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第3話 真夜中の香り

宮中の朝は、霧市よりさらに湿度が高く、石畳の隙間に冷たい霧がたまっている。私は燈草堂の匂いとは違う、宮中特有の香りに包まれながら、側室の部屋を回っていた。昨日の黒い粉の匂いが、まだ微かに布団や衣服に残っている。


「これは偶然の混入ではない」

心の中で繰り返す。匂いは語る。少しずつ、複雑なパターンが浮かび上がってくる。金属成分、硫黄、古い薬草と樹脂の混ざった甘い香り。組み合わせの妙は、偶然では作れない。しかも、誰かが意図的に時間をかけて散らしたとしか思えない。


「蓮、手伝ってもらえる?」

無骨な護衛は、黙って頷く。今日はただの護衛ではなく、匂いの追跡における“安全確保役”だ。手袋を渡し、樹脂の断片を慎重に拾う。


「触れすぎないで。微量でも匂いが飛ぶ」

注意しながら、布の端に残る黒い樹脂を指先で集める。乾燥した小片に、古代香料の甘さがほのかに混ざる。化学成分を頭の中で順番に照合すると、半合成薬品と古い香料の組み合わせ――宮中では禁忌に近い配合だ。


蓮が眉を寄せる。

「……何をしてるんです?」

「匂いを読むのよ。薬草や薬の成分、誰が触れたかまでわかるの」

軽く答えると、彼は少し呆れたように肩をすくめる。嗅覚の世界に慣れない者には、少々奇妙に映るらしい。


昼下がり、侍医の綾目が駆け込む。

「桐子殿、他の側室も症状が出てきました。匂いは何か分かりましたか?」

「微妙だけど……樹脂と古い薬の痕跡。偶然じゃない」

綾目は眉をひそめるが、私の言葉を信じてくれる。こういう時、医学と薬学の連携が助かる。


午後には、宮中の小さな庭に出て、断片を分析。蓮は警戒を怠らず、周囲を監視している。護衛と共に仕事をする感覚は、少し新鮮だ。嗅覚だけで真実を追う私に、体力と判断力で補ってくれる存在――これはなかなか便利だ。


夕方、匂いの組み合わせから次の手がかりが浮かぶ。黒い粉の出どころは、単なる市場の物ではなく、宮中で用いられる古い薬品の保管場所に関係しているらしい。しかも、この樹脂を扱える者は限られている。


「これは……誰かが意図して、側室を狙ったということね」

私は低く呟く。蓮が横でうなずく。二人の間に、静かな協力の空気が流れる。任務としての警護と、薬師としての調査――今、この瞬間だけは二つの立場が一つに重なる。


夜になり、宮中の庭に月光が落ちる。黒い樹脂の小片がわずかに光を反射する。匂いはまだ微かで、次の手がかりはさらに深い場所にある。明日になれば、もっと奥まで追える――桐子の香痕が、宮中に潜む陰謀の輪郭を少しずつ浮かび上がらせる。

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