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6、父達の鼎談 後編


 それを一瞥して時計に目をやった公爵はもうそろそろかな、と呟いて扉の方を眺めた。

 

 すると、ココンッとおざなりなノックがして、ガチャッと乱暴に扉が開けられた。

 

 「親父ー、わざわざこんなとこに呼び出して何の用?屋敷じゃ言えないことって何?俺、早く結婚して侯爵になりたいんだけどーまだダメなの?」

 

 話題の主、ゲラルトだった。

 

 イザベルとのことなどすっかり忘れたその呑気な様子に、一瞬でギュンターの頭に血が上った。

 

 「ゲラルト・ヴィスワ!貴様、よくもぬけぬけと俺の前に顔を出せたな?」

 

 言うと同時に詰め寄ったギュンターは全力で腕を振り抜いた。

 

 ゲラルトは入ってきた扉から勢いよく廊下へふっ飛ぶ。

 彼は床に敷かれた程々にフカフカの絨毯に叩きつけられ、何が起こったかわからないという顔でこちらを見た瞬間、鬼の形相のギュンターと目が合い、真っ青になって震えだした。

 

 ギュンターはずんずんと近づき、彼の襟首を掴みあげ低い声で尋ねた。

 

 「昨日うちのイザベルをこうやって脅したんだな?」

 「いや、そんな事は・・・」

 

 慌てて首を振って逃げようとするゲラルトに、掴んでいる手に力が籠もる。

 

 ゲラルトは助けを求めて視線を彷徨わせ、近くにいる優しげな男へ縋った。

 

 「助けて!殺される!」

 「とても温厚なヴェーザー伯爵がここまで怒るのは初めて見た。君はそれだけのことをしたんだろう?君がイザベル嬢を掴みあげ、突き飛ばしたという目撃証言があるんだよね。」

 「チッ、助けてくれないのかよ・・・あんた誰?」

 「うん?私のこと知らない?そうか。昨日君がクソガキ呼ばわりした男の子の父だけど。」

 「え、マジ?じゃあ、貴方があのハーフェルト公爵・・・あっ!俺、昨日パットっていう貴方の息子さんに無礼を働かれたんですけど!」

 

 ゲラルトの言い様に一瞬、公爵の額に青筋がたった。彼は貼り付けたような笑顔を保ったまま宙づりのゲラルトに近づき、周囲に人垣が出来つつあるのを確認してから口を開いた。

 

 「ああ、聞いているよ。それで私は君に謝らねばと思っていたんだ。」

 

 笑顔を弱め、しおらしげにそう言った公爵に聞き耳を立てつつ廊下を通っていた文官武官が足を止めた。そしてゲラルトがにやりと笑う。

 

 公爵はさらにすまなさそうな表情を作り、よく通る大きな声で謝罪した。

 

 「昨日、うちの10歳の息子が22歳の君を徹底的にやり込めてしまったそうで、申し訳ない。息子がずっと大事に想ってきた女性に、君が乱暴を働いている場面を目撃してショックで頭に血が上ってしまったらしいんだ。」

 「・・・?!」

 

 確実に謝っているはずなのに、なんだか、ただ自分の非を周囲にバラされているだけのような気がしてきたゲラルトは得意気な顔から一転、青ざめた。

 

 「そうそう、私にも娘がいるから、愛娘が結婚間近の婚約者に他に子供を作られた上に、一方的に婚約破棄され、さらに暴力まで振るわれたギュンター殿の気持ちがよく分かる。だからまあ、ゲラルト殿は彼の気が済むまで殴られればいいと思うよ。」

 

 ゲラルトへ酷く優しい口調でそう告げた公爵は、ギュンターへ後は私が責任を持って処理しますから、いくらでもどうぞ、と声をかけて後ろへ下がった。

 

 さすがにそこまで言われてはこれ以上殴れない。

 

 「二度と俺の家族の前に姿を見せるな。」

 

 ギュンターはそれだけ言って無造作に手を離し、ゲラルトを床に放り出した。

 

 周囲に集まった人々の間から蔑みの視線がゲラルトに降り注いだ。

 

 「ギュンター殿、もういいのですか?私なら死ぬ手前まで殴りますけど。もしうっかり殺しても完全に揉み消せますから大丈夫ですよ?え、いいんですか?寛大だなあ。ゲラルト殿、よかったね、相手が私じゃなくて。」

 

