と頭を下げた。


「はい……申し訳ありません……」

「おい、そこのお前。この娘をいつもの場所に繋いでおけ」


 近くの家臣に呼びかけると、マックスは客人達の待つ庭へと戻って行った。

 相手がマックスの家臣であっても、ヴィルマは抵抗しようとはしなかった。抵抗すればもっと酷い事になるのだと、この四年間で身に染みて学んでいた。






 サントリナ国王女ヴィルマ・サントリナ。

 それは、四年前までのヴィルマの地位だった。今はもう王女などと言う輝かしい立場ではなく、サントリナ国自体無くなってしまった。王家が滅んだのだ。ヴィルマが魔女だと言う事を知り、憤った国民の手によって。

 逃亡する時に垣間見た追っ手の中には、見慣れない軍服を着た者達もいた。後から知った話だが、自国への波及を危惧したリム国が手を貸したらしい。

 一人、命辛々城を逃げ出したヴィルマは当てもなく彷徨い、やがてリム国北部のとある町へと辿り着いた。


 そこで出会ったのがこの屋敷の主、マックスだ。


 マックスは、快くヴィルマを屋敷に迎え入れてくれた。子の無かった夫妻は、ヴィルマを我が子のように可愛がった。

 しかしそれも、長くは続かなかった。


 マックス家に拾われて、二ヶ月。それは、よく晴れた日の事で、ヴィルマはマックス夫人と共に散歩に出掛けていた。

 素性は不明なものの王女として教養もあり、器量も良いヴィルマは、町の人達からも評判が良かった。行く宛の無いヴィルマを迎え入れただけあって、マックス夫妻も温厚で交流好きだったのも、一助になったのだろう。


「こんにちは、ヴィルマちゃん。お母さんとお出かけ? 良いわねぇ」

「こんにちは」


 ヴィルマは軽く首を傾けて会釈する。北の山脈の麓に位置するこの町は、人口密度が低く、道行く人の誰もが顔見知りだった。

 広がる緑。穏やかな景色。山の向こうで起こった出来事が、まるで悪い夢だったかのようだ。


「ほら、見て。ランの花よ。綺麗ねえ。ランは、知ってる?」


 道に沿って咲く白い花を見て、夫人はヴィルマに微笑みかける。どこかの家の庭先なのだろうが、この町の庭は一軒一軒が広く、どこの家のものだか分からない。

 ヴィルマは、こくんとうなずいた。


「知ってるわ。……私の住んでいた所にも、たくさん咲いていたから」

「あら。ヴィルマが住んでいた家の話をしてくれるなんて、珍しいわね」


 うつむいたヴィルマの頭に、ポンと優しく手が置かれた。


「いいのよ、気にしないで。あなたが何処から来たのか、何があったのか話してくれたら、もちろん嬉しいけど、無理強いはしないわ。話したいと思った時に話してくれればいい。その時は、私もあの人も、全力で力になるから」


