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第3話 不屈の要塞

 山の麓に広がる街は、雪に覆われていた。通りの雪は端へと除けられ、自動車と馬車が行き通う。

 道沿いに建ち並ぶ建物は、ガラスをはめ込んだような窓の付いた白い箱に傾斜の急な屋根が付いたのみ。装飾はあまり見受けられず、どの建物も似たような見た目をしていた。

 気を付けないと、どこを歩いているのか分からなくなってしまいそうだ。


「汽車から見てても思ったけどさ、つまらない景色だよね、レポスって。ここ、首都なんだよね?」

「アリー、いくらなんでも失礼だろう」


 ルエラに咎められ、アリーは口を尖らせる。


「だって……何か、首都の割には華やかさが足りないって言うか……」

「ま、リムと比べりゃ装飾は少ないかもな。うちは昔から雪の多い地域だから、見た目より機能性重視なんだよ。リムみたいに建物にゴテゴテした飾りなんか付けてたら、雪が積もって飾りごと落ちちまう」

「レポスも、もっと南の方にお城建てれば良かったのに」

「そりゃ、ご先祖様に言ってくれ。まあ、こんな土地だからこそ崖や谷に囲まれた要塞が築けたんだろうよ」


 ディンは、屋根の向こうに見えるレポス城を仰ぎ見る。

 街は城へ向かって上り坂となり、城の背後にはまるで城壁のように高い崖が迫っていた。


「なるほど。正面さえ固めれば、城を守れる訳だ」


 アーノルドが感心したようにうなずく。アリーは首をひねった。


「でも、相手が魔女だったら? 移動魔法を使われたら、意味ないんじゃない?」

「俺達はヴィルマを追ったり狙われたりで魔女の相手ばかりしてるから感覚が狂ってるけど、魔女なんてそうそういるもんじゃない。

 それに例え魔法を使って襲撃しようとしても、城ってのはだいたいどこも、対応策の結界を張ってるもんなんだよ。移動魔法だとか、後は外部との遠感魔法だな。あの辺の魔法は、城内では使う事ができない」

「エンカンマホウ?」

「またの名を精神感応、思念伝達――言葉を発さずに他人に思念を送る魔法だよ」


 首をかしげるアリーに答えたのは、フレディだった。


「移動魔法と同じく、魔法使いでも先天的にこの能力を持つ者は非常に少ないんだ。でも、才能さえあれば訓練で後天的に得る事もできるし、あらかじめ決めた限られた者同士の間でのやり取りなら、儀式によって使えるようにもなる。上層部の軍属魔法使いは皆使えるって聞いた事があるな」


「フレディは使えないの? 少佐って、結構偉いんでしょ?」

「僕は、山奥の村の軍属でしかないから。最年少佐官なんて言うと聞こえはいいけど、村軍隊長の権限がある最下位の階級を便宜上与えられただけだよ」


 フレディは苦笑し、肩をすくめて話す。ディンが話を戻した。


「強力な魔女なら結界を破って使う事も可能かもしれないが、それをやれば私軍に気付かれる。見つかって逃げるために使う事はあっても、初っ端から私軍を相手にするつもりで結界ぶち破って来るなんて事は、そうそうないな」

