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第11話 偽物の王女

「姫様、ブロー大尉が参りました」

「通せ」


 扉の向こうから、落ち着いた声が聞こえる。ルエラが部屋に入り、扉が閉まると、声の主はルエラに駆け寄り、抱き着いた。


「わーっ、ルエラ! 会いたかったよー!」

「あっ、おい! アリー、てめぇ!」


 ディン、フレディ、レーナ、アーノルドの四人は、既に部屋に来ていた。ディンがアリーの頭を鷲掴みにして、ルエラから引っぺがす。


「ちょっと! 何するのさ! せっかくきれいにセットしてるのにー! お姫様にこんな事してるところ見られたら、斬首だよ、斬首!」

「お前は偽物だろうが! 調子に乗るな!」

「その様子だと、何事もなかったようだな」


 ルエラはホッと安堵の息を吐く。

 アリーはびしっと敬礼した。


「この通り、無事、影武者の役割を果たしておりますっ」

「思ったより、何とかなるもんだな。賛成した手前言うのもなんだけど、怪しまれたりしねぇの?」

「なるべく部屋から出ないようにしてるし、ブルザ少佐も協力してくれてるからねー。元々、ルエラが一番信頼しているのがブルザ少佐だったから、オゾン中将もなるべく少佐をそばに置くようにしてくれてるみたい。と言っても、さすがに二十四時間休まず護衛につく訳にもいかないけど……今、ちょうどお休み中。少佐以外と話さなきゃいけなくなると、本当緊張するよ」

「アリーちゃん、ルエラちゃんより声が高いからね」

「女より高いって変な話だな」

「あら。可愛らしくて良いではありませんの。低めのお声も素敵ですけど」

「えへへ。ありがとーっ」

「あんまり褒めると、こいつ、調子乗るぞ」


 ディンは、うんざりしたようにアリーを見下ろす。アリーはプイと顔を背け、ルエラに問うた。


「そっちは? 特に何も無かった?」

「ああ。ライムによる夜襲もなかった。こちらへも来なかったなら、良かった。安心したよ」


 アリーは、こくんとうなずく。それから奥の机へと駆け寄り、くるりとルエラを振り返った。


「でね、これ、昨日から今日までの間だけで溜まっちゃったお仕事」


 机の上は、書類で埋め尽くされていた。その量に、ルエラも思わずたじろぐ。


「一応、ブルザ少佐も手伝ってくれて、いいよって言われたものはポンポン判子押しちゃったんだけど。本当に大丈夫?」

「ああ。形式的に私の印が必要なだけのものも多いから。ブルザの判断なら、問題ないだろう。悪いな、私の仕事までさせてしまって」

「平気、平気。でも、ちょっと疲れたかなあ。ずっと部屋にこもりきりで書類と睨めっこだし。お姫様の仕事って、案外地味なんだね。その癖、量だけは多いし。よく、旅と両立できるね」

「まあ、ブルザに旅先へ運んでもらったりもしているからな。今の内だけでも、代わろう。アリーは少し、外の空気を吸ってくるといい。この塔の範囲なら、王族とその護衛と限られた客人しか入れない。危険もないだろう」

「わーい、やった!」


「んじゃ、形式だけでも俺が護衛についてやるか。軍の奴に付かれると演技しなきゃならなくて厄介だろ」

「では、僕も……」

「フレディはルエラについてやってくれ。本物を手薄にする訳にいかないだろ」


「私、何かお手伝いしましょうか?」

「ありがとう、レーナ。では、目を通した書類に印を押して貰えるか? サインはこちらでするから」

「はい」

「アーノルドさんはどうする?」


 ディンは、アーノルドを振り仰ぐ。アーノルドは軽く肩をすくめた。


「私はここにいるよ。軍の護衛を断るのに、私も交じっているより、年頃の男女二人の方が納得してもらえそうだしね」

「誤解を招くのは不本意だが、一理あるな」

「本物なら、嬉しいんだけどな……」

「はいはい。じゃ、行こっか、ディン」


 アリーとディンは連れ立って、執務室を出て行った。




 レーナ達の手伝いもあって、山積みだった書類はものの二時間で片付いた。

 ちょうど最後の書類へのサインが終わったところへ、ブルザも護衛に戻って来た。


「姫様、戻ってらしたのですね。アリー様は?」

「私のせいでここに缶詰状態だったようだからな。今、ディンと散歩に行かせている。こっちも、ちょうど片付いたところだ。アリーが戻って来たら、それから取り掛かっていたとしてもおかしくないぐらいの時間を置いて持って行ってくれ」

