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第9話 魔女の血

 執務室で溜め込んだ業務を片付けながら、ルエラは気が重かった。旅の間に溜まった書類の量が原因ではない。もちろんそれも辟易するものではあるが、それは些細な事だ。


 これから、アリー達五人がここへ来る。昨晩の事を、話さなければならない。


 不意に、部屋の戸が叩かれる。ルエラは印を押す手を止めた。

――来たか。


「姫様。レーナ様とご友人がお見えになりました」

「通せ」


 書類を机の端に寄せ、ルエラは答える。扉が開かれ、一番に入って来たのはアリーだった。


「ルエラ、おはよーっ。――いや、もう午後だから『おはよう』ではないか。何て言うんだろ、この場合。『こんにちは』だと他人行儀だよね」

「王女の部屋入るんだから、普通に『失礼します』とかでいいだろ」


 ディン、レーナ、フレディ、アーノルドが続けてぞろぞろと入って来る。外側から扉を閉めようとしたオゾンを、ルエラは呼び止めた。


「待ってくれ。報告しなければならない事があるんだ。中将も聞いて欲しい――と言うか、本当は中将に真っ先に伝えなければならなかったのだが」

「ハッ。第一部隊への移籍に関する件ですか?」


 敬礼し、オゾンは室内に入って扉を閉める。オゾンの問いに、ルエラは左右に首を振った。


「いや……まあ、それを決めた一因でもあるのだが……。

――昨晩、侵入者があった」

「な……っ。存じ上げませんでした。どちらに?」

「まだ誰にも言っていないからな。侵入者があったのは、私の部屋だ」

「な……」


 室内に衝撃が走る。

 戸を叩く音が、割って入った。


「ブルザです」

「入れ」


 執務室に入って来たブルザは、そこにオゾンがいるのを見て目を瞬いた。オゾンは、ルエラが魔女である事を知らない。それ故、アリー達との相談の際には、いつも部屋の外の見張りに立っていた。

 オゾンは、つかつかとブルザに歩み寄る。


「サンディ・ブルザ少佐。昨晩、姫様のお部屋に侵入者があったそうだ。部屋の前の見張りに立っていたのは、お前だったな?」


 ブルザの小さな目が丸く見開かれる。


「な――まさか、あの時!? なぜ、何でもないなどと嘘を!」


 ブルザは部屋の奥の席に座るルエラを見やる。


「あれは、私ではない。侵入者が私と全く同じ声色で答えたんだ。私は口をふさがれ、声を出せなかった」


 ルエラは、ぎゅっと机の上で拳を握る。


「昨晩、侵入した男――名前を、クルト・ラウと名乗っていた」

「ラウ……!」


 オゾンは目を見開く。ルエラはうなずいた。


「本人が言うには、ラウ国の王子だそうだ。――ヴィルマとラウ国の関係についての報告は、聞いているか」

「ブロー大尉からの報告書は、ブルザを伝って全て届いております。ラウの関係者が姫様を襲撃したと言うのですか? なぜ?」

「……さあな。ただ、私を殺す気はないようだった。警告、脅し……そんなようなものだ。

奴は魔法使いだった。『見えないものになれる』と、そう言っていた。突然部屋に現れ、窓から庭園の方へと去って行ったが、恐らく庭園を守っていた者も、奴の姿を見ていないだろう。

