デートインザズー
「デートインザドリーム」の続編。初めての方はそちらからどうぞ。
「あ、あの、私、三組の佐藤有子と言います。田上君、今付き合っている人はいますか?」
「え、いや、いないけど……」
「えっと、じゃ、じゃあ、私と付き合ってください!」
「え?」
「……だめですか?」
「えっと、あの、俺でよければ……」
「ほ、本当ですか? よ、良かったぁ……」
「う、うん、よろしくね、佐藤さん」
「あ、あの、よければ、私のこと、有子って、呼んでくれないかな。私も、健二君って呼びたいから」
「わかったよ、よろしくね、有子」
さすがに日曜日ともなると、動物園内は多くの客で賑わっているようだ。
親子連れはもちろんだが、案外恋人同士や友達同士というのも多い。入園口の花壇には、待ち合わせしている人もちらほらといた。
「やあ、有子、待たせたね」
「あ、健二君、おはよう」
田上健二が待ち合わせの人ごみに手を振ると、健二の彼女、佐藤有子が大きく手を振って合図した。
夜に変な夢を見たため、来ているかどうか不安だったが、無事でよかった。
「もう、健二君ひどいね。朝連絡くれるって言ったのにくれなかったでしょ?」
「あ、そういえば……」
昨日帰りの別れ際に、朝待ち合わせ場所と時間を有子に連絡するつもりだった。だが、昨夜見た夢の中で電話したのを、現実で電話したことと思い込んでしまっていた。
「ごめんごめん、でもよく待ち合わせ場所がわかったね」
そうなると、やはり有子が待ち合わせ場所を知っていたことが不思議である。時間はともかく、三カ所もある入園口のどこで待ち合わせるかなんて分からないだろう。
「あ、うん、駅のほうだったら待っていても分からないと思って、家から近いこっちにしたの。十時過ぎても来なかったら連絡しようと思ってたんだけど」
「だったらもうちょっと早く連絡してくれれば良かったのに」
「あ、そっか。それもそうね」
有子はとても頭が良い女の子だ。もちろん成績もそれなりにあるが、人の気持ちを考えたり、困った人を助ける方法を考えたり、よく機転が利く。「地頭がいい」、というのだろうか。
ただ、ほんのちょっとおっちょこちょいなところもあるようだ。そこがまたかわいらしい。
外出用の白いコートからみえる青地のセーター。そして、学校にいる時とは違うツインテールの組み合わせがとてもよく似合う。普段の制服姿とのギャップを感じていると、まるで他の人が知らない彼女を見ているようだ。
「さて、じゃあ入ろうか。チケットを買って来るよ」
健二はフード付きの黒い上着にジーパンと、友達と遊ぶ格好と大して変わらない。オシャレに決めている有子を見ていると、彼女とのデートでこんな格好でよいのだろうかと疑問に思ってくる。
ペアチケットの片方を有子に渡すと、二人は静かにゲートをくぐる。その先には、普段の生活では見られない、動物の楽園が広がっていた。
園内は賑やかだが、めちゃくちゃ人が多いという印象はない。園内の広さはそれなりにあるからだろうか。
冬だからだろうか、あまり活発に動いている動物は多くないが、それでも檻の中で太陽の光に照らされながらのんびりと眠っている姿は、とても気持ちよさそうだ。
時々売っている動物のえさを、ウサギやヤギといった動物に与えながら、園内を歩いていく。
「あ、あっちにライオンがいるよ!」
まるで子供のようにはしゃぐ有子をみながら、やっぱりデートっていいな、と健二は一人悦に浸っていた。
「あんまり走ると転んじゃうよ?」
「そんな、子供じゃあるまいし……っと」
健二が注意した直後、有子は何もないところで転びそうになった。
「ほら、言わんこっちゃない」
「ちょ、ちょっと油断してただけだから」
すこしあざとい感じがする言い回しだが、それがなんとなく斬新な印象を受ける。
足元をぱっ、ぱっと払うと、有子は次の目的地を指差す。
「健二君、次はあっちに……」
言いかけた瞬間、どこからともなくぐぅ、というおなかの虫の声がした。
健二はちらっと、自分の腕時計を見る。時刻は十二時前。
「えっと、そろそろお昼にしようか。遅くなると混んじゃうしね」
「え、ええ、そうね」
