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灰色の王女-火刑となりし男装王女の魔女狩り譚-  作者: 上井椎
第1章 漆黒と純白の輪舞曲
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第12話 真相解明

 飛び通う数々の暴言。あまりに多過ぎて、何を言われているのか聞き取れない。けれど、向けられている感情はひしひしと伝わって来た。

 怒り。

 憎しみ。

 たくさんの負の感情が、全てアリーに向けられている。


 アリーを縛った男は、積まれた藁の下へと降りていく。杭を手にした男が、アリーの縛られている所へと近づいてくる。火を点ける前に、あの杭を胸に打つのだという。

 一瞬で済むだろうか。あまり長引くのは嫌だな。

 そう思いながら、アリーはゆっくりと目をつむる。

 何百リットルもの水を飲まされ、殴る蹴ると言った暴行を受け、アリーは憔悴し切っていた。最早抵抗するような気力は無いが、元々抵抗するつもりも無い。自分一人が処刑される事で周囲の人々が助かるならば、それに越した事は無い。


 瞼の裏に見えるのは、大切な人々の姿。


 ユマ・シャーウッド。

 引っ越してきた時から、ユマは本当に好くしてくれた。彼女は一番の親友で、他の人には言えないような秘密も、ユマになら打ち明けられた。


 宿屋の夫婦も、魔女の噂が広まる前は本当に優しい人達だった。

 魔女相手ならば、あの変貌も仕方の無い事だろう。


 幼い頃に亡くなった両親は、今のアリーの姿を見たらどう思うだろう。

 両親は、魔女の処刑を担当する役人だった。その息子が魔女として処刑されるとは、皮肉な話だ。


 パトリシア、ルエラ、ティアナンの顔も浮かぶ。

 彼らには、悪い事をしてしまった。恐らく彼らは、アリーの無実を晴らそうと東奔西走していたのだろう。けれどアリー自身は無実を訴える気など微塵も無く、彼らの努力は無駄足となったのだ。


 アリーは目を開き、近づいてくる男をじっと見据える。

 後悔などしていない。

 けれど、とアリーは思う。


「彼には、もう一度会いたかったな……」


 幼い頃に出会った翡翠色の瞳の少年。暗闇で泣いていたアリーを見つけてくれた、王子様。

 瞳を溢れた涙は、細い筋となって滴り落ちる。


 杭が胸に近づいてきていた。もうすぐ、全てが終わる。

 アリーは再び目をつむった。


 次いで聞こえたのは、何かが砕ける音。


 しばらく待っても、杭が打たれない。

 恐る恐る目を開ければ、目の前に立つ男の手に杭は無く、ただ呆然としていた。

 見れば、足元に細かい破片が無数に転がっている。先程の音は、杭が砕けた音らしい。


「魔法だ!」


 市民の一人が叫んだのをきっかけに、人々の怒号が飛び通う。


 魔女だ。

 黒魔術を使いやがった。

 早く殺せ。

 火炙りにしろ。


 杭はあきらめたらしい。男が藁から飛び降りると同時に、風上の藁が点火された。

 しかし次の瞬間、多量の水が空から降ってくる。人々の怒りは更に凄まじいものとなる。

 アリーには何が何やらさっぱりだった。当然、自分は魔女ではない。なぜこんな事が起こるのか、全く見当がつかない。


「魔女だー!!」

「殺せ!」

「今のは魔法だ! 悪魔の技を使いやがった!!」

「やっぱり魔女だったんだ! 今、自分でそれを証明したんだ!!」


「いいや、今の魔法は私だ!」


 広間に響き渡った声は、聞きなれた物。

 アリーの目が、大きく見開かれる。


 すとんと軽い音と共に、アリーの縛られた棒の上に人影が降りた。

 風に靡く短い銀髪。印象的な翡翠色の瞳。端正な顔立ち。たなびく青いコート。そしてその下から覗く、私軍の軍服。


「遅くなってすまない。危うく手遅れになるところだったな」


 棒の上から、ルエラはアリーに微笑いかける。

 そして、大衆へと呼びかけた。


「この子は魔女ではない! これは仕組まれた罠だ。このまま火刑を続行すると言うならば、リム国王女の名の下に、ここにいる者達全てを粛清する」


 途端に罵声が跳ぶ。

 国はまた、魔女を庇うのか。また、十年前の失態を繰り返すつもりか、と。

 ルエラは濡れた藁の上に飛び降り、アリーの縄を切断する。


「確かに、今までの連続した事件は魔法によるものだ。だが、それを起こした魔女はこの子ではない。真犯人は別にいる。――ティアナン中佐!」

「はい。まったく、ずいぶんと派手なご登場で……」


 呆れたように言いながら、ティアナンは手元の資料を読み上げる。


「一つ目の事件は四日前――川沿いの通りでの、不審火。同日夜、宿の窓ガラスの破損。

 三日前――ユヌ・コンサーズ学院そばでの地面の凹みと、公園のガス灯破損。

 二日前――同じくユヌ・コンサーズ学院の門の倒壊。

 そして昨日、アリー・ラランドの働く宿で死亡者がありましたが、持病持ちの老人の階段からの落下が原因であり、不審な点はありませんでした。

 したがって、一昨日までの五件が、アリー・ラランドの周囲で起こった一連の事件です。そしてこれらは、アリーには成しえません。なぜなら、これらはどれも物理的魔法によってなされたもの。けれど、この魔法は放出の向きが自分のいる位置から一直線と決まっているのです」


「実際に見せるのが早いだろうな」

「見せるってあなた、一体何を――」

「危ないから退け! でもしっかり見ていろよ」


 言うと、ルエラはアリーが縛られていた棒に手をかざした。そして、はっと気を込める。

 強い衝撃が棒に加わる。近くにいた役人達が、慌てて離れる。人の身体の太さほどもある棒はミシミシと音を立てていたかと思うと、やがてその衝撃に耐え切れなくなりバキッと音を立てて折れた。

 ずん、と倒れた棒は音を立てて向こう側に倒れる。


「まあ、こんな感じだ。この通り、折れた棒は私が立つのとは反対の方向に倒れた。

 そして話は事件に戻るが、私達は具体的に、事件が起こった時アリーがどの位置にいたのかを分かる限り調べ上げた。ガラス破損時は、ガラスが飛び散った家の中。地面の凹みは、その中心。学校の門倒壊時は、門が折れて倒れて来た方向。

 これらの事件はどれも、アリーのいた場所からは物理魔法は不可能だ」


「それじゃあ……その物理魔法を使用したのは誰だって言うんだ?」


 尋ねたのは、最初に軍服を着た男だった。

 階級章を見たところ、地位は大佐。恐らく魔女捜索部隊の長であろう。


「それも見当はついている」


 そう言って、ルエラはスッと腕を上げた。

 上げられた手は人差し指が伸ばされており、その指は大佐の横に立つ一人の女性を指し示していた。


「パトリシア・エルズワース少尉――君、魔女だろう」

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