「私をさらった時も、市民の暴動に便乗する形でしたものね。……その暴動も、彼女達が煽ったものかもしれませんが。幹部の中に素性不明、行方不明の者がおりますから」

「そうか……すまない。私のせいで、ハブナまで巻き込んでしまって……」


 うつむくルエラの額に、こつんとレーナの拳が当たった。


「何を言っていますの。伝説の魔女の国の復活なんて、北方大陸全土の危急の時ですわ。あなた一人が背負う話ではありませんのよ」

「レーナ王女……」

「それにしても、寒いですわね。どうしてこんなに寒いのに、道に水を撒いていますの?」


 道路の中央から一列に吹き出す水を見て、レーナは言った。


「ああやって、雪を溶かしてるんだよ。ハブナには無いのか? リムは、うちが技術支援して西の方から設置が進んでるみたいだけど。そっちにも教えようか?」

「後で、お母様に相談してみますわ」


 アリーは、はーっと手に息を吹きかける。


「でも、ほんと寒いよね。早く行こっ。このままじゃ僕、指が動かなくなっちゃいそう」

「でも、いきなりこんな大勢で押しかけて、迷惑じゃないかな」


 銀世界の中にそそり立つ灰色の要塞を見ながら、アーノルドが言った。


「私達はどこかで宿を取って待っているから、ディン君だけ……」

「平気、平気。あれだけでかい城なんだ。部屋ならいくらでも空いてるぜ。ここはレポスだから、ハブナで起こった昔の事件を知ってるやつなんていない。急に立ち寄ったんだから、街中で用事がある訳じゃないだろ?」

「まあね」


 アーノルドは、にっこりと微笑む。

 ディンは、ルエラを振り返った。


「あ、そうそう、ルエラ。お前、リン・ブローじゃなくて、ルエラ・リムとして来てくれ」


 ルエラは目を瞬いた。


「しかし、それではいざと言う時に魔法が……」

「大丈夫。うちの城で魔法が必要になる事なんかないって。子供の頃にも、王女として来た事あるだろ」

「それは……そうだが……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし」


 ルエラとディンの会話に割って入ったのは、レーナだった。


「ルエラ・リムって……王女としてって……ルエラさん、あなたまさか……」

「ああ、そっか。レーナは知らなかったっけ」


 ディンは軽い調子で言い、ルエラを親指で指し示す。


「こいつの本名は、ルエラ・リム。あんたと同じ、お姫様だ」

「おい……!」

「別に、いいだろ? どうせ、このままリムに向かえば隠し立て出来ないんだ。リン・ブローが女だって知られた時点で、レーナだって運命共同体だ」

「しかし――」

「なるほど……正体を知れればルエラさん個人の問題では済まないと、そう言う事ですのね」


 レーナは真剣な面持ちで言う。そして、ルエラに微笑んだ。


「ご安心くださいまし。あなたが何者であろうとも、助けていただいたご恩を忘れるような事はございません」

「巻き込んでしまって……本当に、すまない。万一私の正体が露見した際には、切り捨ててくれ。私一人のために一国を巻き込んでしまう事の方が、私はつらい」

「……考えておきますわ」


 静かに言って、レーナはディンを振り返った。


「それで? なぜ、ルエラさんを王女として招きたいんですの? アリーさんやアーノルドさんも招く以上、地位のある方しか招けないと言う訳ではないのでしょう?」

「ああ。実はさ、俺、ルエラ・リム王女も一緒だって言っちゃったんだよ」

「な……っ」

「リン・ブローの格好でルエラ王女だって名乗ると、後々まずいだろ。だから、な?」


 ……これは、罠なのだろうか。ルエラの魔法を封じるための。ディンが、ラウと繋がっている裏切り者なのだろうか。

 しかし、ここで頑なに拒めば、疑念を抱いている事に気付かれてしまうだろう。

 それに、レポスはリムの同盟国。城内でいざと言う時に魔法を使えないのを拒むなど、抜身の剣を持って王座の前に行きたいと主張するようなものだ。


「……分かった。では少し、時間をくれ。どこかで着替えたい」






 レポス城は、街に面した正門を除き、城壁の外をぐるりと深い谷に囲まれていた。谷の向こう岸は切り立った崖になっていて、白い岩肌が城の一番高い塔と変わらぬほど高くそびえている。


「なるほど……確かに、これだと外部からの侵入は無理そうだね」


 窓の外を眺めながら、アーノルドが呟く。


「しかし、城門を突破され攻め込まれた場合はどうするんだ? これでは、脱出も困難だろう」


 そう問うたルエラは、いつもの私軍の軍服や青いコートではなく、城へ帰る時の女物のワンピースに、街で急遽買った灰色のコートを羽織っていた。

 仲間を連れ帰還する事をあらかじめ伝えていた事もあり、ディンと一緒だったルエラ達はあっさりと城内へと通された。大理石の廊下を先頭に立って歩きながら、ディンは言った。


