大手進学塾⑳
俺は、授業後に長谷部さんに連絡をした。
「あ、黒井さん。久しぶりですね、お元気ですか?」
長谷部さんが尋ねた。
「長谷部さん、お久しぶりです。まあまあ、元気にやっています。
ところで……、今日の全社会議の件ですが………」
俺は、水城社長が不在だった件やM&Aについて、長谷部さんに尋ねた。
「実は……、今日の全社会議の前に、水城社長は辞任されたんです………、
そして、退職の道を選ばれました………」
長谷部さんの言葉に、俺は今まで味わったことのない衝撃を受けた。
(辞任……、水城社長が会社を辞めた………)
俺が何も言えずにいると、長谷部さんが続けた。
「私も信じられなかったんですが、2週間ほど前に、水城社長に様々な嫌疑がかけられまして……」
(嫌疑って………)
声にならなかった……、でも長谷部さんは俺の気持ちを察してくれたようで、話を続けた。
「会社資金の横領、アンケートの捏造、社内不倫、パワハラ………、10項目くらいありました。証拠も何点か出されたため、私も何も言えず……」
証拠のためか……、突然の事態のためか……、幹部社員の誰一人として、水城社長を庇う者はいなかったらしい。
「…………その疑惑って、誰が言い出したんですか?」
俺が尋ねた。
「岡本副社長です。」
長谷部さんが答えた。
点と点がつながり始めた………。
(会社のために頑張ってきた人間を、こんなにも簡単に切ってしまうのか……?)
怒りや悲しみ、喪失感など、たくさんの負の感情が溢れてきた………。
会社に対して不信感しかなかった……。
「なんで、誰も水城社長を信じなかったんだ!」
「なんで、誰も水城社長を守ってやれなかったんだ!」
そう叫びたかった。
しかし、自分がその場にいたとしても、証拠がある以上、それが出来たかどうか…………。
心の中が黒い霧に覆われたようだった。
「M&Aのことについては、私も今日知ったので、詳しくは分からないんです………」
長谷部さんがそう言っていたが、俺はもう脱け殻のようになっていた……。
臨時の全社会議から、1か月が過ぎた。
俺は、心の中にモヤモヤした感情を抱えながら、業務にあたっていた。
エリアの社員と会うたびに………
生徒たちの純粋な笑顔を見るたびに………
真摯に仕事に向き合えていない自分……
情熱を持って指導にあたれていない自分……
それらを感じるたびに罪悪感が生まれた。
自分は、みんなの上司としてここにいて良いのだろうか……
教育者として、教壇に立ち続けて良いのだろうか……
俺は、長年勤めたこの会社を辞めることを決意した。




