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王女の休日

「やあ。待たせたね」


 胡散臭いほどにこやかに笑いかけるブィックスに、ルエラは無表情で軽く頭を下げただけだった。


 ルエラはいつもの青いコートに身を包み、魔法で髪を短くしている。ルエラ・リム王女ではなく、リン・ブローとしての姿だ。そもそも、ルエラ王女相手ならば、ブィックスがこの口調で話しかけて来る事はない。

 リン・ブロー相手でも、こんな好意的な態度をとる事など普段はないのだが。


 彼は、リン・ブローを敵視している。リンがルエラ王女の命令で特殊な任務を負っている事を疎み、何かとリン相手に絡んで来る。そのブィックスが、珍しい事に、リンを食事に誘ったのだ。

 ルエラも最初は断ったが、親戚の娘を案内する下見がしたいのだと頼まれ、渋々了承した。


 待ち合わせ場所の城門前に現れたブィックスは、スッとルエラの前に花束を差し出した。

 美しく咲き誇る、赤いバラの花。


「……何でしょうか」

「おや、分からないかい? プレゼントだよ、君に。こちらから誘っておいて、手ぶらで来る法はないだろう。何、遠慮する事などない。忙しい中、私のわがままに付き合ってもらうのだから、これはそのお礼だ」


 再三述べるが、ルエラは今、リン・ブローの姿である。

 私軍所属魔法使いリン・ブロー大尉。この世界では、魔女はその正体を知られると火刑に処される。旅の中で魔法を使うための、男装姿。

 そしてブィックスは、その事を知らない。ルエラを男だと思っているはずなのだ。


 私軍の者達、中でもリン・ブローはその特異な任務のために顔を知るものは少ないが、門番となれば別である。リン・ブローを男だと認識している門番の兵士二人は、ぎょっとしたような表情でこちらを見て、同僚と目配せし合っていた。


「お気持ちだけいただきます。申し訳ありませんが、そのような物をいただいても世話ができませんので」

「そうか。これは、選択を誤ったな。アクセサリーなどの方が良かったかな?」

「そのような高価な物をいただく義理はございません」


 ルエラはきっぱりと断る。

 いったい何を企んでいるのか。ルエラを誘う際、ブィックスはルエラに冗談交じりではあるが、女装を勧めた。


(まさか……私が女だと、勘付いているのか……?)


 リン・ブローを敵視し、何かしら弱点を見つけ出そうと躍起になっているブィックス。その発想は突飛なものが多いが、ついに正体がバレてしまったのか。

 ルエラの心中を知ってか知らずか、ブィックスはルエラの肩に手を回した。


「そう、緊張しなくて良い。今日は日頃の諍いは忘れて、楽しもうじゃないか。まずは街の景観を堪能しながら、映画館だ!」


(……まさか、な)


 ブィックスは、リン・ブローが魔法を使える事を知っている。ルエラが女だと見抜いたならば、魔女だと知った事になる。

 もしそうならば、彼はルエラを捕えようとするだろう。魔女に対して、この友好的な態度はあり得ない。

 肩に回された腕をやんわりと払い、ルエラはブィックスの後について行った。






 ブィックスとの街歩きは、なかなか悪くなかった。

 ルエラは、生まれも育ちもここ、首都ビューダネスだ。城を脱し外へと赴いた事も数えられないほどあるが、観光や遊ぶ目的で出かけた事は、一度も無かった。

 ティータイムを目的とした喫茶店に、映画館に、路肩のアイスクリーム屋、そのどれもがルエラには初めてのもので、新鮮だった。


 ブィックスも、いつもの嫌味や皮肉を飛ばしてくる事はほとんどなく、戸惑うルエラを丁寧にフォローしてくれた。頼み事をした立場として、気を遣っているのだろう。度々混じる不自然な言動も、リン・ブローを気遣うなどと言う慣れない事をした結果なのかも知れない。


