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ゴミ・シリーズ

剣鬼と呼ばれた老人と辺境伯の美少女

作者: XI
掲載日:2024/02/28

*****


 かつて「剣鬼(けんき)」と呼ばれ、恐れられたセイレン・リーオーは六十二歳。

 前線に立っていた時間は、彼にとってもはや古い記憶と化しつつある。


 騎士を退いたら悠悠自適の日々を送ろうと決めていたセイレンであるが、定年による勇退に際し、軍部からの引き留めに遭った。「剣鬼の剣技を若い剣士に伝えてほしい」と依頼されたのである。理解できる話だった。自分が得たものを後進に残したいという思いもなくはなかった。だが、面倒さが勝った。そこでその旨、正直に伝えたところ、身も蓋もないことを言われた。


「おまえ暇だろ? 独り身なんだし」


 准将スコット・ガイルの言葉である。上司であることに間違いはないが、それ以前に気が置けない、同い年の(とも)である。将軍になる以前、剣がまだ飾りになっていなかった頃のスコットは若さに任せて同時期に三人の恋人を作り、三人とも妊娠させた。――が、そんなとんでもない男を「性欲の化物」と罵ることができないのがじつはセイレンであって、それはなぜかというと、当時の彼はスコットと「抱いた女の数」を競ったりしていたからだ。顔から火が出るなんて言わない。ただひたすらに若気の至りであり、だからセイレン、昔の自分は怖ろしく馬鹿だったなと思っている。そこには嘘偽りなどない。反省はしていないが。


 どこかで病気をうつされ、性器の奥に響く鈍痛に悩まされやむなく上官に話して休みを得ようとしたところ、それがきっかけで、地位をはく奪されそうになった――ということもあった。苦い過去である。愚かな経験とも言う。長く患うようなことになっていたら、ただの「剣鬼」ではなく、「性病の剣鬼」だったかもしれない。そう考えると多少はぞっとする。


 生来の怠け者気質がしきりに顔を覗かせるせいか、剣技を教えるにあたってもいまひとつ熱心さが足りないと、セイレン自身、わかっている。戦場の緊張感があってこそのニンゲンなので、稽古の時間は退屈でしかなく、どうしてもいい加減な指導になってしまうのだ。真剣にやってるっぽく見せることはできるので、教え子らからは概ね慕われている――が、それではいけないとも思う――が、それでもいいかもしれないとも思っている。


 自らを凌ぐ若者がいまだ現れないことを、セイレンは少々残念に感じている。国の未来を憂う気持ちくらいは、彼にだってあるのだ。



*****


 部下の青年を通して、スコット・ガイル准将から呼び出しを受けたセイレンである。


 准将の執務室を訪れ、大仰な机の向こうの立派な椅子に座ってパイプをくわえている彼に敬礼をしてみせてから、「閣下、セイレン・リーオー、参りました」とそれなりに声を張った。すると准将は「普段着でいい」と応えた。だったらと思い、セイレンは遠慮なく、「スコット、何の用だ?」と訊ねた。「頼まれ事を頼まれた」と返ってきた。頼まれ事を頼まれた? まったく、妙な言い回しをする男である。賢くないのではない。変わり者なのだ。


「北のファスト州の長官が亡くなったことは知っているか?」


 世事に疎いセイレンは「知らないな」と答えた。すると「まあ、おまえは変人だからな」と変わり者から馬鹿にされた。心外に思った――が、それを口に出すのも顔に出すのもめんどくさいので、何もアクションは起こさない。