我々では相手にならないのだと、力の差をまざまざと見せつけて行ってくれたよ」


「直ちに警備を強化いたします。ブルザ、お前はこのまま姫様のお側をお守りするよう。決して、一人にはされないよう」

「ハッ」


 ビシッと敬礼するブルザを残し、オゾンは部屋を出て行った。


「ラウのやつが来たって事は、やっぱりお前をさらおうと?」


 扉が閉まり、ディンが真剣な表情で尋ねる。

 ルエラはうなずいた。


「……奴が言うには、私はメリアの生まれ変わりなのだそうだ」


 ぽかんと一同は呆気に取られる。

 当然だ。生まれ変わりだなんて突拍子もない話を突然聞かされて、そう簡単に受け入れられるはずがない。

 案の定、最初に口を開いたフレディは困惑気味だった。


「メリアとは……伝説の魔女メリア・ラウの事ですか?」

「ああ。奴は、メリア・ローゼンと呼んでいたが。そして、奴自身はライム・ラウの生まれ変わりなのだと」


 ルエラは、昨晩の出来事を一部始終話して聞かせた。

 幼い少年の姿だったクルト・ラウが、目の前で大人へと、ただ背が伸びたのではなく別人へと変化した事。

 彼の魔法によって拘束され、手も足も出なかった事。

 父親が人間の場合には通常、魔女は生まれず、ルエラの魔法はメリアのものである可能性が高い事。

 それ故、ラウはルエラを欲していると言う事。

 手を取るように持ち掛けられたが、きっぱりと断った事。


「メリアって言ったら、ラウの始祖みたいなもんだもんなあ。それで、王子直々のお出ましって訳だ。ヴィルマの時も、王妃ってだけで国王自ら勧誘に来たらしいしな」

「……そうだな」


 ルエラは机を見つめ、うなずく。ライムとメリアの関係については、触れていなかった。

 ディンは腕を組み、唸り声を上げる。


「父親側が魔法使いでないと、魔女は生まれない……か。フレディ、アーノルドさん、どう思う?」

「可能性は実に高いと思われます。僕の母は魔女で、その遺伝子を持つ僕と兄は、どちらも魔法使いですから。魔法の特性も、僕も兄も炎で共通しています。恐らく、母が炎の使い手だったのではないかと」

「私は、みなしごだったからねぇ……両親の事は分からないな。

 軍属の魔法使いや、過去に捕らえられた魔女はどうなんだい?」

「魔法使いは、軍属も含め素性の判然としない者が多いからな……。

 オゾン中将のご両親は、亡くなったと聞いている。まあ、年も年だからな。

 ポーラ・ブィックス少佐は魔法使いとしては珍しく素性がはっきりしていて両親も双方存命だが、父親は魔法使いではなく、母親も魔女の嫌疑が掛かった記録はない。

 アリーの住んでいた町の隣には、ルノワールと言う老魔法使いと、その孫のルイ・ルノワール中尉がいた。ルイの両親、あるいはルノワール老人の子については、詳細は不明だ。その時に捕らえられた魔女パトリシア・エルズワース少尉は、父親が魔法使いだった……」

「……サントリナ国王も、魔法使いだったって聞いた事があるな」


 ディンが顎に手をやり、考え込みながら言う。


「伴性遺伝と言う事でしょうか」

「それっぽいな。潜在能力者ってのは、遺伝子的には魔力の因子を持っていても、女性の場合は発現しない場合があるって事か……?」

「恐らく。そして、子が男性の場合は、母親が因子を持っているかどうかに左右される……」

「ディン達ガ何ヲ言ッテルノカ、サッパリワカンナイ……」


 アリーが、途方に暮れたようにぼやく。


「でも、だからってルエラさんが古の魔女の生まれ変わりだなんて、そんな事、ありえますの? 父親が魔法使いのどなたかだと言う方が、ずっと現実的ではありません事?」

「相手は魔女に魔法使い、その上伝説の国まで出て来てるってのに、今更、現実的も何もないだろ。

 ルエラ自身はどうなんだ? 前世の記憶とか、それっぽい心当たりはあるのか? 会いに来たのも、ライムの生まれ変わりって奴だったんだろ? 伝説じゃ、古の魔女メリアは悪魔の子ライムと――」

「知らない」


 拳に更に力が入り、爪が手のひらへと食い込む。


「奴が変化した大人の姿がライムらしいが、私は、見覚えなどなかった。メリアとライムは、かつて恋人だった。ライム自身もそう言っていた。だが、私はライムなど知らない。私は――」


 固く握られた手を、そっと白い手が包んだ。長い指。広い掌。身長はルエラより低いにも関わらず、その手はルエラよりも大きかった。


「大丈夫。ここには、皆がいる。ルエラをそんな奴に渡したりしない」

「アリー……」


 アリーは、にっこりと笑う。


「そんな奴の力なんて借りなくったって。僕たちがルエラを守ってやるんだから!」

「あっ。それ、俺の台詞!」

「別にそんなの決まってないでしょ」


 ディンとアリーのやり取りに、ルエラはクスリと笑った。


「それで、そちらの方はどうだった? 市中の調査を兼ねて、昨晩は街で宿を取ったのだろう?」


 途端に、アリーは渋い顔になった。


「うー、いまいち」

「噂の出所を探ってるんだけど、どう辿っても途中で切れちまうんだよな。飲み屋で私軍の隊員が話していたって聞いても、それがどこの隊のどいつだか分からなかったり、店で一緒に飲んだ女から聞いたけどその女がどこの誰だか知らなかったり」

