第12.5話 進行する計略
「中佐は任務中につき、対応できません。伝言でしたら、承りますが」
「いえ……直接お話ししたいので。また、日を改めます」
ぺこりと小さく頭を下げると、ユマはそそくさと軍部を離れて行った。
ビューダネスへ到着したユマがまず向かったのは、街の中心、リム城の門から二つほど通りを隔てた先にある国軍総司令部だった。
ペブルでの事件で、アリーを助けるために奔走してくれた軍人。
何かあったら、頼ってくれていい。
そう言っていたティアナンを尋ねたのだが、彼には任務のため会う事は出来なかった。その日は宿を取り、今日改めて再度訪ねてみたのだが、結果は同じだった。
魔女捜査部隊に所属するトッシュ・ティアナン中佐。ルエラ・リム王女に魔女嫌疑が掛かっている今、事前の連絡もなしに会おうなど無謀だったのかも知れない。
軍部を離れ、城を回り込むように少し行った先で、ユマは店へと入った。
何の建物なのか、無機質で大きなな建造物の並ぶ通り。しかし、駅前や城門前ほど騒々しくはなく、客層もユマと同じような一人の者が多く、居心地が良かった。
その日は珍しく、奥のカウンターに二人組の客がいた。二人とも眼鏡を掛けていて、一人は細く、一人は丸かった。正反対の二人だが、同じ眼鏡でも軍人のティアナンとは異なり、二人ともいかにも体力が無さそうだという点は共通していた。
二人組の他には、窓際のテーブル席と、カウンターにもう一人。やはりどちらも、一人客だ。
テーブル席へと向かいかけたユマは、聞こえて来た会話に足を止めた。
「しかし、あの姫様が魔女だなんて、本当なのかねぇ。視察にいらした時の印象を思うと、どうにもあの人が魔女だなんて思えないんだよなあ」
「暴動まで起こったんだ。火のない所には、噂は立たないって言うしな……暗殺事件やら検査やら、国まで動いてるって事は、何かあるんだろうよ」
「それじゃ、誰かが見たのか? 姫様が魔法を使うところを。どうせまた、派閥争いの延長でヴィルマの娘だからとか何とか、難癖つけて大事にしてるだけなんじゃないの」
「……私、見たわよ。ルエラ王女が魔法を使っているところ」
突然話に割って入ったユマを、二人は驚いた表情で振り返った。
「ごめんなさい。話が聞こえて、気になって……」
「見た? 君はいったい、何者なんだい?」
「ただの東部の学生です。
ルエラ王女が、私達の町に来た事があって。アリー……あ、私の友達なんですけど、その子に魔女の疑いがかかった事があって……冤罪で、本当の魔女は他にいたんですけど……その時に、会って」
思わず割って入ったものの、話がまとまらず、ユマはしどろもどろに話す。
それでも、二人は丸椅子をくるりと回し、身体ごとユマに向き直って興味津々の顔で聞き入っていた。
「姫様は普段、地方を旅しておられると聞いた事があるな……じゃあ、その時に?」
「地方とは言え、堂々と魔法を使えば魔女として捕まるだろう」
「もちろん、本名は名乗ってなかったわ。男装をしていたの。偽名を使って、役職まで用意して。その名前は、リ――」
「やあ、待っていたよ。急ぎだと言ったのに、他の男と話しているなんて酷いじゃないか」
ユマの話を遮るようにして、一人の男が割って入ってきた。窓際のテーブル席に座っていた男だ。
黒いトレンチコートに身を包んだ男は、ユマの腕をつかむと強く引っ張った。
「さあ、行こう。スミスさんも待ってる」
「えっ。な、何――」
反抗しようとしたユマの腕に、痺れが走った。瞬間的な痛みに麻痺するユマを、男は軽々と抱え、店から連れ出す。
男は、あまり遠くまでは歩かなかった。
店を離れ、路地裏に入ると、ユマをそっと下した。あまりに優しく丁寧な動作に、彼が突然ユマを拉致した不審な男だと、一瞬、忘れてしまいそうになるほどだった。
よく見れば、眼鏡と髭でほとんど隠れているがずいぶんと整った顔立ちだ。
ハッと我に返り、ユマは後ずさる。冷たくじめじめとした壁が、背に当たった。
「な、何なの!? まさか、あの魔女の仲間なの!?」
「幸運な事に、私は魔女の仲間ではない」
男は落ち着き払って言った。
「さっきの話、他にもどこかで話したか?」
「話してないわ……今が初めてよ」
警戒し、目の前の男を睨みつけながら、ユマは話す。男は顔色一つ変える様子はなかった。
「そうか。それなら、もう二度と、不用意に話そうとはしない事だ。どこで誰が聞いているか分からないのだから」
「軍人に聞かれるって事? 国は、また粛清をしているの? 十年前みたいに」
「軍人ならまだいい。君は、真実を知っているみたいだからね。――軍より、もっと厄介な人達に目を付けられる可能性がある」
「軍より厄介……? 貴族や王族って事?」
「貴族よりもっと陰湿で、王族よりもっと力のある者達さ」
男との話は、まるでなぞなぞでもしているかのようだった。的を射ず、掴みどころがない。
ユマに詳細を悟らせぬよう、わざとそういう言い方をしているのだとありありと感じられた。
「周りの建物が何だか、君は分かっているかい?」
「周り……? 工場か何か?」
通りに続いていた建物を思い返しながら、ユマは答える。広く、無機質な建造群。
男は、首を左右に振った。
「研究所だ。――魔法研究所。今は、ルエラ王女の魔女嫌疑の真偽を確かめるべく、動いている。
国は今、歪んでいる。噂の真偽に関わらず、ルエラ王女を処刑したい者達もいれば、どうにかして噂の目を潰そうと考える者達もいる。そして更にまた別の方向からルエラ王女を狙い、その周辺に手頃な餌がないか漁っているハイエナのような者達も。巻き込まれたくなければ、今すぐここから離れたまえ」
「あなたはいったい、何者なの……?」
男は、ふっと微笑んだ。笑顔を見せるのに慣れているのだろうと思わせる、微笑み方だった。
「君と同じ、ただのアリー君の友人さ」




