第12話 繋いだ手
リン・ブローとその友人の立ち入りを禁じる命令は直ちに城内を駆け巡り、どこの門もルエラらを中へは入れてくれなかった。
侵入を防ごうとする城に対抗する手立てなどなく、ルエラらは宿へと戻った。この宿のレストランが開くのは、夜だけだ。宿泊客は他におらず、従業員も店の奥で夜の仕込み中。店内にいるのは、ルエラ達だけだった。
「いったい全体、アリーはどういうつもりなんでしょうか……」
「こうなるともう、後はブルザ少佐からの連絡を待つしかないね。彼も理不尽に追い出されたりしていなければ……だけど」
不意に、ルエラは駆け出した。階段を駆け上がり、部屋へと戻る。
素早く着替え、再び仲間達の前に姿を現したルエラは、髪を元の長さに伸ばし、丈の長いワンピースを着ていた。
「ルエラさん?」
「城へ戻る」
「えっ……ちょ、待て待て!」
ディンが慌てて、扉を背中でふさぐ。
「そこを退け、ディン。このまま追い出されている訳にもいかないだろう。城へ戻り、アリーと話す必要がある」
「戻るって、その格好で街中を歩く気かよ! お前、今の自分が置かれた状況、分かってるのか!? お前が魔女だって信じ込んでる奴も少なくないんだ。怯えるだけの奴ばかりじゃないってのは、この前の暴動で分かってるだろ。行かせられるか!」
「ディン君の言う通りだよ。まずは、ブルザ少佐からの連絡を待とう」
ルエラはしばしディンと睨み合っていたが、不意に背を向け、近くの席にドスンと腰掛けた。ディンは、ホッと息を吐く。
「なぜだ……どうしてアリーは、こんな事を……」
「ルエラさんのお部屋で会った時には何もおかしな所はありませんでしたわよね? ディン様、本当に、お部屋を出た後、何もなかったんですの?」
「ああ。適当にダベりながら、塔の上にある庭を歩いて……部屋に戻る前に、アリーが私軍に用があるって言い出して。後は、さっきも言った通りだ。部屋の前で待っていたら、取っ捕まって追い出された」
「一緒に事務室に入らなかったのは、アリーがそう言ったのですか?」
「ん? ああ。すぐ終わるから、待ってろって……」
「その時のアリーちゃんの様子に、不審な点はなかったかい?」
「別に何も。あったら、こんなにあっさり放り出されたりしてねーよ」
あまりにも唐突な裏切り。
レーナの言う通り、執務室で会った時には、いつもと何ら変わりなかった。……あるいは、ずっとルエラ達を騙していたのだろうか。
ボレリスの研究所から逃げた子供達の生存を知る者達の中に、ラウとの内通者がいる。
まさか、アリーがその内通者だった? 魔女に両親を殺されているアリーが?
それとも、黒幕は別にいるのだろうか。
アリーの目は、虚ろではなかった。魔法で操られていたとは考えにくい。そこには、アリーの意志が感じられた。
誰かに騙されている? あるいは、脅されている?
誰に?
いったい何のために、ルエラを城から追い出す必要がある?