「途絶える出所が同時多発的だから、作為的に広められた可能性は高いだろうね」


 アーノルドがディンの言葉の後を継ぐ。


「そうか……。引き続き、頼む。レーンの方は、何か掴めたか?」


 ルエラは、ブルザを見やる。ブルザは首を左右に振った。


「軍用回線の電話記録なども漁ってみましたが、噂から暴動が起こるまでの前後に、外部と怪しいやり取りをしていた者は見つかっていません」

「そうか……ままならんな。ティアナンも、話を聞こうにも空いている日がないのだろう?」

「うん。昨日も連絡してみたけど、暴動の後始末とかで忙しいって。家にも帰ってないみたい」

「彼は確か、魔女捜査部隊だからな……。まさに今、私の噂についての捜査の真っ只中だろう」


 ルエラは机に肘をつき、ため息をついた。


「八方ふさがりか……」

「いえ、一方は開きましたよ」


 そう答えたのは、ブルザだった。小脇に挟んでいた封筒を掲げる。


「姫様の魔女嫌疑について、どのようにして検査を行うのか判明しました」

「何っ」


 ルエラは立ち上がる。

 ブルザはルエラの前まで歩み寄ると、封筒から一枚の紙を取り出した。


「こちらです」


 アリー、ディン、レーナ、フレディやアーノルドまでも駆け寄って、ルエラの机を取り囲む。


 机の上に置かれた紙に描かれていたのは、一つの魔法陣だった。


「これは……」

「魔女または魔法使いがこの陣の上に立った場合、発火するそうです」

「発火って……それでは、検査を受けただけで処刑されてしまうではありませんの!」

「なるほど。魔法陣か……こりゃ、十分に実験もやってそうだな」


 ディンはブルザを見上げる。ブルザはうなずいた。


「ええ。炎の出力を円周上のみに抑えて行ったそうです。信憑性は十分に得られています」

「しかし、研究によって編み出したのですよね? この魔法陣を、デシー少尉が? 魔法陣は魔薬と違い、魔力を持つ者でなければ使えないはずですが……」

「実際に描くのは魔法使いです。陣の理論を組み立てたのが、少尉なのだとか」

「どう言う事?」


 アリーがきょろきょろとフレディとブルザを交互に見る。


「魔法陣って言うのは、計算式のような物なんだ。ただの模様みたいに見えるかも知れないけど、描かれた線や文字の一つ一つに意味がある。同じ魔法陣ならもちろん同じ効果が得られるし、異なる模様で似た効果を得る事も出来る。陣を使う魔法に長けた人なら、複数の魔法陣を上手く重ねて一つの魔法にする事だって出来る。

 要は理論の組み立てだから、描いて試してくれる人さえいれば、考える事は魔法使いでなくたって出来るんだ。デシー少尉は、そうやって研究を進めたって事だろう」

「問題は、これをどうやって回避するかだな」


 ディンは腕を組み、考え込む。ルエラはうなずいた。


「ああ。陣に細工すれば、さすがに気付かれてしまうだろうし……」


 しんと室内は静まり返る。

 魔女ならば、直ちに処刑する魔法陣。万一バレたら、なんて悠長な事は言ってられない。何とかして、検査自体を回避せねばならない。


「はい!」


 沈黙の中、元気よく手を挙げたのは、アリーだった。


「僕にいい考えがあるんだ」


 そう言って、アリーはにっこりと笑った。






* * *






 王族を守る私軍と言えども、その役割は大きく二分される。

 一つは、ブルザやブィックスらのように、王族に付き従い、その周辺を護る任務。国王から順番に第一部隊、第二部隊、第三部隊、第四部隊と数字を冠する部隊は、総じて護衛隊とも呼ばれる。

 もう一つは、「人」を護る護衛隊とは対照的に、「場」を護る守衛隊。私軍に入隊した者は、まずこの守衛隊に属する事となる。二年間は城内各地の警備を務め、その後は各護衛隊に志願する者、守衛隊に残る者、と道が分かれて行く。

