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第7話 帰る場所

 翌朝、日の出と共にルエラ達一行はレポス城を後にした。

 ディンはせっかくだから城内や街を案内したいなどと言っていたが、のんびりしたいなら置いて行くと言えば渋々とついて来た。


 レポスを南下し、中部の大きな駅で汽車を乗り換え、東へ。

 思いがけない人物と再会したのは、リム国に入り、西部ウェストタウンで宿を取ろうと汽車を降りた時の事だった。


「――ユマ!」


 駅前から繋がる大通りでアリーがふと足を止め、叫んだ。ルエラ達も足を止め、振り返る。

 人ごみの中に、長い髪をポニーテールにした少女がいた。少女は目を丸くしていた。


「アリー!?」


 アリーは、ユマへと駆け寄って行く。その後を追いながら、レーナがルエラの肩を突いた。


「どなたですの?」

「アリーの友人だ。ユマ・シャーウッド――アリーが住んでいた町の女の子だよ」


 驚くユマに、アリーは勢いよく抱きつく。


「久しぶりーっ。どうしたの、こんな所で?」

「学校が連休だから、お買い物に……アリーは、旅の途中? こっちの方に来ているなら、連絡くれれば良かったのに」

「えへへ、ごめん、ごめん。たまたま宿取るために降りただけで、ただの通過点だったからさ。リンもいるよ」


 アリーはルエラを振り返る。ルエラはユマに微笑みかけた。


「久しぶりだな、ユマ。元気そうで何よりだ」

「ええ。リンも一緒だったのね。それにしても……随分な大所帯ね……」


 レーナ、ディン、フレディ、アーノルド。ルエラやアリーと共にいる面々を見て、ユマは唖然としていた。






 せっかくなので夕飯はユマと一緒にとる事にした。部屋に荷物を置き、階下のレストランへと降りる。

 駅から離れた宿をとっただけあって、大きな街の割に店内に人は少ない。男子組はまだのようで、角の広いテーブル席にはユマが一人で座っていた。


「待たせたな、ユマ」

「ううん、平気。アリー達は、もう少しかかりそう?」

「ああ。隣の部屋が騒がしかったから、恐らく、ディンとアリーがまた喧嘩でもしているのだろう」

「アリー、仲間と上手くいってないの?」


 心配気に問うユマに、ルエラは軽く笑った。


「心配いらない。喧嘩と言っても、あいつらのはじゃれ合いのようなものだから」

「そっか……ん? 隣って……ディンさんとアリーが同じ部屋なの? もしかして、リン達もアリーの秘密を知って……?」

「アリーさんが殿方だと言うお話でしたら、伺いましたわ」


 レーナが答える。ユマは微笑んだ。


「そっか、アリーの秘密を知ってるのはもう、私だけじゃないんだね」

「ユマも知っていたんだな。そうか、アリーに魔女の嫌疑がかかった時、アリーが魔女なんて絶対にあり得ないと言っていたのは……」

「うん、アリーは男の子だから。魔法が使えても、男の子なら魔女じゃなくて魔法使いでしょ?」


「でも、妙な話ですわよね。同じ力を使っても、殿方なら魔法使いとして崇められるのに、女性なら魔女として追われるなんて。私を誘拐した者達の中には、殿方もいましたのに。私も魔女は人ならざる存在だと思っていましたから、あまり偉そうな事は言えませんけど……」

「誘拐?」


 ユマが首を傾げる。レーナはうなずいた。


「ええ。私が魔女や魔法使いにさらわれたところを、ブロー大尉達が助けてくださいましたのよ。お礼がしたくて、リムへと同行させていただいていますの」

「レーナさんもリンに救われたのね。私達もなの。私達の町で、魔女騒動があって……アリーに、魔女の嫌疑がかかって……処刑されそうになっていたところを、リンが助けてくれたのよ」


 ユマは、リンへと視線を移す。


「ねえ、旅でのアリーの様子はどう? 無茶してない? あの子、いっつも自分の事はそっちのけで、誰かをかばって自分の命を粗末にしちゃうようなところあるから……」


 ユマはうつむき、グラスに添えた手にぎゅっと力を入れる。


「リンみたいに魔法が使える訳でもないのに、ヴィルマを探すって言って出て行っちゃって、連絡も一回電話をくれたきりで……いつも、そうなのよ。つらい時につらいって言わない。いつも一人で抱え込んじゃって、私には何も話してくれない。女の子の格好してる理由だって、旅に出る時に初めて教えてくれて……私、アリーがそんなに危険な立場にいるなんて知らなかった。私と同じ、ただの被害者遺族だと思っていたの。まさか、アリー自身が狙われていたなんて……。