「しかし、アイスを食べた事がないとはな……旅をしていれば、こう言う店などどこにでもあるだろう」

「見た事はあります。でも、アイスクリームで腹は膨れませんから」


 ジェラートやそれに類するものなら、王女としての食事のデザートとして食べた事はある。しかし、街の店でわざわざ買うような事はなかった。


「喫茶店に、映画館に、アイスクリーム……君はいったい、普段、何をしているんだね?」

「何って、姫様のご命令で地方の巡回を」

「そうではない。帰って来てから、休みを取る事もあるだろう。それに、軍に入る前も。まさか、産まれた時から宮廷に仕えていた訳ではあるまい」

「……似たようなものかも知れませんね。街へ、娯楽を目的として出掛けた事は、一度もありませんでした」

「え……しかし、君は南部の生まれだろう? いったい――」


 女性の悲鳴が、ブィックスの言葉を遮った。


 ルエラ達と同じ店でアイスクリームを買っていた女性だった。

 服が、道の角にある植木に引っかかってしまったらしい。角を曲がった先からは、疾走する大きな馬車が接近していた。御者台の高さからは、女性は角の壁の陰になって見えていない。


 気付くや否や、ルエラはアイスクリームを放り、女性の元へと駈け出していた。

 女性の肩へと手を回し、かばうようにして壁に身を寄せ、もう一方の手を馬車へとかざす。空中に現れた氷の壁が、馬達の接触を防いだ。


 足並みが乱れ停止した馬車の前に、ブィックスが飛び出す。

 御者が、キッとブィックスを見下ろし叫んだ。


「貴様、いったいどういうつもりだ! この馬車に乗るのがどなただと思っておる! ジョゼフ・カッセル男爵、クレア・リム王妃の叔父君であらせられるぞ!」

「そうか。良かったな、王妃様にご迷惑をお掛けする事にならなくて。そこの角に、動けない状態の女性がいる。我々は、彼女を助けたまでだ」

「小民なんぞ知るか! カッセル男爵は、急いでおられるのだ! 姫様がご帰還なされていると聞き、彼女が城にいらっしゃる内にと――」

「姫様はお忙しい身だ。事前の連絡もなしに行ったところで、会う事は出来ないだろう。それとも、礼を欠いてでも、お疲れの所を連絡もなしに夜中に会わなければならない理由でもあるのか?」

「貴様には関係ない! 連絡を入れていないと、なぜ分かると言うのだ!?」


 喚く御者にブィックスは溜息を吐き、手帳を取り出した。


「申し遅れた。私は私軍第三部隊所属、ポーラ・ブィックス。地位は少佐だ。

 もちろん、姫様に面会のお約束があれば把握している。これ以上道端で喚き散らすのは、あなたの主の立場を悪くするだけだと思うが?」


 御者は言葉を詰まらせると、馬に鞭を打ち、逃げるようにその場を去って行った。


「大丈夫か?」


 馬車が去り、ブィックスはルエラと女性の元へと駆け寄って来た。

 ルエラは女性を解放し、うなずく。


「問題ありません。ありがとうございます、少佐」

「まったく、君も無茶をする……」

「あっ、あの、ありがとうございま……あ、ああっ、アイスがお洋服に! す、すみません!」


 ルエラの青いコートには、白いアイスクリームが付いていた。女性をかばった拍子に当たってしまったのだろう。


「ど、どうしましょう。ごめんなさい……!」

「気にしないでくれ。私は魔法使いだ。氷の盾を出していただろう? これも、魔法を使えばどうにでもなる。そんな事より、あなたの美しい顔に傷が付いてしまう方が、大問題だからな」

「え……あ、あうぅ……」


 にっこりと微笑んだルエラに、女性は真っ赤になって言葉を失う。


 何度も何度も頭を下げ、お礼を言いながら、女性は去って行った。

 女性の去って行った方を見つめながら、ブィックスはルエラに問うた。


「水の魔法は、衣服の汚れを落とす事も出来るのか?」

「出来るわけないじゃないですか。でも、彼女は知らなくて良い事です。それに、この後、衣服を買うのでしょう? 着替えてしまえば、関係ありません」


 淡々と返すルエラに、ブィックスはフッと笑った。


「まったく、気障なやつだな」

「ブィックス少佐には言われたくありません」


 ルエラは、口の端を上げて微笑った。

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