「明日明後日にも新しいニンゲンが職を引き継ぐ。それに際し、騎士選考会が執り行われることになった」


 騎士選考会。

 新任の長官の専属騎士を選ぶための競技会のような催事――。


 腕を組み、セイレンは首をかしげた。


「私に何の関係が?」

「おまえは外見がいい。清潔感もある。いつもきちんと髭を剃るし、髪はきっちり七三だ」


 髭を剃るのも髪を整えるのも当然だと考えるセイレンである。身なりくらいはきちんとするのだ。紳士たれとまでは思わないまでも、みすぼらしいのは良くないだろう。


「スコット、一応、言っておく。私はゆるーくだらりと生きたいんだ。仕事は極力振らないでもらいたい」

「だが、仕事の話だ。とっとと話そう。選考会で主賓をもてなしてもらいたい。案内役だ」


 面倒だなというのが率直なところ。

 しかし、案内するくらいならいいかとも思う。

 訓練時と同様、どれだけあくびを噛み殺すことになるかはわからないが。


「いつだ?」

「今日だ」

「早いな」

「着任は明日明後日の話だと言ったろう?」パイプをぷかぷか吹かす、スコット。「じつはここを訪れることになっている。段取りというやつだ」


 まもなく、出入り口の戸がノックされ――。


「入りたまえ」


 スコットの低い声はよく通る。


 がちゃりとドアノブが鳴り、入ってきたのは――。


 金ボタンで前が留まっている濃緑色の上着に、タイトな純白のズボン、黒色の長い軍靴。肩までの金髪が非常に美しく、じつに綺麗な橙色の目をした――それは少女だった。十七、八といったところだろう。


「准将閣下、呼ばれたから、きーたよ」


 少女の声は高い。

 ふざけた口振りなのはなぜだろう。


「紹介する。レナス・マルカル辺境伯だ。つい先日、爵位を引き継がれた」


 セイレンは、隣に進み出た少女を見下ろす。


 辺境伯?

 レナス・マルカル?


 少女――レナス辺境伯はにこっと笑うと、「あなたが伝説の剣鬼なんだね。よろしくね」と言って、右手を差し出してきた。眉を顰めながらも握手に応じたセイレン。握り合うと、辺境伯はその手をぶんぶんと激しく縦に振った。


「もう大丈夫だな、もはや仲良しだな、セイレン、行っていいぞ」


 早口のスコット。

 出ていけと言わんばかりに、しっしと手を振ったりもする。


 今度は辺境伯、「行こう行こう」とセイレンの右手を両手でぐいぐい引っ張る。「カフェに行こう。おいしい紅茶を奢ってあげる」ということらしい。やむなく歩を進める。執務室を出るとき、「間違っても、手を出すんじゃないぞ」とスコットに忠告された。この男にだけは言われたくなかった。



*****


 カフェ――テラス席。


 太陽が少々がんばっている感がある。従って、温かい紅茶はあまりうまくない。レナス辺境伯は額の汗を袖で拭った。店内に入るべきだと思ったのだが、にこっと笑ってみせられたので、言葉を口にするのはやめておいた。


 丸いテーブルの向こうに座る辺境伯は「親睦を深めようと思ったのです」と言って、「今日一日、ご一緒いただくわけですから」と続けた。


 たった一日付き合うだけなのに親睦を深める必要などあるのだろうか――などとは考えないセイレンである。べつに少女と茶を飲む時間があってもいい――なくてもいいが。


「髪が真っ白になっても、雰囲気は衰えないんだね。オーラがあるよ、オーラだよ。すごいすごいっ」えらくはしゃぐ辺境伯である。「あたしのことはレナスでいいからね、あらためてよろしくぅっ!」


 なんともはつらつとした人物である。


「お父様を亡くされた、と」

「おっ、やっとしゃべった。いい声じゃん」


 たまに渋い声だと褒められることはあるが――。


「そうなんだ。いきなり死んじゃったんだ。久しぶりに馬術なんかをやってみたところ、落馬して頭打ってそのままだったんだって、あはははは」


 楽天家でもあるようだ。


「ファスト州、でしたか」

「うん。すぐに長官に就くことになるから、騎士もさっさと決めないとね」腕を組み、うんうんと頷いたレナス。「いいヒトいそう? あなたの目から見るとどんな感じ?」

「有望株はおります」


 じつは高くはないレベルでどんぐりの背比べなのだとは、セイレン、言わない。


「ところでさ、剣鬼さん、おじいさん」

「一応、セイレン・リーオーという名があります」

「あっ、ごめんごめん。じゃ、セイレンね」レナスは悪戯っぽくぺろっと舌を出した。「でさ、これからあたしが住むことになるファスト州ってどんなところ? 知ってる?」

「しばらくのあいだ、現地にいたことがあります。国境の手前で警戒にあたっておりました」

「北の備えが一番大事って、ほんとうなの?」

「はい。我が国は平和と言って差し支えのない状況にありますが、北は別です。外交が効果を発揮しない場面もあります。いつ攻めてこようと、私は驚きません」

「やばいじゃん」

「そうです。だからこそ、あなたのような少女を長官に据える理由が、私にはわからないのです」

「メチャクチャ優秀だからかなぁ。学校も飛び級しまくったしなぁ」


 誰より頭が回って、誰より剣が達者なら、少女の着任もあり得るのかもしれない。

 案外、成り行きだけの人事というわけでもないのだろうか。


「辺境伯」

「レナスでいいってば」

「レナス、私が言える立場ではないのですが――」

「敬語もやめてってば」

「私が言える立場ではないんだが」セイレンは顎に右手をやった。「どう考えても断ったほうがいい。いざとなったら、北は“ダスト”と手を組む。その実績がある」

「“ダスト”って、あの?」レナスには心当たりがあるらしい。「具体的にはどんな奴?」


 セイレンは「私たちは『紫肌(むらさきはだ)』と呼んでいた」と言い、「とりわけ身体が大きい。強いぞ」と、なかば脅かすつもりで告げた。すると「怖いなぁ」と応えたレナス――であるが、笑顔は崩さない。