 私ね、アリーについて行くって言ったの。狙われているのに自らヴィルマを探すなんて、そんなの危険だもの。もちろん最初は止めたけど、アリーの意志は固かったから。じゃあ、私も一緒に行くって」


 ユマは顔を上げ、笑う。悲しそうな笑みだった。


「でも、断られちゃった。たまに帰って来るから、ユマはここにいて待っていてくれって。当然よね。何もできない私がついて行ったって、足手まといだもの」

「ユマさん……」


「……アリーは、君を本当に大切に思っているのだと思う」


 ルエラは静かに言った。


「君を危険に巻き込みたくないのだろう。それに、いつもと変わらぬ日常の中で待ってくれる人がいると言うのは、それだけで心強いものだから」

「そう言うもの……なのかな……」

「ああ。私も、あえて共に旅はせずに、待ってもらっている人がいる。彼がいてくれるから、私は帰る場所を失わずに済む。

 何も言わずとも、分かってくれる。帰りを待ち、支えてくれる。それだけ身近な存在として認識しているのだろう」

「そっか……。男の子の考える事って、やっぱり違うのね」


 ルエラもレーナも、何と答えて良いか分からず曖昧に微笑う。ユマはきょとんとしていた。


「私は、言葉で言って欲しい。リンも、もしアリーと同じように連絡を怠ってるようなら、待ってくれてる人にちゃんと言葉で伝えた方がいいわよ」

「……善処する」


 耳の痛い言葉に、ルエラは身をすくめる。

 ユマは少しツンとした顔で、グラスにさしたストローに口をつける。ユマをじっと見つめていたレーナが、不意に口を開いた。


「ユマさんって、もしかして、アリーさんの事が好きなんですの?」


 ゴボッとユマのジュースに大きな泡が沸き立つ。その顔はみるみると紅く染まっていく。あまりにも分かりやすい反応だった。

 レーナは両手を合わせ、身を乗り出す。


「やっぱり! そうなんですのね! 恋する乙女なんですのね!」

「こここ恋って、わ、私はそんな……!」

「違いますの?」


 レーナは首を傾げる。

 ユマはぴたりと動きを止め、うつむき、か細い声で言った。


「……アリーには、内緒よ」

「ええ、もちろん! 恋するユマさん、可愛らしいですわ」

「もうっ、からかわないでよ! レーナさんやリンはどうなの? いないの? そう言う相手」


 思いがけず自分へと跳ね返ってきて、今度はレーナが赤くなる番だった。


「えっ! わ、私は……!」


 ニンマリとユマは笑みを浮かべる。


「いるのね? 言っちゃいなさいよ。私だけ教えるなんて、不公平だもの」

「えっと……で、でも、彼には他に好きな人がいらっしゃるようで……」

「悪ィ悪ィ、遅くなった!」

「ぴゃああああっ!?」


 ディン達男子組の登場に、レーナは奇声を上げ跳ね上がる。机の上にあったレーナのポーチとグラスが落ち、水が床にぶちまけられた。

 慌てて立ち上がったユマも、横に置いていた鞄の中身を床にぶちまける。


 レーナの叫び声にアリー達の方も驚きびくりと肩を揺らす。

 ルエラは零れた水を固形へと変え、グラスに収めて店員に返した。店員は直ぐに戻って来て、人数分の水を置いて行った。


「何の話してたの?」


 荷物をしまい直したユマの隣へと座りながら、アリーが問う。


「な、何でも……」

「好きな人はいるのかと言う話をしていた」

「リン!」

「ル……ブロー大尉!」


 答えたルエラに、ユマとレーナから非難の声が上がる。


「別に、話の内容まで言う気はない」

「そう言えば、まだブロー大尉のお話は聞いていませんわね」

「そうね。バラした罰だわ」


 ユマとレーナが結託し、冷やかすような視線をルエラに向ける。

 ディンが笑い飛ばした。


「リンは恋なんてした事なさそうだけどな」

「失礼だな。私だって、人を好きになった事ぐらいある」

「嘘!?」


 ガタっと音を立てて、ディンとアリーが腰を浮かす。

 水を飲みかけていたフレディは、ゴホゴホとむせ返った。


「大丈夫かい、フレディ君」


 アーノルドが、むせるフレディの背中をさすってやる。