「はい、かしこまりました。……ブィックス少佐の話は、ご存じですか?」


 ブルザは、恐る恐る切り出した。ルエラはハッと目を見開く。


「……ああ。レーン曹長から聞いたよ。しばらく休みをとるらしいな」

「こんな時に、佐官が休みを取られましたの? それって……」

「ブィックスは第一部隊への移籍に、異論を唱えていた。彼の道を狂わせてしまったのは申し訳ないが、私の護衛にこだわるならば、どの道それを叶えてやる事は出来ないんだ。……私には、どうしようもない」

「ルエラさん……」

「本当に、それが理由でしょうか」


 ルエラは眉をひそめ、ブルザを見上げる。


「どういう事だ?」

「確かにブィックスは、移籍に反対していました。しかし、だからと言ってここまでの事をする男だとは思えません。彼は姫様を慕っています。移籍と言っても、姫様がいない時の一時的なもの。今は、姫様をお守りすると言う任務があるのに」

「……それも、そうだな。隊内では移籍が原因だと噂になっていたが……。お前は、どう考えているんだ?」


「――よもや姫様、あなたが魔女だと知られたのでは」


 ルエラは息をのむ。

 いつも、リン・ブローの秘密を暴こうと躍起になっていたブィックス。ルエラへの敬愛の念故に正解に辿り着く事はなかったが、彼の手元には既にピースがそろっている。彼の固定概念さえなくなれば、いつでも答えに辿り着く事は可能な状態だ。


「……まさか。もしそうならば、なぜ彼はそれを主張しない? 己の主人が魔女だと知って、失望してやめるなどと言う選択肢を取る男でもなかろう」

「確かに、ブィックスの事ですから、一人でも魔女を捕らえんと奮い立ちそうですが……」


 コンコンと戸を叩く音がして、ルエラ達は戸口を振り返った。

 思わず「入れ」と呼びかけそうになって、ルエラはブルザに視線を送る。今は、リン・ブローの姿だ。この部屋の主ではない。


 ブルザが、部屋の扉を引き開いた。開かれた扉の向こうを見て、ルエラは目を瞬く。

 戸口に立つのは、ジェフ・オゾン。その後ろには、十人前後の兵を従えていた。


「オゾン中将。いったい、何事ですか」


 ブルザは目を瞬き、廊下に出る。

 オゾンは穏やかな笑みを浮かべていた。


「いやあ、必要ないに越した事は無いのだがね。抵抗される可能性も考慮せねばならんからな。

 ――リン・ブロー大尉。君は今日付で、私軍第三部隊から除籍される事になった」

「……はい?」


 ブルザは表情を強張らせ、訪ね返す。ルエラは茫然と、オゾンを見上げていた。


「突然で申し訳ないが、大人しく聞き入れて欲しい。手荒な真似はしたくないからな。大尉――いや、リン・ブロー。君の地位は剥奪され、その権限を失った。部外者となった君には、直ちに城より撤退してもらわねばならん」


「ちょ、ちょっと待ってください、中将! いったい、何故そんな唐突に!? 第一、ブロー大尉の任命は姫様直々によるものです。彼には、王女勅命特務捜査官としての任務も――」

「その姫様直々の命令だ。勅命による任務についてはもちろん、今後は行う必要はない。これより、リン・ブローとその友人は城への立ち入りを禁じる――そう、姫様がおっしゃったのだ」

「友人って……まさか、私達もですの? 私を誰だかご存じの上で、それをおっしゃっていますの!?」

「ええ、レーナ・ハブナ王女様。大変心苦しいお話ですが、リムは今、ご覧の情勢です。厳戒態勢を敷かなくてはなりませんからね。どうか、お引き取りを」


「意味がわかりませんわ! 本当にルエラさんの命令ですの!? 彼女がそんな命令を出すはずがありません!」

「同感です。僕達も、受け入れかねます。僕達は、ルエラ様の友人でもあるんです。本人の口から聞かない以上、信じられません」


 レーナとフレディが、口々に言う。


 ルエラはただただ、その場に立ち尽くしていた。

 何が起こっているのか分からなかった。ルエラ王女直々の命令。ルエラはもちろん、そんな命令は出していない。


 オゾン中将が嘘を吐いている?

