四話
水のせせらぎが聞こえる。
なつかしく、とても心が落ち着く音。
ああ、僕は昔ここに住んでいたんだな。
この音を聞いて毎日を過ごしていた。
この人と。。
目を覚ますと僕の隣には半獣人の美人がいた。
どうやら膝枕をしてもらっていたようだ。
「おはよう、リィシア」
「☆○&%、テル」
心話の魔法の効果が切れていて、リィシアの発した音は未知のものだったが、その意味は分かった。
「☆○&%、リィシア」
リィシアは、ふふっと笑い、首を縦に振って、合格サインを出してくれた。
スマホを取り出し、心話をかけようとした瞬間。
「テル、それは要らないわ。」
心話で話してる時とは違う。明らかに日本語での会話だった。
「51年も一緒に住んでいれば、私も日本語を覚えるわよ。暇なところだしね。」
「そうか君の記憶は完全に戻っているのか。」
「そうみたいね。なんだか変な気持ち。おばあさんまで生きた記憶があるのに、今の体は若い時のもの。」首を傾げたり、手首を回したりしながら、そう言う。
「リィシア、僕らがどんな暮らしをしていたのか、教えてくれないか?」
「ふふっ、いいわよ。」
リィシアの目がキラりと輝く、話したい話題だったのだろう。
基本的に、先代は魔方陣の構築に明け暮れていたらしい。
リィシアが狩猟に出て、肉食を主に食していたが、森の一部を削って農耕も少ししていた。
魔方陣の構築は、プログラミングを図式化したような物で、周囲環境からの魔素をインプットとして、分岐やループなどの組み合わせで魔法として出力するという物だった。
僕は元の世界で、ゲームを自作しようと思い、プログラミングをかじった事があったから基本的な事ぐらいは把握する事ができた。魔方陣の構築とは、割と数学的な基礎知識等を必要とする物なのかも知れない。中退とは言え、大学まで進学していた僕にとって、適正の高い作業だったのだろう。
暮らしの話が終わっても、リィシアは話し続けた。
なりそめの話、子供たちの事、ちょっとした事件や僕の過去の話を聞いた時の事。
幸せと愛情に溢れていたのがヒシヒシと伝わってくる。
起きてから何も食べずに話し込んでいたため、お腹が空いていた。
一昨日からの残り物らしい子鹿肉頂く。
「うまい!本当にうまいよ!」
「あらそう、でも焼いただけなのよね、残念ながら。」
肉をほおばる僕に微笑を向けながら、リィシアは言う。
こんなシンプルな暮らしが、どれだけ幸せな事かなんて考えた事も無かった。
ネット、PC、ゲームも無いなんて、暇な毎日で退屈するんじゃないかって。
妻なんていても嬉しいのは最初だけ、面倒になるだけと、高を括っていた。
食事がちょうど終わった頃合に、僕は自然にこんな事を口にした。
「リィシア、君はもう一度その、僕と、そんな日々を過ごしたいかい?」
隣町に行くのに地球一周していくかの様な遠まわしのプロポーズだった。
「いえ、私はもう幸せになれないわ。今のあなたには力があるもの。」
答えはびっくりするほど即答だった。
「あなたと最初に会った時、あなたが普通の人間だって事は少し一緒にいたら分かった。
でもきっと何かすごい力を秘めていて、ある日突然強くなるんじゃないかって思ってた。
あなたが覚醒すれば、この世界のために送り出す覚悟で毎日を生きてきた。
結局、その時は最後まで来なかったけど、結局あなたは『ある日突然』ではなく、地道な努力の積み重ねでとても強くなった。」
ここまで力強く言い切って、リィシアは続けた。
「見えるかしら、あなたという存在は、繰り返しの儀が発動しても、一本の線としてずっと繋がってるのが。」
リィシアは目を瞑り、魔法を詠唱し始める。すると、一本の小さい赤いリボンのような物を空中に出現させた。それがまた一本一本と出現し、出現する度にリボンの端同士が固く結ばれていく。
二十三本が結ばれたところでリィシアは詠唱を止めた。
それを僕の手首の下に回し、最初の一本と最後の一本の端をその手で結ぶ。それは、一つの輪となり、ミサンガになった。
「これは、わたしがあなたを忘れない限り、あなたの元に留まり、切れる事もありません。」
こうして僕は涙で送り出された。




