二十二世
14世代ほど話が飛びます。
引き籠りニートの僕は、異世界ループに入っている事をすぐに理解した。
メモ帳を開けば、多くの僕が積み上げてきた知識がぎっしりと書き記されていた。
士気は高く保たれてあり、メモ帳に連なる僕らは、使命を持って生きぬいた立派な勇者に見えた。
とても自分がこんな事ができるとはとても思えない。一種の集団心理のようなものだろうか。みんながそうしているから私もそうするといった心理だ。
僕にもこんな死に方ができるのだろうか?
今は、ただ死にたくないと思うだけだ。
先代の僕は、城からの脱出に成功しており、城からの精密な脱出計画を残していた。
その後、郊外周辺の地図を作成するのに命を使ったようであった。メモ帳の文章以外にも、多くの写真とお絵かきアプリ書かれた地図もあった。
更に先代は、地図を書き残した上で、南の森を抜けるのが良いという結論に達したようである。
理由は、この城は東西と北に向かって街道が走っており、街道は今や魔族に利用されてしまっているとの事だ。つまり街道には近づいてはならないし、できるだけ僻地に流れるべきだという見解であった。
召還の部屋から持ち出すべきものが記載されていた。
- 短剣
- 王冠
- 馬の頭の燻製にぶら下がっている革紐
- タンスに入っている儀式用の黒いローブ
- 枯れた花がさしてあったガラス瓶
王冠についている宝石は、アンデッドが厭う効果がある事を十五世と十六世が発見したらしい。これによって、脱出ルートの幅が広がったと歓喜していた様子が書かれていた。しかし、ゾンビタイガーには利かないらしく、勘違いした十七世がお亡くなりになったようだ。スケルトンとゾンビには効果があったというので、ほかにも条件があるのかもしれない。王冠を被ったまま歩くのは大変なので、塔の最下層についたら宝石だけ短剣で外して、王冠は捨てていくらしい。
革紐は金具がついており、ベルトのように輪になっている。あとで突起に引っ掛けて、内壁を降りるのに使うとか。
全体の記録だとほかにも持っていくものがあったのだが、後世の僕がやっぱり要らないという結論にたどり着いたりして、二十一世の結論は上記の5点だった。
銀の燭台のロウソクを持っていこうかと考えたが、火をつける手段がない事に気がつく。
そんなに重いものではないが、辞めておこう。
さぁ、脱出計画を遂行しよう。
タイガーゾンビを出し抜き、外に出たらローブをまとい、内壁の上から革紐でおり、外堀を泳いで越え、水を飲んでから花瓶に汲み、城下町を記載されたルートに沿って忍び足で抜けていく。城下町ではゾンビやスケルトンに出くわすが、王冠の宝石で退ける。
外壁はところどころ破壊されており、南に抜ける場合も楽に抜ける事ができた。空に、怪鳥が飛び交っているが襲い掛かってくる様子はない。黒ローブを着ていないと外壁を抜ける辺りで襲われて死ぬらしい。
こうして僕は森の境まで無事についた。タイミングや動作が若干シビアな部分もあったが、コツ等も動画付で説明してあり、分かりやすかった。体がどことなく憶えていたというのもある気がする。
ありがとう、先代の僕たち。
さて、ここからは未踏の地。僕の仕事の番だ。
森は、不気味な鳴き声が響き、妖しい薄霧に包まれていた。
如何にも呪われた森という雰囲気で、オークの木なども不気味に湾曲していたりする。
ここからは文章でどこを歩いたかを説明するのは不可能なため、目についたオブジェクトがあれば要所要所写真で撮影していく。本来であれば、動画撮影モードを常に起動したいが、そんな事をしていればすぐにバッテリー切れになってしまう。
幸いスマホの方位磁石は基本的に稼動するので、南に一直線に歩く事ができる。
歩く方角さえ決めていれば、再現可能な道のりと言っていいだろう。
方角は分かっても、緯度と経緯はもちろん表示されない。