 何故? 何のために?


 不意に、廊下がざわついた。オゾンが廊下の向こうを振り返り、声を上げる。


「姫様! このような所に――!」


 ルエラは駆け出す。戸口に立つブルザを押しのけ、廊下に出た。

 歩いて来るドレス姿は、確かにアリーだった。青いドレスを身にまとい、髪を染め、化粧を施し、ルエラに扮した姿。

 アリーは、兵士たちの輪の数メートル先で立ち止まる。


「ア……姫様。いったい、何が――」

「オゾンが伝えた通りだ。ブロー大尉。――これまで、ご苦労だった」

「は……?」


 冷たい瞳が、ルエラを見据える。

 ルメット准将のような、虚ろな瞳ではない。その瞳には、確かに意志があった。


「オゾン。彼らを外へ案内しろ。以降、城へは入れないよう」

「な……っ」


 前へと踏み出したブルザを、オゾンが片手を挙げて制した。厳しい瞳で、ブルザを見上げる。


「サンディ・ブルザ少佐。姫様のご命令だ」

「……っ」


 オゾンの合図で、兵士達がわらわらと部屋の中へと押し寄せる。


「や……っ。何をしますの! こんな真似、許されると思っていますの!?」

「放してください! ルエラ様! いったい、どうして……」

「痛い、痛い。怖いなあ、そんな乱暴にしなくても、私は抵抗する気はないよ。もう少しちゃんとした説明は聞きたいところだけど」

「……説明する事などない」


 アリーは静かに話す。


「もうっ。埒があきませんわ! 言ってしまいますわよ!

 ――アリーさん! これはいったい、何のつもりですの!? オゾン中将! この王女は、彼は、ルエラ王女ではありませんわ! 偽物ですのよ! 入れ替わっていましたの!」

「何のために? 第一、本物のルエラ王女はどこにいると言うのです」

「それは……」


 レーナは言いよどむ。

 今、ルエラはリン・ブローの格好をしている。この姿で、ルエラだと明かす事は出来ない。ルエラはブローとして、何度も魔法を使ってきた。同一人物だと明かす事は、魔女だと自ら明かす事に等しい。


「何をおっしゃるのかと思えば。連れて行け」


 兵士達は、レーナ、フレディ、アーノルドの三人を、執務室から引っ張り出す。

 ルエラの所へも二人の兵士が駆け寄り、ルエラを両側から抑え込んだ。そのまま、他の仲間達と共に城の外へと連れられて行く。


 城門の隣にある小さな扉から、ルエラ達は城の外へと放り出された。

 投げ出された勢いに、扉の前にいた者の胸に飛び込むような形になった。


「おっと……あ、ルエラか。へへっ、役得……え、ちょっ、待っ……」


 続けてレーナ、フレディ、アーノルドが放り出され、五人は折り重なって地面へと倒れた。


「痛てて……」

「ディ、ディディディ、ディン様!?」

「す、すみません! お怪我は……!?」

「いや、まあ、大丈夫だけどよ……」

「ディン君も、追い出されたのかい? アリーちゃんは、何を考えているんだい?」


 起き上がりながら、アーノルドが問う。

 ディンは、ふてくされた表情だった。


「知らねーよ。ちょっとオゾン中将に用があるってんで私軍の事務室まで行って、部屋の外で待ってたらいきなり追い出されたんだからな」


 ルエラは、城を振り仰ぐ。


 ルエラの家。帰る場所。

 しかしそこはもう、ルエラを受け入れはしない。王女の立場はアリーに奪われ、私軍大尉と言う仮の立場さえも失ってしまった。


「アリー……いったい、どう言う事なんだ……?」


 ルエラの呟きに答えられる者は、なかった。

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