 ヴィルマはもう一度、こくんとうなずく。同時に、数本の髪が引っ張られ、わずかな痛みが頭皮に走った。


「あらやだ、ごめんなさい。指輪が引っかかってしまったみたい。じっとしててね」


 夫人は指輪を外し、絡まったヴィルマの髪を丁寧に解く。


「取れたわ。痛かったでしょう、ごめんなさいね」

「平気……」

「あっ」


 夫人は、指輪を取り落とす。金色の指輪はコロコロと地面を転がり、ランの咲く庭とは反対側の崖を飛び出して行った。

 ヴィルマと夫人は、慌てて駆け寄る。指輪は下方に見える川までは落ちず、少し下の凹凸の上で止まっていた。

 夫人はしゃがみ込み、精一杯手を伸ばすが、届きそうにない。


「駄目ね……何か棒があれば届きそうだけど、下手に突いたら落ちてしまいそうだし……」


 夫人は落胆して肩を落とす。

 夫とお揃いの金の指輪。ヴィルマは、夫人がどんなにこの指輪を大切にしているか知っていた。

 そっと、背後に咲くランの花を振り返る。

 ヴィルマなら、確実にあの指輪を取れる。しかしそれは、己の正体を彼女に明かす事になる。

 しょんぼりと落ち込んだ様子の夫人を、ヴィルマは横目でうかがい見る。


 ――この人達なら、大丈夫よ。


 身寄りの無いヴィルマを温かく迎えてくれた、優しい人達。

 幸い、辺りに他の人はいない。マックス夫婦だけなら、きっと。


「……大丈夫」


 マックス夫人に囁いた言葉は、自分にも言い聞かせるかのようだった。

 マックス夫人は、傍らに立つヴィルマをきょとんと見上げる。ヴィルマは、崖下へと手をかざした。


 小さな金色の輪の中に、緑色の芽が現れる。

 芽はみるみると伸び、指輪をその先端にはめた状態で崖の上まで到達した。ヴィルマはひょいと、その蔓の先にはまった指輪を取る。


「ほら、もう大丈夫――」


 微笑み、振り返ったそこにあったのは、驚愕と恐怖に彩られた表情だった。


「えっと……あの、指輪……」

「きゃああああ! いやっ、殺さないで!」


 金切り声を上げたかと思うと、夫人はヴィルマに背を向け、屋敷へと駆け出した。

 ヴィルマは金の指輪を握りしめたまま、ぽつねんとその場に立ち尽くしていた。




 どれほどそうしていただろうか。やがてヴィルマは、ふらりふらりと屋敷の方へと歩き出した。

 他に、行く宛など無い。彼女は夫に、ヴィルマが魔女である事を話しただろう。あの屋敷を追い出されるかもしれない。それでもせめて、この指輪だけでも返さなくては。


 屋敷へと辿り着いたヴィルマを待っていたのは、マックス氏の人の良さそうな笑顔だった。


「やあ、遅かったじゃないか、ヴィルマ。心配したよ」


 ヴィルマはホッと息を吐く。

 良かった、彼は落ち着いて話を聞いてくれそうだ。


「妻が、君を魔女だと言っていてね……ずいぶんと気が動転しているようだ。いったい、何があったのかね?」

「あの……指輪が、崖に落ちてしまって」

「指輪?」

「ええ」


 ヴィルマは、崖下からすくい上げた金の指輪を差し出す。


「私が拾ったの……魔法で」

「……魔法で?」


 ヴィルマは、こくんとうなずく。


「ずっと、黙っていてごめんなさい。……ヴィルマ・サントリナ。それが、私がここへ来る前の名前……」


 マックスは、驚愕に満ちた表情だった。

 サッとヴィルマの背後、ずっと先にある門の方へと目をやり、ヴィルマを手招いた。


「……玄関で話すような話じゃないな。ついて来なさい」


 ヴィルマは何の疑いも抱かず、マックスの後へとついて行く。

 彼がヴィルマを誘ったのは、屋敷の奥にある、窓も無い小さな部屋だった。


「ここなら、外に聞かれる事もないだろう。何があったのか、話しておくれ」


 ホロリと、ヴィルマの紫色の瞳から雫が零れ落ちた。


 ああ、やはり。

 彼は、話を聞いてくれる。ヴィルマの事を、信じてくれる。

 夫人もきっと、突然の事に気が動転してしまっただけ。夫の説得もあれば、きっと。


 涙は止めどなく頬を伝い、床を濡らす。


「お父様もお母様も、皆死んでしまったの……お城が襲われて……私、逃げるしか出来なくて……」

「……サントリナ国は、王女が魔女だと言われ、市民の暴動の末に滅びた……では、サントリナの人々は事実を主張していたのだね」


 ヴィルマはこくんとうなずく。


「でも、私、何もしてない……! 魔女は悪いものだって言われるけど、私は人間を傷つけたりなんてしない……」


 控えめに戸を叩く音がして、ヴィルマは口を噤んだ。


 入って来たのは、家臣の者。

 ヴィルマをチラリと横目で見て、主に黒い縄のような物を手渡すと、そそくさと部屋を出て行った。


 いったい、何だろう。

 きょとんと見上げるヴィルマの前で、マックスは鞭を握った腕を、大きく振り上げた。

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