花瓶の水は節約しておりまだ十分にあったが、水のせせらぎが聞こえてきた。川があるのだろうか。
小川があり、滝壺があった。滝の裏側はちょっとした空洞ができていた。滝壺といってもそれほど勢いがあるわけではないのだが、長い時間をかけて空洞が形成されたのであろう。
僕はまずは、今の情景を真っ先にカメラに収め、メモ帳に記載する。
それから川に近づき、中を覗き込む。
澄んだ綺麗な水のように見える。早速、手で汲み、口に入れる。
うまい・・・
水が喉を通り、ずっと張り続けてきた神経がふっと開放される感覚を覚える。
少なくともここにいれば、この水が飲めると思うと目の前が広がった気がした。
「○☆□☆&#!」
心臓が止まるかのような驚きと同時に、反射的に声の主に振り向いた。
「○☆□☆&#~|*!」
弓を構えた声の主は大きくはないが威圧的な声で2度叫んだ。
何を言っているのかさっぱりだが、僕はまともな人型の生物と接触できることに安堵していた。
「ああ、良かった!やっと人に会えたよ!」
相手の警戒した表情を他所に、僕は満面の笑みを浮かべる。元の世界であれば、初見の他人にこんな表情で接する事はないだろう。
相手も僕の無警戒な表情を見て、弓の構えを解く。
二人はお互い言葉が通じない事を確認したので、無言で相手を吟味する。
よく見れば、声の主には犬のような耳があった。顔表や胸部のふくらみからして女性であろう。
半獣人といったところだろうか。人間にすれば二十歳ぐらいの顔や体格である。顔は目が少し釣りあがりすぎているが、美形と言っていい。すらっとして足も長い。残念ながら可愛い系ではないので、二次元慣れした僕の好みとは言えない。犬耳を除いて。
僕は、左手で自分の胸を指しながら、右手を出し「テル」とゆっくりと言う。
相手も右手を差し出し、カタカナで表現するなら「リィシア」と聞こえる音を出す。
軽い握手をし、僕は川辺に座り込み、相手にも座るように示唆する。
僕らは川辺に座り込んだ。
何か伝えられないかと考え、スマホに撮影された11枚の紙を思い出す。
スマホをポケットから出し、11枚の紙をリィシアに見せる。
おどろおどろしつつリィシアはスマホを眺めていたが、紙の内容をちらっと見るとスマホを手に乗せ、文章を真剣に読んでいた。どうやら分かるらしい。
リィシアは、スマホの内容に指を指してから、僕に指を指す。これはあなたかと言っているのだと僕は解釈し、首を縦に振る。
次の瞬間、涙を浮かべたリィシアに僕は抱きしめられていた。
目には期待と尊敬の意が込められていた。
リィシアはどうやら滝壺の空洞を拠点に生活しているようだ。
弓で猟をしつつ、川の水を飲む。火はどうしているのだろうと思ったが、枯れ枝を集めてきたと思ったら魔法であっさりと火をつけてしまった。僕は、その夜リィシアが獲ってきたウサギのような肉を頂いて、深い眠りに落ちた。
朝目が覚めると、暖かく柔かい感触が頭にあった。
びっくりして起き上がるとリィシアが目の前でおねえさん座りをして寝ている。膝枕をさせてくれていたようだ。大胆だと思うが、言葉が通じない分スキンシップで関係を築こうとしているのかもしれない。
僕が起きた事で、リィシアも目が覚めた。
僕は「おはよう、リィシア」と言ってみると「☆○&%、テル」とかえってきた。
今のがおはようなのだろう。なんとか僕も同じ音を出そうとしてみるが、リィシアは首を横に振って再度同じ言葉を言う。何度かおはようの練習を繰り返し、ようやくリィシアの合格をもらったようだ。
言葉は通じないが、心の距離が縮まっていく感覚を覚える。そう考えた瞬間、この僕が死んでループしたら、リィシアは僕の事を忘れてしまうのだろうかと不安になった。
僕はスマホを取り出して、リィシアとツーショットを取って、リィシアに見せた。非常にびっくりしていたが思いついたように首を縦に振って納得していた。
