断章――最終夜
ヒバナとのつかの間の邂逅。最後に彼女は「贈り物」を紡へ手渡す。そして彼女は再び夢の中で眠る。
――漣が聞こえた。夢の中で僕は海辺に立っている。
波も風も穏やかだけど、遥か彼方の海上には黒い雲が立ち込めていた。
「嵐の前の静けさ。もうすぐ、この穏やかな月夜も終わってしまう。貴方たちは、嵐の中へ飛び込んでいくことになる」
「ヒバナ」
月を背にした白い少女は穏やかに微笑んだ。
「最後の夜ぐらいは、綺麗な星空と月の下で。ううん、この【贈り物】をツムギに渡すなら――」
不意に景色が変わる。
茜色に染まった空、いつかの夕暮れ。顔も思い出せない誰かと、確かに見た景色だ。
「この景色じゃなきゃダメだと思ったの。【彼】を助けられるのはツムギだけ。だから、受け取って」
ヒバナは僕に夕暮れを模したようなアメトリンの結晶を差し出す。
「これは……」
「……思い出して。あの日そばにいたのが誰だったのか。ツムギに、記憶が欠けても忘れられないぐらいの綺麗な夕焼けを見せたのは――」
「……っ!」
指先で触れるとともに結晶は砕けて。その欠片は光となって僕の欠けた記憶を埋めていく。
やがて光が収まると、僕はすべてを思い出した。
「そう、だったんだ。だから、彼は……」
「彼はね、ツムギを目覚めさせるために色々動いてくれていた。夢の世界でも、現実でもね。彼のアルカナの能力を狙う人は多かった。だから、あの子にはもうあまり時間はないの。だけど、シレーナも彼も救える方法はひとつだけ残されている。どうか、その可能性をつかみ取って」
「……わかった。僕が本当に【可能性】なら、ふたりとも助けるよ」
ヒバナはそっと頷く。
「あなたはきっとこのふたりを導く【星】になれるわ。じゃあ、私はそろそろ眠る時間。私自身には大した力はないけれど、【百年前の真実】を狙っている人はとても多い。悪用されないように、深く深く沈めているけれど……きっと、いつかは。ねえ、最後に私と手をつないで」
「こう、かな」
「うん」
そっとふたりの手が重なり合う。淡い光がひとかけら、僕の中へ流れ込んで消えた。
「じゃあ、またね」
「またね、ヒバナ」
――世界が白く染まる。
遠くでかすかにアラームが鳴るのを聞いた。