この動物園は、いくつも点在する飲食店にも定評がある。レストラン目的で動物園を訪れる人もいるくらいだ。
有名な動物園ほど広くない園内には、約二十もの飲食店が存在する。種類も、屋台のような気軽に立ち寄れる場所から、フランス料理店のような何故こんなところにあるのか良く分からない高級店までバラエティ豊かだ。
動物園のような観光地、アトラクションの園内の飲食店の割りに値段はリーズナブルで、味もなかなか。だが、それ以上に、回転率の速さが売りだ。つまり、ほとんど込み合わない。
何組も客が並んでいるように見えるところでも、数分も経てば入ることが出来る。席数が異常にあるわけでもないのに、一体、どのような接客方法をとればこんなに早く客が回るのか不思議なくらいだ。
それでも、ライオンショーが終わる十二時半頃になると、どの飲食店もそれなりに並ぶ必要がある。それを見越し、健二は早めに昼食の提案を持ちかけた。有子も、そのことはよく知っている。
「えっと、この近くだとあそこの洋食屋かな。あそこでいい?」
「うん、あそこはいった事ないから」
健二も有子も何回かこの動物園には行った事があるが、すべての飲食店を回ったことはない。行った事がないところもいくつもある。
洋食屋に向かう道の脇でも、係員が動物にえさを与えている光景が見られた。彼らも、昼食の時間なのだろう。中には食べようとしない動物もいて、それはそれで係員とのやりとりが面白い。
その途中、健二はふと行く手の前にいる女性に目が留まり、おもわず足が止まった。
冬の季節に似合わない、白いワンピースに白い帽子、風になびく茶色のロングヘア。どこか遠くを見ている姿。同い年くらいだろうか。あの女性は……
「どうしたの?」
有子に声を掛けられ、はっとして振り向く。
「あ、いや何でも……」
再び女性がいた方向に目を向けたが、そこには先ほど見た女性はいなかった。
健二は、昨日見た夢を思い出した。動物園の入口の花壇の前に立ち、どこか遠くを見ている女性。
「あなたの彼女は来ませんよ。もう死んでますから」
一体、あの女性は誰だったのだろうか。
夢に登場する人物や風景は、少なくとも一度は見たものであるものがほとんどである、ということを聞いたことがある。ということは、あの女性も、どこかで見たことがあるのだろうか。
そう考えると、どこかで見たことがあるような気がしないでもない。どこだろう。背格好から考えると、同じ高校の生徒だろうか?
「早めに来たのに、結構混んでるね」
たどり着いた洋食屋には、既に数組の客が入店待ちをしていた。
「ああ、このくらいだったら、多分ちょっと話をしていればすぐ入れるよ」
健二が言うとおり、何分待つか分からないと思われた客の列は、店員の案内によりどんどんと解消されていく。
五分と経たないうちに、健二たちはレストランの客席に案内された。
店内はそう広くなく、席数もざっと五十席程度だろうか。カウンター席が十席ほどと、あと四人席のテーブルが八つほど。
どこも大勢の客で占められたが、そこに空いた四人席に、健二たちは通された。
「さて、何を食べる?」
と、メニューを見て聞いたはいいものの、ランチメニューに限れば三種類しかない。もちろん、単品メニューもいくつかあるのだが、せっかくのランチタイムを利用しないわけには行かないだろう。
結局健二はランチメニューのAセット、有子はBセットを頼んだ。Aセットはハンバーグステーキ、Bセットはミックスフライだ。
普段はメニューが来るまで時間があるので、いろいろと世間話をするのだが、それを始めてものの数分でまずはメインが、続いてセットのサラダとライスが来た。いくらなんでも早すぎではないか、というくらいだ。既にいくつも作り置きでもしておいたのだろうか。
しかし、そうとは思えないくらい、ハンバーグの鉄板はアツアツでジュージューと音を立てており、フライの衣はさくさくとしている。
「しかし、動物園って、もう何回も行っているよね」
健二がハンバーグをほおばりながら話す。
「でも、二人きりじゃ行った事がないでしょ? 家族とだったら、何回もあるんだけどね」