「世の中にはどんな“ダスト”もものともしない、“掃除人”っていうのがいるって聞くよ? 雇えないかな?」

「参考になるかはわからないが、私が接した“掃除人”は、きっと、ヒトに使われることを嫌う」

「えっ、知り合いがいるの?」


 知り合いではない。

 セイレンはそう断った上で――。


「紫肌とともに攻め込んできたことがあってな。それはもう多大なる被害を被ったものだ」

「そうなの?」レナスは眉を寄せ、首をかしげた。「“掃除人”なのにヒトを殺すの? それってちがくない?」

「ヒトに仇をなす存在。“ダスト”の定義はそれだけだ。ヒトにとってヒトが敵となるのが戦争であり、そうである以上、誰かにとって誰かは“ダスト”なんだ」小さく肩をすくめてみせた、セイレン。「小難しいか?」

「うん」と答えて、レナスは困ったように笑った。「でも、だいたいわかった。たとえば“掃除人”にとっては、自分が攻撃するすべてが“ダスト”だってことなんだね」


 セイレンは心の中で拍手を送った。

 そのとおりだからだ。

 賢く、また感じ方がなかなかに素晴らしい。


「そろそろ行くとしよう。レナスがいなければ始まるものも始まらない」

「そうだね」


 二人して、椅子から腰を上げた。


「今さらではあるが、外出するときは警護をつけるべきだ」

「今日は剣鬼がいるからいいかな、って」


 えへへと笑ったレナス。

 ほんとうによく笑う少女である。

 そして、どの笑顔もとても愛らしい。



*****


 騎士選考会――。

 兵の訓練場で行われる、一対一の勝ち抜き戦だ。


 両者を左右に見る特等席にレナスが座り、セイレンは彼女の左隣に立っている。レナスは自らの騎士となる者を自分で選ぶ権利がある。だから真剣に見守っているわけだが――。


 一通り観戦し、参加者が出揃ったとき、レナスがくいくいと手招きしてみせた。セイレンは大きく腰を折って、彼女の顔に耳を近づけた。


「困ったぜ。どいつもこいつもパッとしないんだぜ」


 それはまあ、そのとおりだ。訓練を引き受ける教官として、申し訳なく思う。――が、誰かを選んでもらわなければならない。なにせ文字通り、選考会なのだから。しかし試合が進んでも、レナスの表情はいっこうに冴えない。セイレンはいよいよ退屈になってきた。あくびを噛み殺したりなんかする。昼寝がしたい。今、ベッドに入ったら三秒とかからずに眠る自信がある。案内役なんて引き受けなければよかったと思う。辺境伯とはいえ少女のお守りをさせられ、到底一人前とは言えない教え子らの剣さばきを見せられる。まったく虚しいやら悲しいやら。


 次は準決勝という段でのことだった――。


 いきなりレナスが勢い良く立ち上がり、大きな声で「やめよう!」と言ったのだ。眠い目をこすりながら、セイレンは「どうされました?」と、周りの目もあるので敬語で訊いた。


「もうダメ! 無理っ! 悪いがきみたちにあたしの命は預けられん!」


 これから戦おうとしている二人も、審判を務める男も、周囲にいる軍の関係者らもそれ以外も、みなが驚き、唖然となった。だが、セイレンはこうなるような気がしていた。この事態をなんとなく予測していた。だからといって――。


「しかし辺境伯、決めていただく必要があります」

「セイレン、また敬語になってるぉ?」

「お決めになってください」

「わかった! 決めた!」


 セイレンがあたしの騎士になって!!