ぐるぐると疑問ばかりが渦巻いて、その答えは見つかりそうにない。
まるで、出口のない迷路に迷い込んでしまったかのようだ。
「……あいつ、自分が地位も何も持たない事にコンプレックス感じてたみたいだし、もしかしたら、魔が差したのかもなあ……」
ディンが窓の外へと目をやり、ぼやく。
色とりどりの屋根の向こうに見える城は、夕陽を浴び、紅く染まっていた。
その日の内に、ブルザからの連絡は無かった。
闇に覆われた宿の一室で、ルエラは膝を抱え、ベッドの上に座り込んでいた。
昨晩も同じだった。眠ろうとすると、瞼の裏にライムと名乗ったあの男の顔が浮かんだ。悪夢にうなされ、何度も飛び起きた。窓を揺らす風の音さえも、あの男が来たのではないかとルエラを怯えさせた。
コンコン、とゆっくり戸を叩く音がして、ルエラは素早く立ち上がった。
瞬時に出した氷の槍を握り締め、部屋の戸を睨み据える。
「……ルエラさん? 起きています?」
控えめな声は、レーナのものだった。
ルエラは恐る恐る扉ににじり寄り、細く隙間を開けた。そこに立つレーナの姿にホッと安堵の息を吐くと、槍を消す。
彼女を部屋へと迎え入れ、自分はベッドへと腰掛けた。
「やっぱり、起きていましたのね」
「ああ、たまたま……」
「嘘」
強い語調で、ルエラの言葉を遮る。
濃紺の瞳は、真っ直ぐにルエラを見据えていた。
「昨日も、眠れていないのでしょう? ――クルトさんの事があったからじゃありませんの?」
ルエラは丸く目を見開く。そして、フイと顔を背けた。
「メリアとライムは恋人同士だったと、伝承ではそう語られています……。あの夜、ライムを名乗った侵入者は……その、ルエラさんに、関係を迫ったのではありませんの?」
どっと押し寄せる不快感。あの男に触れられた感覚が、耳元で囁かれた声が、蘇る。
手も足も出なかった。もう駄目なのだと、そう思った。
ルエラは、ぎゅっと膝の上で拳を握る。
「……情けないな。奴はここにはいないのに、思い出しただけで震えが襲う」
レーナはルエラの隣に座ると、そっとルエラを抱き寄せた。
「何もおかしい事なんてありませんわ。女性なら、当然の事です。私、今夜はここで寝ますわ。お一人でいるより、気休め程度にはなるでしょう?」
「……ありがとう」
レーナに身体を預け、ルエラはぽつりと呟いた。
ルエラ達が泊まっているのは、ディン達の泊まる一部屋以外は一人部屋しかない、小さな宿だった。当然部屋には一つしかベッドがなく、代わりになるようなソファもない。二人でルエラのベッドに入るしかなかった。
「すまない、レーナ……狭くはないか?」
「平気ですわ」
レーナはケロリと答える。
「……手を」
「はい?」
「手を、握っていても良いか?」
「ええ」
顔の横に差し出された手を、ルエラは握る。
恐怖は薄れ、震えが引いていくのを感じた。
「……ルエラさんは、もう少し人を頼ってくださっても良いのですよ? 相当参ってらしたのでしょう。夜も眠れないほどに」
ルエラは黙りこくる。
少し離れた大通りを、一台の車が走って行く音が聞こえた。
「私達は、ルエラさんの仲間です。互いに支え、背中を預ける。それが、仲間と言うものでしょう? 辛い時は辛いと、怖い時は怖いと言って良いのですわ」
「……うん」
ルエラは、きゅっとレーナの手を握る手に力を入れる。
「しかし、さすがレーナだな。ディン達は、さっぱり気づいていない様子だったのに」
「実は、気付いたのは私ではありませんの」
「え?」
ルエラは目を瞬く。
「アリーさんですのよ。今日、リム城へ伺った時、ルエラさんがいらっしゃるのを待っている間に。ルエラさんが寝不足気味だとディン様から聞いて、私だけ呼んでこっそりと。自分は今、一緒にいてやれないから、気を付けてあげて欲しいと」
『僕もこんななりだから、同じような目に遭った事あるんだよね。まあ、返り討ちにしてやったけど。
可愛いと何かと大変だよねー。レーナも、気を付けなきゃ駄目だよ?』
そう、アリーは言っていたらしい。
ルエラはクスリと笑った。
「相変わらずだな、あいつは」
「ええ。ですからきっと、私達を追い出したのだって、何か理由があるのですわ。アリーさんが、私欲のためにルエラさんのお立場を乗っ取ったりなさるはずがありません」
「……ああ」
「明日また、お城へ伺いましょう。もしかしたら、何か状況が変わるかもしれませんもの」
ルエラは、強くうなずいた。