「うん、あまり昔から変わってないけどね。でも、やっぱり二人だと、何か違うよね」
健二が小学校の頃から、両親には何回かこの動物園には連れて行ってもらっていた。その頃から、動物たちはあまり変わっていないような気がする。
それでも、やはり家族と行く動物園と、彼女と行く動物園は、何か違う雰囲気があるような気がした。
「まあ、まだ三回目のデートだからね。もっといろんなところに行って見たいよなぁ」
「そうだね。それにしても、なんだか、デートしているときの健二君って、とても楽しそう」
「え、うん、そりゃだって、女の子と一緒にどこかに行くなって、中学のときには考えられなかったしね」
健二にとって、有子は始めての恋人だ。高校一年で彼女を持つ、というのは別に遅いということはないのだが、中学時代に何組ものカップルを見ていて、その二人が楽しそうにしている姿を何度も見ていた。
そのたびに、健二もいつかは、と思っていたのだ。
「でも、こんなに早く夢が叶っちゃうなんてね」
「そう? 健二君って、高校じゃ結構もててるんだよ? 知らなかったの?」
「え、そ、そうなの?」
少なくとも、健二と同じクラスの女子が、健二をそういう風に見ているといううわさは聞いたことがない。
他のクラスとの絡みも薄かったし、自分のクラスメイトすら、やっと名前と顔が一致するようになってきたところだ。ましてや、他のクラスの生徒の名前なんて、中学時代の同級生しか分からない。
「もう、もう少し他のクラスの子とも遊んだら?」
「うーん、でも部活とか忙しいしなぁ」
「そっか。でも、そのおかげで、私は健二君と付き合うことが出来たのかもね」
すこし嬉しそうな顔で、有子はエビフライにフォークを指す。そういわれればそうかもな、と思いながら、彼女の嬉しそうな顔を見つめて思わずにやけてしまう。
ふとあたりを見渡すと、先ほどまでいた客は既に別の客に入れ替わっている。そうやって入れ替わり立ち代り入っては出て行く客を見ていると、時間の流れがとても速く感じてしまう。
「健二君のハンバーグ、少し貰いっ!」
健二が悦に浸っていると、有子が切っていたハンバーグの切れ端を、フォークで持って行った。
「あっ、じゃあ、僕は有子の白身フライを貰うよ」
健二も負けずと、有子の白身フライを奪い取る。
「えっ、もう、しょうがないな。じゃあ、とっかえっこ。あ、こっちもおいしい」
そして有子の嬉しそうな顔を見ると、一瞬時が止まったような感覚に襲われる。決して止まる事の無い時間の流れの中で、健二はもっとこの時間を大切にしたいなと思った。
昼食が終わり、まだ回ってないところを見ようと、午前中と同じようなテンションで有子は先に進む。
やれやれ、と口に出しながらも、有子の嬉しそうな顔に思わず頬が緩む。
「あ、あれ、健二君に似てない?」
猿山の一匹の猿を指差しながら有子が言えば、
「じゃあ、あれは有子かな」
と、健二は隣の猿を指差す。
「え、もう、失礼しちゃうな」
なんだか、そういう反応が返ってくることが、健二にとっては嬉しい。こうやって女の子と冗談を言い合うことなんて、中学時代にはあまりなかったことだ。
一通りの動物を見終わった頃、放送が閉園時間を告げた。時刻は十七時前。気が付くと、あたりはもう暗くなっていた。さすがに冬は日が落ちるのが早い。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「うん。でも、入口までゆっくり帰ろ?」
駅に近い西口に人が殺到する中、ゆっくりと北口に歩を進める。檻の中を見ると、係員の人が手を振っている。たまに、動物が手を振っていることもある。子供達へのサービスなのだろうか。
楽しかった時間を惜しむように、これでもかというほどゆっくりと歩く。が、それでもあっという間に入園口に来てしまった。ここを通り過ぎれば、後はもう帰るだけ。
「楽しかったね」
「そうだね。じゃあ、また明日」
入園口北口を通過し、別れの言葉を交わすと、彼女は手を振りながら家路に向かっていった。
――と思うと、急に振り返り、健二に向かって話し始めた。
「健二君、また、デート行こうね」
「うん、もちろん」