「誰? 僕達の知ってる人?」

「ああ。まあ、知ってるかな。恋と言っても子供の頃の事で、もう十年近く前の事になるが……」

「十年前……俺か……!」

「違う」


 ディンの己惚れた発言は、すっぱりと否定される。


「誰? 誰?」


「……ブルザだよ」


 ディン、アリー、フレディの三人に衝撃が走る。


「マジかよ……もう遺伝子レベルで望みねぇじゃねーか……」

「ああ言うタイプが好みだったんだ……」


 ディンは突っ伏し、アリーは絶望顔でルエラを見る。フレディは無言で自分の二の腕をさすっていた。


「別に、顔や見た目で好きになった訳では……。

 それに、ああ見えて、料理や裁縫も得意なんだぞ。子供の頃にはよくクッキーを焼いてくれて、誕生日には手作りのぬいぐるみをくれた事もあって……」


「だあれ? ブルザさんって……遺伝子レベルって、人外って事……?」

「さあ……私も会った事がありませんから……」


 ユマとレーナはアーノルドを見る。アーノルドは軽く肩をすくめた。


「私も知らないな。以前皆でリン君のお宅へ行った時も、私だけ用があって遠慮したから」

「臣下の一人だよ」


 ルエラは言った。


「えっと、臣下と言う事は、人間……?」

「もちろん、人間だ。少々大きいが。当時新しく来た臣下で、私を初めて叱ってくれた人だった。ブルザだけはいつも、私の立場ではなく、私個人を一人の子供として扱ってくれたんだ。もちろん相手の方は二十も年下の子供なんて眼中になかったから、想いを伝える事なく見事に玉砕したがね」


 ディンは、ガバッと起き上がる。


「お前、失恋経験あるのに、俺にあの仕打ちかよ!」

「それはお前が、しつこい上に強引だからだろう」


 ルエラはぴしゃりと言い返す。

 ユマが、ひそひそとアリーに尋ねた。


「ねえ、ディンさんってその……そちらの趣味のある人なの?」

「えっ? えーっと……」


 ユマは、ルエラが女である事を知らない。アリーは曖昧に笑って誤魔化す。


「皆さんがご存じと言う事は、その方は今もブロー大尉のおそばにいらっしゃいますの?」


 レーナが遠慮がちに聞く。ルエラはうなずいた。


「ああ。でも今はもう、当時のような気持ちは残っていない。大切な臣下の一人だし、異性と言うより親のような存在だな」


 ルエラはしみじみと話す。

 あの頃抱いていた想いも、今思えば、小さな子供が「将来はパパのお嫁さんになる」と言い出すのと同じようなものだったのかも知れない。











 翌朝も、始発の汽車に合わせ、ルエラ達は出発の準備をしていた。


「でも、驚きましたわ。ルエラさんにも、恋愛経験がおありだったなんて」

「子供の頃の話だし、片想いで終わっているけどな」

「私も会ってみたいですわ、ブルザさん。臣下と言う事は、今もリム城に?」

「ああ。私軍で私の護衛をやっている。見た目は少々誤解を生みやすいが、根は優しい、良い奴だよ。レーナ王女も、直ぐ慣れると思う」


 荷物をまとめていたレーナの手が、ぴたりと止まる。


「ねえ、ルエラさん。その『レーナ王女』と言う呼び方、お止めくださりません事? よそよそしくて、嫌ですわ」

「しかし……」

「親友なら、敬称をつけて呼んだりしませんわ! ルエラさん、皆さんの事は名前で呼び捨てになさっているではありませんの。一度会っただけだと言う、ユマさんまで! 私だけ他人行儀で、寂しいですわ!」


 ぎゅっと風呂敷を縛り、レーナは立ち上がる。


「それは、つまり……レーナ王女の事も、名前で呼び捨てにしろと……?」

「ええ、そうですわ。気にする事なんてないでしょう? 今は立場なんて関係ありませんし、例え気にするとしても、私もあなたも同じ王女なのですし――」


 言いながら扉を開けたレーナの言葉が途切れた。


 扉を開けたそこに立っていたのは、蒼い顔をしたユマ。

 その手には、一枚の切符が握られていた。

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