 まるでみなに宣言するように、レナスが叫んだ。


 それを受けてセイレン、「絶対に嫌でございます」と言い、あくびをしてから身を翻した。てくてく歩いて場をあとにする。レナスが追ってきたらしい。後ろから飛びついてきた。「やだやだやだ! あたしはセイレンがいい!」などと身勝手をのたまいながら「一緒にファストに行こう!」とかほざく――おっしゃる。


「独身なんでしょ?」


 それは関係ない。


「遠くに行くのがヤなの?」


 そういうことでもない。


「見てのとおり、私は完全に老人だ。この頃、疲れやすいんだ。最近、また痩せたんだ。そしてずっと頻尿なんだ」

「あははははっ、頻尿とか、あははははは」

「私はもう剣鬼じゃない。剣鬼はもう、いない」


 幾分真剣に言ったからか、レナスは背中にしがみつくのをやめてくれた。だが、今度はしなだれかかるようにして右腕に両腕を絡ませてきた。駄々っ子のような彼女を、セイレンは引きずりながら歩く。訓練場を出たところで足を止めた。そこでようやく離れてくれた。俯くレナス。顔を上げたとき、彼女の大きな両の瞳からは涙が溢れていた。


「パパが死んじゃって、爵位は継いだけど、がんばってみようって思ったけど、もう泣いちゃってるけど、泣きたくなるくらい不安なの。ねぇ、セイレン。あたしを助けて? お願いだから……」


 見つめ合う。

 おじいさんだけどイイ男じゃん。

 そう言って、レナスは泣きながら笑ってみせた。


 左胸のポケットから取り出した白いハンカチを貸してやった。

 レナスは涙を拭うと、チーンと派手に鼻までかんだ。

 ドロドロになってしまった布切れなどもう要らない。


 剣鬼はもはやいないと教えてやったにもかかわらず、何を期待しているのか。


 ――まあ、いいか。

 齢六十二にしての現場復帰。

 この少女の行く末に関与し、場合によってはこの少女のために死んでやるのも一興だろう――と思うことにしよう。


 セイレンは自分がテキトーなニンゲンであることにとにかく自覚的で、だから命を懸ける決定も、簡単に下すことができる。


 のちの人生、レナスに捧げよう。

 死ぬまで彼女の騎士として生きよう。


 これは決意であり、決断だ。



*****


 ――レナスの執務室。

 彼女は今日も机に向かっている。


 セイレンは抱えてきた書類をどさっと机に置いた。「うげげっ、まだあるの!?」とレナスはどひゃっと身を引いた。しかしすぐに作業に戻る。


「くぅーっ! ハンコ押しすぎて右手の感覚がもうないっつーの。なんで嫌がらせみたいにしてこんなに紙が届くわけ?」

「それはあなた――もとい、おまえが嘆願書にはすべて目を通すと言ったからだ」

「ああ、言ったさ、言ったとも! でも、目を通したかっただけなんですけど? 聞き入れる聞き入れないの判断なんて、じつは誰にやってもらってもかまわないんですけど?」

「ヒトはそれをわがままと言う」来客用のソファに腰を下ろした、セイレン。「終わったら呼んでほしい。私は寝る」

「ずるーい!」


 出入り口の戸が激しくノックされたのは、そのときだった。

 威厳の欠片もなく「入っていいぉーっ!」と応えたのはもちろん、レナス。


 戸を開け、姿を現したのはまだ若い執事だった。彼はレナスに「どうしたの?」と訊かれると、えらく取り乱した様子で、「ききっ、北の国境を越え敵軍が!」と答えた。「“ダスト”も――紫肌までいるとの報です!」とのこと。


 紫肌。久しぶりの来訪だ。陣取り合戦に持ち込みたいのではなく、ただただ殺戮を楽しみたいのだろう。そういう連中だ。


 私が行こうと、セイレンは言った。


「あたしも行く!」

「レナス、馬鹿を言うな」

「だって、セイレンはあたしの騎士じゃん。あたしのそばにいないとダメじゃん」

「わかった。じゃあ行かない」

「やだ! 行くの!!」


 準備してくると言って、レナスは走って出ていった。

 まったく、とんだおてんばである。


 とはいえ、連れていっても大丈夫だろうと思う。

 セイレンの教え子の中で、レナスは一番優秀だ。

 紫肌が相手だろうが、後れを取ったりしないだろう。

 いつか、彼女が剣鬼と呼ばれるようになるかもしれない。

 ――いや、女に鬼は失礼か……なんて言うと、多様性の時代、怒られてしまうのだろうか。


 目を開け、ソファからゆっくりと立ち上がる。


 いざ戦場へ――いや、その前に寄るところがある。


 セイレン・リーオー。

 今日も彼はトイレが近い。


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