第12話:日常
「いらっしゃいませ!」
店内に俺のはつらつとした声が響く。
俺は結局、専業で冒険者になることを選択しなかった。 代わりに週末だけ冒険者として活動することになったのだ。
超絶ブラックな職場なので、休みはゼロに等しかった。
しかし今回、田中の口添えもとい圧力によって俺は週に二回も休日をもらえることになった。 俺が朝から元気な理由はそのためだ。
しかしそんな気分に水を差されてしまった。
――ぱしゃ
「もう一回言ってみろよ」
俺は顔に浴びせられたお冷を拭いながら、男に頭を下げた。
「他のお客様のご迷惑ですので、声量を抑えていただきたく――」
「ああ?! お前みたいな一般人が俺に指図すんなや! 俺たちは冒険者だぞ?」
この店はダンジョンが近いため、冒険者の方も多く利用する。 冒険者といっても粗野な人ばかりではない。 しかし一部、「弱い奴をまもってやっている俺ら」ということを盾に、無茶な要求をする者もいる。
「おいおい、なんだこいつのスキル! みんな鑑定して見ろよ!」
人々は一人一つ以上のスキルを得ている。 現代においてそれは相手を図る重要なステータスの一つとなっていた。
そして冒険者ギルドで無料配布されている「簡易鑑定眼鏡」によって、それは容姿のように隠すことのできないものになってしまった。
「ぎゃはっは、練習モード? なんだよ、それ」
そして使えないスキルの持ち主は蔑視の対象となる。
俺のスキル練習モードは、ふざけた名前をしているので鑑定されると高確率で笑われる。
「ちょっとうるさいんだけど」
心を殺して愛想笑いをしていると、横からイラついた少女が呟いた。
「あ? てめえも俺らに歯向かうのか!?」
「歯向かうっていうか事実を言ってるだけ」
「……痛い目に合いたいらしいな」
冒険者の男が立ち上がり、止める間もなく拳を振るった。
モンスターを倒すとレベルが上がり、身体能力も上昇する。 故に冒険者の拳が当たれば一般人はひとたまりもない。
「はぇ?」
しかし少女は涼しい顔で男の拳を受け止めた。
「武力を行使するなら、こちらも対抗するけどいい? ああ、そうだ申し遅れたわね」
茫然としている男の返事を待たずに、少女は懐から冒険者の証である金色のカードを取り出した。
「初めまして、私はA級の一星夜子。 どうぞお見知りおきを」
「え、えええA級?! しかも一星って」
「神出鬼没の死神って噂の!?」
彼女はかなり有名な冒険者だ。 強さもそうだが、ソロで活動している冒険者はかなり珍しい。
故に強さも折り紙付き、加えて彼女の武器が大鎌であるため噂も尾ひれがつきまくった噂が流れている。
「ねえ」
彼女のなんて事のない一言にぞっとする。
喉元に刃を突き付けられたような殺気。 横に居る俺でさえ震えあがるようなそれは、直接向けられている冒険者がどうなるかは分かり切っていた。
「す、すいませんでしたぁぁぁ」
「今日のところは許してやるぅぅぅぅぅ」
「ちょ、逃げるな! 無銭飲食!」
捨て台詞を残して走り去る冒険者を、少女が焦ったように静止するが彼らは止まることなく去って行った。
「ありがとうございました。 助かりました」
心からの感謝を込めて頭を下げると、彼女の方もなぜか頭を下げた。
「ごめんなさい、無銭飲食になっちゃって」
「いえいえ、お気になさらず。 悪いのは彼らでしかありませんから」
真っ白な肌に、灰色の瞳、髪は黒い長髪、少女を一言で表すとしたらモノクロ。 彼女は近所のダンジョンに通う、この店の大切な常連客だ。
とはいえ個人的に仲が良いということはないので、彼女ぺこりと頭を下げて席に戻った。
俺はキッチンに行って、冷蔵庫からケーキを取り出す。
「こちらよろしければどうぞ」
そのケーキは彼女がいつも注文するものだ。
「いやいや、もらえないですよ!」
「いつもお世話になってますから。 ささやかなお礼です」
冒険者に絡まれているところを助けてもらったのは、今回だけではない。 だからこれは店からのサービスというより、個人的なサービスだ。
「……分かりました。 ではありがたくいただきます」
ふわり、と柔らかくほほ笑む彼女が冒険者だなんて俺は未だに信じられない。 少なくとも「死神」なんて異名は似合わない気がした。
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