第2話:健康診断「大きな病院で診てもらってくださいね」
俺は家に帰ると、風呂にも入らず倒れ込むようにソファーに寝そべった。
「もうやだ。 生きるの辛ぇ」
何をやってもうまくいかない。
オーナーにはいびられ、バイトには馬鹿にされ、理不尽な要求するお客様にも腹が立つ。 辞めたいと毎日思う。 最近、ずっと胃が痛い。
「あ、そろそろか」
そこ俺はふと思い出す。 そろそろ健康診断の時期だと。
常に人手不足の我が店舗である。 いつも俺がシフトの穴埋めをしているが、なぜかオーナーは健康診断の時だけは休ませくれるのだ。
「そこはよりも労働時間を改善して欲しいんだが」
とはいえほとんど休みなく働いている俺にとって、健康診断とはいえ出勤しなくて良いならばもはや休日と言っていい。
「よっしゃ! さっさと終わらせて自由を満喫するぞ!」
見たかったアニメや漫画やゲームが積み上がっているのだ。
休みが俺にとっての人生――そんな呑気なことを考えていられたのは、今まで至って健康体だったから。 何かあってもストレス性のもので、大病を患っているなんて思ってもみなかったのだ――――
『大きな病院で検査してもらってくださいね』
「まじかよ」
検査に引っかかった俺は医師に渡された紹介状を持って、検査した足で病院をはしごすることになった。
医者曰く、脳に何かできているため急を要するらしい。
「俺、死ぬの……? いやいや、大丈夫だろ。 うん、大丈夫」
気持ちを落ち着かせようと大学病院の待合室で呟いてみるが、貧乏ゆすりは止まらない。
そして俺の順番となり、大掛かりな検査を終えて俺は固唾を飲んで医師の言葉を待った。
「ふむ」
「せ。先生! 大丈夫ですよね? 病気なんかじゃないですよね?」
「病気……ではない」
俺は聞きたかった言葉を聞けて、心底安堵した。 しかし医師の表情は険しいままだ。
「私は冗談はあまり好きではない」
「へ? はあ」
唐突な言葉の意味が分からず俺は眉をひそめて曖昧な返事を返した。
「君の脳には確かに影がある」
「ええ?!」
「ただしそれはガンでも血だまりでもない――
――ダンジョンだ」
俺は医師の言っている言葉を理解できずに、首を傾げた。
「君の頭にはダンジョンが出来ている」
しかし医師はありえない現実を突きつけるように、真剣な瞳でそう言いなおした。
「は? いや、ダンジョンってそんなの」
「聞いたことがない事例だ。 ただありえないということはない」
ダンジョンについては、出現から二年経った今でも分からないことが多い。 というかほとんど何も分かっていないらしい。
とりあえずダンジョンにはモンスターがいて、それを定期的に間引かないとダンジョンの外へ溢れ出してしまうこと。 そしてダンジョンから得られる品は、未知のエネルギーを宿していて、非常に有用であること。
ダンジョンが何のために生まれ、どのような場所に出現するのか、モンスターとは何者なのか、なんてことは誰も知らない。
だから今まで起きなかっただけで、人の脳にダンジョンができることを否定することはできないということだ。
「分かりました。 分からないけど、一旦分かったということにしまして。 なら治療法は? そもそもほっといても大丈夫とか――」
「正直、私に出来ることはない。 ただダンジョンに関して、素人の私見だが速やかにダンジョンを攻略することをオススメする。 それが出来るかどうかは、一旦置いておいてね」
ダンジョンを攻略することは、世界的にもほとんど事例のないことだ。
成せば世界に名が知れ渡り、歴史に名を刻むほどの偉業である。 それを貧弱スキル持ちで、探索者でもない俺に出来るわけがない。
そして冒険者を雇うのにも、莫大な報酬が必要だ。
俺は忙しくて使う暇もないため、金は溜まっている。 しかしダンジョン攻略の報酬など、薄給な一般人の貯金で支払えるとは到底思えない。
「……ありがとうございました。 頑張ってみます」
「とりあえず冒険者ギルドに報告はさせてもらうよ」
「はい、もうなんでもいいです」
ダンジョンを発見した者は速やかに報告すべし、ダンジョンが出来てから制定された法律のため拒否権はない。
そもそも断る意味も、気力もない俺はおざなりに言い捨てて立ち上がった。
「あー、どうっすかな」
どうやって帰ってきたか記憶がない。 気づけば俺は自分の部屋で辞めたはずのタバコをふかしていた。
「なんも考えたくねえ」
どうにかなるビジョンは浮かばない。 現実逃避したくとも、こんな時にゲームなんてする気も起きなかった。
「久しぶりにやるか」
俺はそう言って、火を消して目を瞑った。
そして自他ともに認める悪い意味でユニークなスキルを発動する。
「練習開始」
黒い瞼の裏だった視界が、真っ白に染まる。
目の前には、
「ゴブ!」
「よう、サンドバック」
緑の体、棍棒を振り回すモンスター、ゴブリンがいた。
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