 故に守衛隊は総じて若い者が多い。若い女性の数も私軍に比べて多く、ブィックスが事務室に顔をのぞかせるとそこかしこで黄色い声が上がった。

 いつもならば白い歯を輝かせ笑顔で応対するところなのだが、今のブィックスに、そんな余裕はなかった。


「デシー少尉はもう帰ってしまったかね?」

「え? あー……そうみたいですね」


 ブィックスに声を掛けられた兵士は、室内を見回して答えた。


「彼女、確かまだ城外に住んでいますから……伝言なら、お伝えしておきましょうか?」

「いや、いい。少し、食事に誘おうと思っただけなのでね」


 ブィックスの言葉に、彼はにんまりと笑みを浮かべる。


「少佐、ずいぶんとデシー少尉にご執心ですよね。もしかして、今回は本命ですか?」

「誤解を招くような言い方をするな。私は、誰に対してでも常に本気さ。ただ、その愛の対象が手広いと言うだけでね」

「うわあ」

「正直だな、君は」

「いやあ、そこが俺の取柄なもんで」


 若い兵士は、ヘラリと笑う。

 二人組の女隊員が、会話に割って入った。


「なーにが、『本気』よ。少佐ってば、デートは予定さえ合えば受け付けてくれるけど、結局は仕事一筋な癖にー」

「そうそう。そんな少佐が、誰か一人に思い入れる訳ないじゃないですか。本気になっちゃってフられた女の子が、何人いる事か」

「少佐に夢見るだけ無駄なのよ。お食事だけの関係って割り切らなきゃ。

 ってな訳で、少佐、今度いつ空いてる? 新しいお店が出来たの。今度、一緒に行きましょ!」

「え、どこ? いいなー」

「あ、じゃあ、三人で行く?」

「君は君で、私を財布か何かと勘違いしていないか?」

「え? 違ったの?」

「あのなあ……」


「そこで何をしている」


 低い声が、ブィックス達の会話を遮った。部屋に入ってきた長身の男は、じろりとブィックスを睨んだ。


「何かと思えば、またお前か。ブィックス」

「お久しぶりです、シャノワーヌ中佐」


 ブィックスは、にっこりと微笑みかける。シャノワーヌは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「出て行け。仕事の邪魔をするな。お前はもう、この隊の者ではないのだからな」

「おやおや、そんな寂しい事を言わなくても良いじゃありませんか」

「お前達も、油を売っていないで仕事に戻れ!」


 ブィックスに集まっていた隊員達は、慌てて自分の仕事に戻って行く。

 一人の女隊員が、近くの机に積まれていた書類にぶつかった。書類は、バサバサと音を立てて床に崩れ落ちる。


「何をしている!」

「わっ……あっ、ごめんなさい……!」


 彼女は、慌てて書類を拾い集める。ブィックスも、その隣にしゃがみ込んだ。


「手伝うよ」

「ありがとうございます……!」


 後の二人も戻って来て、書類を拾い集める。ブィックスはふと、手を止めた。

 拾い上げたのは、一枚の紙。そこに描かれているのは、複雑な模様をした魔法陣。


「これは……」

「ああ、ここ、デシー少尉の席だ。それ、今度、姫様の魔女検査に使う魔法陣ですよ。その上に立った魔法使いや魔女は、動けなくなって、火に包まれるそうです」

「ちょっと、それ、言っていいの?」


 ペラペラと話す男隊員を、女隊員が咎める。


「え、ダメなの? だって、検査って言ったって、結局ただのデモンストレーションだろ? あんまりに噂がしつこいから、市民の前で魔女じゃないって証明しようって言う。デシー少尉も、ルエラ王女相手に発動する事はないだろうと思ってるみたいだし。それともまさか、准尉も姫様が魔女だって噂、信じてるの?」

「それは……その……」


 彼女は言い淀み、ブィックスを横目で伺う。

 ブィックスはそんな彼女の様子に気づく事もなく、ただ魔法陣を凝視していた。


「少佐? あの……」


 呼びかけられ、ブィックスはハッと我に返る。書類を落とした女隊員が、戸惑うようにブィックスを覗き込んでいた。


「ああ、すまない」


 彼女が持つ書類の束の上に陣の描かれた紙を重ね、ブィックスは立ち上がる。


「急用を思い出した。これで、失礼するよ」




 守衛隊の控室を後にしたブィックスは、厳しい顔つきをしていた。


(――どうしてあれが、ここにある?)


 ブィックスは足早に、廊下を奥へと去って行った。

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