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灰色の王女-火刑となりし男装王女の魔女狩り譚-  作者: 上井椎
第1章 漆黒と純白の輪舞曲
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第11話 処刑執行

「ブロー大尉!」


 軍部へと向かうルエラを、呼び止める声があった。

 後ろから駆けて来るのは、フレームの細い眼鏡に青い髪の男。彼の顔は、蒼白だった。


「ティアナン中佐……聞いていたのか」

「ええ……アリーが……」


 人の波は、ルエラ達と同じ方向へと向かっていた。彼らの目的地は、軍部の前の広場だ。

 ……アリー・ラランドの、処刑場。


「……どうしてこんな事になったんです!?」


 突然の大声に、通りかかった人々がこちらを振り返る。


「中佐……」

「昨夜私達は確かに、アリーは魔女ではないと主張しました! なのに、どうしてこんな事になるんですか!? 私はまた、救う事が出来ないのか……っ」


 ティアナンはうつむき、拳を固く握る。

 ルエラは、厳しい顔つきで道の先を見やる。白い家並みの向こうに見える、階段が連なり高くなった場所に建てられた大きな建物。


「……私も、疑問に思っているんだ。噂が出始めてから一週間も立っていないのだろう? あまりにも、早過ぎはしないか」


 ティアナンはハッとしたように顔を上げる。

 ルエラは神妙な面持ちでうなずいた。


「ここの軍部は、何かがおかしい」




 二人はそろって、ペブル町軍部の正面玄関の前に立った。軍部の者達は忙しなく出入りしている。

 ルエラは背後を横目で振り返る。軍部の正面にある広場では、火刑のための準備が進められていた。

 下に藁が積まれ高台になった所に、人と同じくらいの太さの棒がそびえ立っている。ようやく棒が立ったばかりらしく、人々は藁の準備をしているところだった。

 ルエラは背筋が寒くなるのを感じた。自分と同い年の、魔女でもない女の子が、これに掛けられようとしているのだ。


「エルズワース少尉!」


 ティアナンが声を上げ、ルエラは建物の方を振り返る。パトリシアが、部下に指示を出しながら出て来たところだった。

 パトリシアはこちらに気付き、目を留める。そして、周囲にいる部下を先に行かせた。

 ルエラはティアナンに続いて彼女の元へと駆け寄る。


「どう言う事ですか? アリー・ラランドの処刑が決まったって……」


 ティアナンの語調には、彼女を責めているようなものがあった。

 パトリシアは無表情だ。いつもの穏やかな笑みも無く、口を真一文字に結んでいる。


「何とか言ってください! 昨夜、私達は確かに彼女の無実を証明したはずです。それに、噂が広まってからまだ一週間も経っていません! 早合点し過ぎじゃないですか!? あなた、彼女の無実を証明するとおっしゃったじゃないですか!!」

「……上が決めた事です。私達は軍人です。国に逆らう訳にはいきません」

「私はそれで!」


 ティアナンは声を荒げる。


「私はそれで、今も後悔しています!! あの時、どうしてもっと反抗しなかったのかと! 仕事だからなど、言い訳に過ぎない! 大切な人を失うぐらいなら、国に逆らってでもさらって逃げれば良かった……!!」

「……私も上に掛け合いました。まだ十六の少女です。悲惨過ぎると。

 ……温情により、火にかける前に胸に杭を打つ事になりました」

「そう言う事じゃないでしょう!!」

「私だってこんな……っ」


 パトリシアはパッと口元を抑える。そしてうつむいたまま、広場の方へと駆け去って行った。

 ティアナンは肩を落とし、うつむいていた。ルエラはその背中に、そっと声を掛ける。


「……中佐」

「私は、酷い八つ当たりをしてしまいました……」


 ティアナンは振り返り、広場の方へと足早に去るパトリシアの背中を見つめた。


「彼女がどれ程辛い立場にあるか、私が最もよく知っているはずなのに……!」


 ルエラには、何も掛ける言葉が無かった。

 言葉が見つからなかった。


 ルエラとティアナンは、とぼとぼと軍部を後にした。

 正面の広場で準備が整って行く様子を、呆然と眺める。


 ――今、ここで正体を明かしてしまえば。


 ルエラは、今にも広場に割って入りたくなる衝動を必死に抑えていた。

 リン・ブローには王女勅命特務捜査官として、特権が与えられている。その権力を振りかざせば、この火刑を止める事もできるだろう。

 しかし、それをする訳にはいかない。ルエラは魔女をかばったと責め立てられる事だろう。

 ルエラだけではない。

 私軍、ひいては王家全体の信用が揺らぐ事となる。そうして起こるのは暴動、そして傾国。もしかすると、同盟国のレポスまで巻き込みかねない。


「私は、なんて無力なのだろう……」


 力ある立場にありながら、冤罪の一つ救う事も出来ない。

 ただ、ここで成り行きを見守っているしかない。


「やっぱり、魔女だったか」


 聞こえて来たのは、通りすがりの者の話し声。


 耳をふさいでしまいたかった。

 今にも、駅へ向かいよそへ行ってしまいたかった。

 ペブルを離れ、何処か遠くへ。そして、この町やアリーの事など、全て忘れてしまいたかった。

 けれどそれをする事は、自分の信念を捨てると言う事。それだけは自分のプライドが許さなかった。


「可愛い顔して、恐ろしい子だよ。アリー・ラランドって、あの小さな宿屋の子だろう。町のアイドルなんて言われていたが、こりゃあ本当に魔性の女だね」

「男達に人気だったのも、魔法によるものだったのかもしれないわねぇ。何人の男があの女にたぶらかされ、振られた事か。

 アベル・ジュリアン、ジェフ・カンデラ、シドニー・ベル、アントニー・マックス、マルク・ケレル、アンドレー・ウィルソン……」


 聞こえて来た言葉に、ルエラは目を見開く。

 そして、作業を眺めながら話している野次馬を振り返った。


「今、何と言った!?」


 突然声を掛けられ、話していた女達は困惑する。

 ルエラは鬼気迫る様子で、もう一度繰り返す。


「今、何と言ったかと聞いたんだ。その話、詳しく聞かせてもらえないか」

「ブロー大尉、何を……」

「喜べ、ティアナン」


 ルエラの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「アリーを救えるかも知れないぞ」

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