怪奇現象は勘弁してください。
「うー」
不貞腐れたので適当に床に寝転がる。
床がすり抜けるなんてことも無く、ただただひんやり冷たい床の感触。幽霊と言えば鏡に映らず、実体が無いので触れることができないと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
これ、実は私死んでないんじゃない?なんて思ったりもするけど、足が透けてて、ふよふよ浮いてて、おまけに直前にナイフで刺されている。これが幽霊じゃなければ何なのだ。
・・・というか私、もうすぐ念願の高校生だったのに!それなのに交通事故で死んで転生したと思ったら今度は即刺されて!ひどくない!?いや、まあ前者は浮かれ過ぎた挙句に信号を全く見て無かった自分の自業自得なのだけど!でも後者は違くない!?神様は残酷だよ、もう。
しばらく床で拗ねていたものの、未だどうすればいいのか分からないままなので諦めて近くを散策することにした。というかこの部屋には私一人しかいないのに何やってんだろ、と理性が働いた結果である。突っ込んでくれる人がいないと寂しいものだ。
せっかくなので幽霊特権でふよふよ浮きながら探索する。なるほど、空を飛びながら探索って結構新鮮で楽しい。自分がドローンにでもなった気分だ。
この洋館はどうやらどこぞのお貴族様のお屋敷のようで、大広間が四つ、庭が二つ、浴室二つ、調理室二つ、その他個室が二十以上とかなりの広さだ。いや、他はまだしも調理室二つって何に使ってたの!?正直意味が分からなかった。
ちなみに私が最初にいた部屋はどうやらこの屋敷の主人らしき人が使っていたようだ。何と言っても家具が一際豪華だったし。
一通り回りきって先程の部屋に戻る。やはりというか、この洋館には私以外誰もいないようだ。そして分かったことはもう一つ。
「私、ここから出られないみたいね」
開かれた窓へ手を伸ばすと、ビリッとしたものが全身を走り、それ以上進めない。少し前、玄関から外の様子を確認しようと思ったのだが、玄関の扉だけは開くことができなかった。立て付けが悪い可能性も考えたので他の場所から外に出ようと思ったのだが、先程のように弾かれてしまう。庭までなら出れたのだが、塀に阻まれて無理だった。幽霊なんだし上空から、というのも考えたが、敷地を越えようとするとやはり弾かれた。
恐らく玄関の扉も、不思議な力か何かで開くことは無いのだろう。一定の土地から離れられないって、地縛霊か何かなの?この場所に思い入れとかそんなのは無いのだけど。
「これ、どうすればいいんだろう」
思わずぼそりと呟く。神様というのは本当に理不尽だ。せめて生身の体ならともかく、既に死んだ幽霊にいったい何をしろというのだ。しかも移動制限付きって。
「どうせなら現代日本のマンションとかならよかったのに。そうしたらスマートフォンもテレビも漫画だってあったかもしれないのに」
適当に部屋のクローゼットやら棚やらを物色してみたが、何にもなかった。
「でも本当に何もないわね・・・?」
家具こそ置いてあれど、装飾品の類は一切ない。こんな立派な屋敷なのだ。絵画や宝石の一つや二つ、あってもおかしくないはずだ。家主が売り払ったとしても、こんな高そうな家具を放置するだろうか?
ふと生じた不安感に先程まで見ていた部屋が一転し、不気味なものに見えてくる。高級感があるのにどことなく年季が入っていて、それこそホラー映画の舞台にありそうで・・・。
「ま、まさかね」
自分で考えておいて自分から否定する。だって先程まであれだけ動き回っていたんだ。この屋敷がそんな屋敷だったなら、とっくのとうに出ているはずだ。ほら、呪いの人形とかそういうタイプが。
うん、そうだ。気のせいだ。この違和感はきっと気のせ――
ガタッ
「ひっ」
反射的に飛び跳ねる。なに?さっきのガタッて。私何もしてないよ?だって今浮いてるから。
ガタガタッ
冷汗が流れていくのを感じる。
お願いだからまって。私本当におばけとか苦手なんだけど!
私はお化け屋敷や幽霊スポットみたいなところは絶対行かない主義なのだ。「怖いの?」って煽られたことも確かにあったけど、怖いものは怖い。妙なプライドを持つより全力で逃げるタイプの人間だった。怖いのに無理しても心が死ぬだけだ。
幼い頃、一度だけ父の持ってたホラー漫画を読もうとしたことがあるのだが、表紙を見ただけで無理だった。目が真っ黒で涙が血のようで。読む前にリタイアした。今でもあの漫画は私にとってトラウマとなっている。
しかし父からホラー漫画の王道的なのは聞かされていた。怖がる子供に怖い話を聞かせ続けるダメ親父だったのだ。怖がる私に面白がって色々な話を聞かせてきたっけ。増え続けるゾンピとか、人を呪い殺す幽霊とか。聞かされた直後は失神した。
つまるところ、私のホラー耐性は皆無と言っても過言ではない。王道の怪談話でさえも怖いのに、何が起こるか分からない今この状態。幽霊でも出てきそうな雰囲気に、思わず蹲る。
今の私も同じようなもののはずだが、自分のことは棚に上げ震えあがる私をあざ笑うかのように、その音は大きくなっていく。
ガタッ
ガタガタッ
ガタガタガタッ
「か、勘弁してよぉ・・・」