そんなリィシアを見て、ちょっとした幸せを僕は見つけてしまった。同時に、先代の僕らに対して申し訳ない気持ちが沸いてくる。彼ら、いや僕らは惨い死に方をしてきたのだ。未来の僕が幸せになるために。
僕は簡単にリィシアとの事をメモ帳に書き、スマホのバッテリーを抜いて、湿気のないところに保管する事にした。ここで生活を構える事にしたのだ。
こうして僕とリィシアの共同生活が始まった。
とりあえず僕はリィシアの言葉を覚える必要がある。そして、僕を召還した人が何を書き残したのかを知るために。
リィシアに会ってから、川辺に一日一つ石を積み集め、それがちょうど100個になった。
言葉を教わり、異世界の事もだいぶ分かるようになった。召還の部屋にあった紙の意味も大体把握した。
僕は久々にバッテリーをスマホに差込み、起動させ、メモ帳に分かったあらゆる事を細かく記述した。
そして再度スマホを封印した。正確にはリィシアに簡易封印してもらった。何十年経っても風化しないようにするためである。
最初は、召還された救世主として僕に期待していたリィシアも、僕が本当になんの特殊能力を持たない人間である事が分かってしまった。まだリィシアの方が弓の扱いに慣れており、魔法が使える分強かった。
この世界では魔法は魔方陣を描く事で発動させる事ができる。
魔方陣は、心に描く物と地面や紙に書くものがある。心に書くのは集中力を要し、複雑な大きな魔方陣を書くのは時間もかかる。しかし一度発動した魔方陣は二度と発動しないため、一度描いた魔方陣は使い捨てである。
地面や紙に書く場合は、魔方陣の書き方だけ知っていれば良いので、心に書く時のような継続的な集中力は求められないが、いくら慣れても書ける速度に限界がある上に簡単に消されてしまうという弱点がある。
MPと言うような魔法の使用回数を制限するステータスはない。魔方陣を構築するための体力か精神力を必要とするだけである。使用した時の効力は、同じ魔方陣でもその人の持つ魔力によって若干上下するらしい。魔方陣の大きさは効力とは関係なく、どんなに細かく書いても大きく書いても同じらしい。
同じような効果を持つ魔法でも、魔方陣の書き方によって全然効力が変わる。効力が高い物ほど複雑になる傾向があるとの事だ。
人が携帯できるサイズの紙媒体に極細筆で魔方陣を書いた場合、大体中級魔法と分類されている魔法ぐらいまでが書ききれる限界とされている。
それ以上の上級魔法は、召還の部屋のように床や壁に書いたりする。
これらを心に描ける者が大魔法使いと言われる人達らしいが、彼らでも詠唱に数時間を要する。
魔力の高さよりも以下に早く正確に魔方陣を描けるかというのが大事のようだ。
僕は、まだ心に書くというのが良く分からないので、火起しの魔方陣だけは地面にかけるようにした。
一生懸命魔方陣の事を学習したが、リィシアの反応を見る限り、とても大魔法使いと呼ばれるような人たちには慣れるとは思えなかったようだ。それに彼らも魔族との大戦に敗れており、彼らと同じではダメなのだ。
さて、この三ヶ月で僕とリィシアは、男女の仲になった。
王道展開的には、紙の意味が分かれば、また旅に出るべきところだろうが、僕はリィシアと滝壺に残る事にした。リィシアも今の僕では魔王倒すなど夢の夢である事を知っていたし、彼女も僕に危険を冒してほしくないと願っていた。僕はそれに甘えた。
僕は心に後ろめたさを感じながらも、リィシアと幸せな長い時間を過ごした。
50年の月日が経過し、僕が72歳になった時に、リィシアは病気に倒れた。
リィシアの墓を作り、子供たちに別れを告げ、僕は封印していたスマホを起動し、救世主となる次の僕に、紙の意味と最強の秘伝を残した。
子供たちにも別れを告げ、バッテリー残り少ないスマホを片手に、僕は魔王に挑むべく滝壺を後にした。
これで1章は終了です!
校正等全くせずに投稿しています。
校正を頂ければ直しますので、気になるという方はお願い致します。