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記憶を失った悪役令嬢は、愛した人の罪を告発する  作者: マルコ


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第4話 禁じられた塔

 夜の王都を渡る風が冷たい。

 月は半分、欠けたまま雲間に浮かび、街の明かりをぼんやりと滲ませていた。

 鐘楼が八回鳴ると、城下の職人街ではすでに仕事を終えた人々が灯を落とし始めている。


 けれど、ひとつだけ――煌々と光を放つ塔があった。

 王都の中心にそびえる「聖音塔」。

 祭礼の日には王の演説を全市に響かせるための魔導音響塔であり、

 王家の象徴とも言われる聖域。


 そこに今夜、リリアナは忍び込もうとしていた。


「まさか、ほんとにここを使うなんてね」

 塔の影に潜みながら、テオが小声で笑った。

「王家の放送塔に潜入とか、正気じゃない」


「正気じゃない人間が、真実を残せるのよ。」


 リリアナの声は震えていなかった。

 白いマントに深くフードを被り、右手の手首には包帯が巻かれている。

 包帯の下で茨の紋が微かに光っていた。


 腰には短剣――装飾用ではなく、本物。

 手帳と告発鍵を胸元に忍ばせ、心臓の鼓動と同じリズムで震えている。


 テオが懐から小型の魔導装置を取り出した。

 小さな光球が浮かび上がる。塔の鍵穴の前にかざすと、光が霧のように流れ込み、

 金属音とともに重い扉が静かに開いた。


「三十秒。魔法警備の巡回が来る前に入れ。」


 リリアナは頷き、扉の隙間に身を滑り込ませた。

 中は想像よりも暗く、静寂が支配している。

 螺旋階段が上方へと続き、途中には無数の音響魔導管が並んでいた。


 足音を殺して登る。

 一段ごとに、過去の記憶が少しずつ甦るような錯覚があった。


 ――かつて、ここに立ったことがある。

 告発者ではなく、王太子の婚約者として。


 華やかな式典、民衆の歓声、セドリックが手を取って壇上に導いた瞬間。

 あのときの笑顔を思い出すと、胸が痛む。

 それは愛でも後悔でもなく、「見抜けなかった自分」への怒りだった。


 最上階に着くと、視界が一気に開けた。

 円形の広間の中央に巨大な音響水晶が設置され、

 その周囲を取り囲むように制御盤が並んでいる。

 外壁のガラス越しに、王都の夜景が一望できた。


(ここからなら……祭礼の日、王都全域に声を届けられる)


 リリアナは深呼吸し、鍵石を水晶に差し込んだ。

 淡い青光が走り、浮かび上がる紋章。

 その瞬間、背後の闇が動いた。


「ようやく来たね。」


 低い声。

 振り向くと、そこにセドリックが立っていた。


 月光が彼の髪を照らし、冷たい輝きを帯びている。

 白い軍装、肩章には王家の紋章。

 その手には剣もなく、ただ一輪の白薔薇を持っていた。


「……どうしてここに。」


「君がここに来ると思っていた。

 僕を暴くことより、“真実を伝える場所”を選ぶだろうと。」


 セドリックの声は静かで、少しも怒気を含んでいなかった。

 それが、かえって恐ろしい。


「もうやめよう。リリアナ。

 君が告発すれば、王も民も壊れる。

 この国は、二度と立ち直れない。」


「壊したのはあなたでしょ。

 私が信じた“優しい王子”は、どこにいったの?」


 セドリックはゆっくりと歩み寄った。

 薔薇を床に落とし、彼女の前で膝をつく。

 瞳が夜の光を映す。

 その青の中に、かすかな哀しみがあった。


「まだ……愛してるんだ。」


 リリアナの心臓が跳ねる。

 けれど、その言葉の甘さの裏に、鉄のような冷たさが潜んでいる。

 それを、もう見誤ることはなかった。


「愛してるなら、なぜ嘘をついたの?」

「君が僕を信じてくれなかったからだ。

 王は腐敗していた。民は飢えていた。

 僕は、改革を選んだ――そのために“悪”を引き受けた。」


「その結果、どれだけの人が死んだと思ってるの!」


「……必要な犠牲だ。」


 その瞬間、リリアナの中の何かが切れた。

 頬を伝う涙が熱い。

 彼の手を振り払い、叫ぶ。


「あなたが殺したのは人の命だけじゃない!

 希望も、信頼も、未来も、全部――!」


 その声が塔に反響する。

 音響水晶が反応し、広場の遠くまで声が届いてしまった。

 セドリックの表情が凍る。


「……聞かれたな。」


 リリアナは制御盤に駆け寄り、告発鍵を差し込んだ。

 魔法陣が広がり、王都全域の音響が共鳴する。

 水晶の中に、地下記録庫の映像が投影された。

 過去の自分の声が響く――

 「王太子セドリック・アストレアは、王家を裏切った。」


「やめろ!!」


 セドリックが叫んだ瞬間、空気が震えた。

 魔導封鎖が発動し、塔全体に紅い光が走る。

 音響魔法の回線が遮断され、映像が乱れた。


 リリアナは必死に盤を操作した。

 だが、もう制御が効かない。

 残り時間は数分――それでも、彼女は叫び続けた。


「真実は消せない!!」


 その言葉と同時に、塔の扉が破られた。

 近衛兵がなだれ込み、セドリックの号令で彼女を取り囲む。


「リリアナ・グランツを拘束せよ!」


「やめろ!」

 セドリックが剣を抜く――守るためではない。

 彼女を、これ以上“喋らせない”ために。


 けれど、その瞬間――


 塔の下層から爆音が響いた。

 炎と煙が立ち上り、床が揺れる。

 テオの仕掛けた撹乱魔導だ。


「今だ!」という声が聞こえた気がした。


 リリアナは告発鍵を水晶に押し込み、最後の魔法を放つ。

 光が弾け、塔全体を包んだ。

 映像が王都の夜空に投影される――

 告発録、罪の証、そして“王太子の印”。


 セドリックは目を見開いた。

 そして、呆然と呟いた。


「……君は、僕を滅ぼすのか。」


「違うわ。あなたが、自分を滅ぼしたの。」


 光が塔を飲み込み、音が消えた。

 その中で、リリアナは静かに微笑んだ。

 記憶の奥に眠っていた“あの日”の誓いが、ようやく報われる。


 気がつくと、リリアナは瓦礫の上に倒れていた。

 視界が霞み、空の月が二重に見える。

 遠くで人々の叫び声がする。

 ――「王太子が捕らえられた!」

 ――「証拠が本物だ!」


 世界が変わっていく音がした。


 リリアナは微笑み、血のついた指で胸のポケットを探る。

 そこには、最後に書き残した一枚の手紙。


「これは、あなたへの告発であり、

かつて愛した人への祈りでもある。」


 風が吹き抜け、紙が夜空へ舞い上がる。

 月の光の中で、その手紙はゆっくりと消えていった。

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