笑顔を残し、有子はそのまま歩き始めた。その後姿を見ると感じる、満足感と喪失感。三回目のデートでも、やはり別れ際は寂しいものだ。
何度もデートをしたカップルなら、ここで別れのキスでもするのかな、などと思ったが、まだ早いと思いながら駅に向かう。
もちろん、こちらが提案すれば彼女も応じてくれるかもしれないが、ここは彼女のペースに合わせておこう。きっと彼女も、まだまだ恥ずかしいのではないだろうか。
一人今日のデートを思い返しながら、気が付くと動物園前の駅にたどり着いていた。もう既に閉園にあわせて退園した客たちは、一つ前の電車に乗ってしまったのだろうか、駅前はあまり込み合ってなかった。
ICカードを改札に通し、電車に乗り込むと、悠々と座席を確保する。危うく眠りそうになったが、健二の家の最寄り駅にはすぐについてしまう。寝てしまうと、恐らく一時間後に到着する終点まで起きないだろう。
何とか眠気を抑えながら家に帰ると、母が迎えてくれた。
「あら、お帰りなさい。ご飯は?」
「いや、まだ食べてない」
せっかくのデートなので夕食を食べて帰っても良かったのだが、動物園閉園直後の周囲の飲食店はどこも相当混むし、無理してどこかに行く必要もないと思い、そのまま帰ってしまった。
「まだ夕飯作ってないから、先にお風呂入っちゃいなさい」
もともとそのつもりだったが、母親に言われたとおり、まずは風呂場に向かう。
バスタブにつかり、今日の動物園デートを思い返す。
「とりあえず、待ち合わせの連絡を忘れていたのはうかつだったな。次は前日に連絡するようにしよう。後は、服装かな。そろそろ、デート用の服を……」
一つずつ反省点を挙げながら、次回のデートプランを考える。とはいっても、どこに行くかくらいで具体的な日時などを決めるわけではない。
そういった思いをめぐらせながら、やはりあの女性のことが気になっていた。
「そういえば、結局あの女の人は何だったんだろうな。まあいっか」
ただ、有子とは関係なかった。もう気にすることも無いだろう。彼女はあそこにいたのだから。
そう思い、そろそろ夕食の支度が整ったころだろうと、健二はバスタブから出た。
夕食を済ますと、健二はベッドに横になった。宿題はもう済ませてあるし、後はもう寝るだけだ。
恒例となっているニュース番組視聴では、特に目新しいものは無かった。少し動物園の話題が出たり、近くで強盗事件があったりしたそうだが、そんなことは気に留めていなかった。
デートの疲れからかひどい眠気に襲われる。時刻は午後九時。寝るには早い時間だったが、もう特に何かをやろうという気力も無い。
天井をぼうっと眺めていると、だんだんとまぶたが重たくなっていく。このままではいけないと思い、消灯して布団にもぐりこんだ。こんな時間に寝てしまっては、明日の朝非常に早くおきてしまいそうだが、それはそれでいいか、と考えた。
しばらくすると、健二の意識は、完全に夢の中へと入っていった。
気が付くと、健二は動物園の入園口にいた。
入園口の前には花壇。今朝待ち合わせをした、北口で間違いないだろう。
ただ、今朝と違って、入口には誰もいない。昨日の夢と同じ状態だ。ということは、ここは夢の中と見て間違いないだろう。
「さて、今日の楽しいデートの続きとかだったらいいんだけどな」
などと夢の中で思いながらも、花壇の前にいるはずの「待ち合わせ相手」を確認することにした。
……が、そこにいたのは彼女の有子ではなく、昨日の夢に出ていた女性だった。
「あぁ、やっぱりか。こういうのは、変に考えないで置こうと思うと、余計考えちゃうんだよな」
現実の再現ではなく、夢の続きだったことに、健二は微妙な落胆を見せた。
「……彼女は来ませんよ」
白いワンピースの女性は、相変わらず視線を動物園のほうに向け、じっとしたまま動かない。
「あぁ、そう。でも、今日はしっかり有子とデートしたんだけどな」
皮肉るようにその女性に言う健二。茶色いロングヘアを風になびかせながらも、その視線はずっと変わらない。
「彼女は来ませんよ。この場所には」
「はぁ……たしかに、この夢の世界じゃ、有子は来ないかもな」