「そん時は一応、谷底に脱出用の通路があるよ。でもまあ、一度も必要になった事がないから、今もこうしてレポスがある訳だけどな」


 ディンはさっとルエラの隣に立つと、その長い銀色の髪をすくった。


「心配しなくても、万一の時は俺が守ってやるよ」

「結構だ」


 ルエラはディンの手を払う。


「ちぇ。相変わらず連れねーの……」


「わあーっ、きれいー!」

「素晴らしいですわ!」


 城壁の方とは反対側の窓を眺めていたアリーとレーナが歓声を上げた。

 そこは中庭で、雪の中、赤い薔薇の花が咲き誇っていた。


「こんな季節に咲くのか?」

「城内に植物系統を操る魔法使いがいるんだよ。そいつの魔法で、一年中咲いてるんだ。懐かしいな。覚えてるか? お前とここで話した事」

「ああ。それまで猫を被ってたくせに、いきなり暴言を吐きだしてびっくりしたぞ」

「あっはは、悪ィ悪ィ」


 親し気に話すルエラとディンを、フレディはじっと見つめていた。




「こちらが、男性の方々のお部屋です」


 中庭を見下ろす通路を過ぎ、ある程度奥まで進んだ所で、ルエラ達を案内する従者が、ぴたりと立ち止まった。


「ディン殿下のご要望で、お部屋は二つご用意させていただきました。寝室は、中で分かれておりますので」

「あれ? 個室じゃないんだ?」


 アリーがキョトンと問う。

 ディンが答えた。


「ああ。話をするのに、一々護衛連れて部屋移動するのは面倒だろうと思って」

「女性の方々は、上の階になります」


 案内の者が再び歩き出し、ルエラ、レーナ、アリーは後に続く。

 ディンが、アリーに飛び蹴りを食らわせた。


「てめーはこっちだ!」


 ディンは、アリーの首根っこをむんずと掴む。


「やーん、痛くしないでーっ」

「女みたいな声出すな!」

「声は地だって言ってるじゃん」

「そうでしたわ……アリーさんが殿方だって事、どうにも忘れてしまいますわ」


 レーナが我に返ったように言う。

 男部屋へと引きずられていくアリーを眺めながら、ルエラは苦笑した。




「ったく、油断も隙もねぇな!」


 アリーを部屋の中に放り込み、ディンは仁王立ちになる。


「もう……痛くしないでって言ったのにぃ」

「ほんとやめろ、そう言うの」


 ディンはげっそりと返す。


「ったく……ルエラもレーナも、こいつにはやたら甘くないか? 俺が同じ事やったら、絶対、非難轟々だろ」

「別にアリーちゃんだからと言う事もないと思うよ? 少なくともルエラちゃんの方は、いつも、異性と同室でも気にしていないし……」

「でも、見てたろ。俺、手ェ払われたんだぞ? アリーには、抱きつかれたって抵抗しないくせに。あいつ、俺にはやけに厳しくね?」

「そんな事はないと思いますが……」


「……良かったじゃない。ディンは、男だって意識されてるって事でしょ」


 いつになく静かなアリーの口調に、しんと部屋は静まり返る。

 ディンは目を瞬き、アリーを見下ろす。


「え……お前、まさか本気で、ルエラの事……?」

「さあ、どうでしょう?」


 アリーはおどけた調子で言って、立ち上がる。浮かべた笑みは、いつものような明るいものではなく、自らを嘲るかのようだった。


「僕がルエラをどう思っていようと、心配する必要ないよ。

 ……僕とルエラじゃ、立場が違い過ぎるもん」


 アリーの言葉に、フレディはギュッと拳を握り締め、視線をそらした。

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