大手進学塾⑲
(なぜだ……? 副社長が、なぜ出てこないんだ……?)
俺は胸騒ぎを覚えた………。
今までの全社会議は、毎回副社長の岡本さんが最初に挨拶をし、司会を務めていた。しかし、今回はそれが違っていた。
(まさか………、辞めたのでは……?)
いつも通り社訓の唱和がおこなわれた。
「……………それでは、本日の全社会議の内容に関して、岡本さんからお話しいただきます。」
米山さんがそう言った。
それを聞いて、俺は安心した。
しかし、その安心は後に絶望に変わる………
「本日は皆さんに嬉しいお知らせがあり、急ではありましたが全社会議を開催させていただきました。」
岡本さんが言った。
(嬉しいお知らせ……?)
「我が社は予てより、日本一の塾を目指してきました。日本全国への拡大を進める中で様々な障害がありましたが、皆さんの情熱や努力でそれらを乗り越えてきました。本当にありがとうございます。」
岡本さんはそう言って、深々と頭を下げた。
「しかし……、様々な県への出店を続ける中で………、どうしても自社だけでは乗り越えられない壁が出てきました。そこで……、私たち経営陣はある決断をしました………」
岡本さんが間を取る。
「………それが、M&Aです。」
(M&A……? 買収されたってこと………?)
エリアの皆も驚きの顔を隠せない……。
(………一体どこに……?)
副社長が話を続けた。
「………それでは、ここから『株式会社神村塾』の代表取締役 神村篤さんより、お話しいただきます。」
(神村塾!! 塾業界の最大手………。確か上場もしていたような……)
神村塾は全国に2000教室以上を展開している個別指導塾。
俺たちの会社は個別指導もやっていたが、集団指導がメインだった。
同じ塾業界ではあるが、畑違い。
集団指導の場合、校舎長が授業をすることが多い。
しかし、個別指導の場合には、指導はアルバイトの先生が中心で、校舎長は管理や運営が中心になる。
「初めまして、皆さん。神村塾の代表取締役、神村篤と言います。今回、このように、皆さんと協力関係を結ぶことができ、大変嬉しく思います。」
神村さんは、そう言ってにこやかに笑った。
そして、次のように続けた。
「M&Aと聞いて不安になられた方もいると思いますが、ご安心ください。皆さんの普段の業務内容が大きく変わることはありません。寧ろ、当社のシステムを使うことで業務効率が飛躍的に改善されます。経営に関しても、私たちが口出しすることはなく、岡本さんが中心となって行っていきます。」
(岡本さんが中心となって……? どういうことだ? 水城社長は……?)
エリアのみんなは、「M&Aへの不安」、「具体的に自分たちの動きがどう変わるのか」、「何が改善されるのか」などを口々にしていた。
困惑が大きかったようで、水城社長の件に気づいていないようだった………。
俺は頭が真っ白になり、その後の話は上の空だった。
……
……
……
「以上で、本日の臨時全社会議を終わります。今日も生徒一人一人の幸せのため頑張りましょう。」
米山さんがそう言って、臨時全社会議は終了した。
(エリアのみんなも不安に思っていることが多いはず………。俺が冷静にならなくては……。)
俺の様子に気づいてか、岩田さんがみんなに声をかけてくれた。
「まあ、色々と不安があるとは思うけど、俺たちがやることは変わらないから………。不安な顔で生徒を出迎えられないだろう? 一気に情報が出てきたから、整理しきれていないところもあると思う。
気になること、不安に思うことは、明日の朝礼で話し合うことにしませんか、黒井さん?」
「………はい、そうですね。じゃあ、明日の朝礼で話し合いの時間を設けましょうか。皆さん、それで大丈夫ですか?」
俺がそう言うと、全員が賛同してくれた。
……
……
……
「岩田さん、先ほどはありがとうございました。」
俺が岩田さんにお礼を伝える。
「いえいえ。………気になることが多い会議でしたね……。水城社長がいらっしゃらなかったこともそうですが、『自社だけで乗り越えられない壁』が何なのか、いつ頃からM&Aの話が進んでいたのか………。経営状況は悪くなかったので、急いで買収される必要はなかったはず……。
黒井さん、一度、長谷部さんに、連絡をとってみてはいかがですか? 幹部社員なら、何か知っているかも知れません。」
岩田さんが、言った。
「確かに……、そうですね。今日の授業が終わったら、長谷部さんに連絡してみます。」