再び皮肉るような台詞を女性に叩きつける。昨夜と微妙にニュアンスが違うものの、あまりの同じような言葉の繰り返しに、健二は徐々にいらだつ。
「そもそも佐藤有子は金曜日の殺人事件で……」
「おい、いい加減にしろよ! そもそもあんた一体何者なんだ!」
あまりの苛立ちに、ついつい乱暴な言い方になる健二。夢の中とはいえ、頭に血が上っているのが分かる気がした。
「私の名前は……」
ふと目を覚ますと、目の前には暗い天井。少し首を傾けると、窓は群青色のモノトーンに染まっていた。
ゆっくりと時計を見る。時刻は六時半。変な時間に起きてしまったが、実に九時間以上寝た計算になる。よほど疲れていたのだろうか。
二度寝するにも眠くない。学校の準備をした後、母親の代わりに朝食を作ることにした。簡単な料理くらいは、健二でも出来る。
テレビをつけると、朝のニュース番組をやっていた。とはいっても、この時間だといろんな地方の新しい行楽地の情報紹介などばかりだ。
「おはよう、あら、今日は早いのね」
「うん、寝るのが早すぎたから」
そうこうしていると、母親が起きてきた。
準備していた朝食を食卓に並べると、健二はテレビを見ながらゆっくりとトーストを口にした。
「今日も興味のあるニュースはないな。まあ、そうそう事件があっても困るわけだけど」
いつも以上にのんびりした朝を過ごしていると、いつも見ている番組に切り替わった。そろそろ登校時間だ。
「行ってきます」
玄関を開けると、冬の風が吹き込んでくる。靴を履き、玄関を出ると、その寒さに耐えながら健二は通学路を歩いていった。
母親は健二を送り出すと、再び台所に戻り、珍しいこともあるものねぇ、と呟きながら朝食の片づけを済ます。
片づけをしている間も、テレビはつけっぱなしだ。ニュースなんてものは、画像を見ずとも音声があれば分かるものだ。
「先ほど入りましたニュースです。先日、動物園前の駅の女子トイレで女性が殺害された事件で、被害者の女性の身元が判明しました。被害者の名前は……」
「あ、健二君、おはよう」
高校の近くになると、有子が手を振っているのが見えた。今日はツインテールではなくて、ストレートヘアにしている。髪の長い彼女には、どちらかと言うとこちらの方が似合っている。
「昨日は楽しかったね、ありがとう」
「そうだね。次はどこに行こうか」
健二が話している間にも、有子のクラスメイトらしい女生徒が、有子におはようといいながら通り抜けていく。
「うーん、そうねぇ。……あ、健二君、今日朝のホームルームが終わったら、屋上に来て欲しいんだけど、いいかな?」
「え、うん、いいけど、どうしたの?」
「ちょっと話したいことがあって」
そんな話をしていると、あっという間に高校の校門にたどり着いた。有子のクラスである三組と、健二のクラスである六組は下足箱がすこし離れているため、ここでお別れだ。
「じゃあ、約束ね。絶対来てね」
手を振りながら、友達たちの所へ向かう有子。一体、話とは何なのだろうか。そう思いながら、健二も自分のクラスへ向かった。
「お、健二、おはよう」
「ああ、おはよう」
やってきた宿題を提出すると、健二は自分の席について周りの友人たちと談笑を始めた。
「でさ、この前の続きなんだけどさ」
「ああ、昨日はなんか急に眠くなっちゃって、寝ちゃったんだ。だからやってないんだよ」
「なんだよ、じゃあ今日帰って早速やれよな」
などとゲームの話に花を咲かせていると、ホームルームを告げるチャイムが鳴る。
それと同時に、立ち歩いていた生徒達も着席し、しばらくすると担任の先生が教室に入ってきた。
しばらくすると、ざわめいた教室も徐々に静かになる。
「えー、今日はとても残念なお知らせがあります。もしかしたら知っている人もいるかもしれませんが……」
急に、健二の背中に悪寒が走る。一体何故だろうか。
「三組の、佐藤有子さんが亡くなりました。先ほど、駅の殺人事件の被害者であることがわかり……」
「な……」
健二の顔が引きつる。思わず叫びそうになったが、それを必死にこらえた。
有子は昨日も動物園で一日一緒にいたし、今朝も一緒に登校している。
「……一体、どうなっているんだ?」