 ハーフェルト公爵は冷たすぎる笑顔で酷いことを言いながら、見えないようにゲラルトをつま先でぎゅっと踏みつけた。

 

 それからパットがされたようにゲラルトの襟首を掴んで軽々と持ち上げ、思い出したように伝えた。

 

 「そうそう、ゲラルト・ヴィスワ。公文書偽造の件で話があるから、後で父親と私の部屋まで来るように。」

 「なんで?!そんな・・・。」

 「バレないと思ったの?ヴェーザー家の了承がなく提出された婚約解消書類は無効だよ。昨日の日付で改めて作成するから、先日のお前とナイセ侯爵令嬢の婚姻許可は白紙に戻す。改めて提出せよ。今度は受理されるか分からないけどね。」

 

 侯爵になるという輝く未来が白紙になって呆然とするゲラルトを、公爵は床にポイ捨てした。

 そのまま座り込んだゲラルトを放って、やれやれ、と頭を振った公爵はギュンターの側に来ると小さな声で言った。

 

 「ギュンター殿。やり足りなければいつでも言ってください。私はイザベル嬢を裏切ってあまつさえ手を出した男をしっかり罰するとパットと約束したんです。」

 

 打って変わって真面目な顔つきになった公爵に、ギュンターはハッとした。

 

 彼は息子との約束を果たすため、忙しい執務の合間にわざわざヴェーザー伯爵家の『最強(最恐)』の後ろ盾になりに来たのだと理解した。

 

 ・・・後ろ盾というより、表の矛となってグッサグサにヴィスワ親子を突き刺していた気もするが、その気持ちは嬉しかった。

 

 おかげでヴィスワ家の面目は潰れ、貴族の間で肩身の狭い思いをするだろうし、相手のナイセ侯爵令嬢もゲラルトとの婚姻許可が下りなければ、社交界で随分と恥ずかしい思いをするだろう。

 

 「充分です。感謝します、リーンハルト殿。」

 

 名前を呼ばれて素でにこっと笑い返したその顔は、パットに瓜二つだった。

 

 

 ■■

 

 「あらやだ。ギュンター様、それで一発で終わらせてしまわれたの?私だったらリーンハルト様に礼を言ってゲラルトの奴をギッタギタのメッタメタにしてやったのに。」

 

 その夜、自邸に戻って妻のアレクシアにゲラルトを殴ってしまったと話すと、血の気の多い妻が腕を捲くって気炎を上げた。

 

 妻は小柄で大変愛らしい外見なのだが、性格は勝ち気でそのギャップがまた堪らない。

 

 シュッシュッと風を切って仮想ゲラルトを殴っている妻を見守っていたら、怒られた。

 

 「もう!ギュンター様、何をニヤニヤなさっているの?!明日私が行って貴方の代わりに殴って来ようかしら。」

 

 「いや、アレクシアがあまりにも可愛らしいものだから、眺めてた。ゲラルトについては、リーンハルト殿が非常にキツくお仕置きしていたからとりあえずいいだろう。それに騎士団長の俺がパトリック君にも負ける男を半殺しにするのはよくない。リーンハルト殿はそれも慮ってああいう対処をしてくれたんだろうな。」

 

 ギュンターの最初の言葉にぽっと顔を赤くして恥らった妻だったが、ハーフェルト公爵の話が出た途端、半眼になった。

 

 「まーた、あの男はイイトコ持っていって。ギュンター様は人が良すぎるのです!」

 

 ハーフェルト公爵夫妻と妻のアレクシアは同級生で遠慮がなく、さらに公爵と妻は公爵夫人を取り合う仲らしい。

 

 仲良きことは美しきかな、と心の中で呟いてギュンターは妻に微笑んだ。

 

 「今日、リーンハルト殿のおかげでゲラルトを殴り殺さなかったから、俺は良い人のままでいるのだな。」

 

 妻は軽く目を見開いて、直ぐに伏せた。

 

 「そうね。明日エミーリアに会いにハーフェルト公爵邸に行くからお礼を言っておくわね。」

 「ありがとう、アレクシア。イザベルのこともよろしく伝えておいておくれ。」

 「ええ、もちろん。」

 

 

 後日、ヴィスワ伯爵家は公文書偽造の罪で所領を没収され、名ばかり貴族になった。

 

 さらに息子の犯罪を止められなかったとヴィスワ伯爵は代替わりさせられ、息子共々、しばらく刑に服すことになった。

 

 ナイセ侯爵令嬢は、莫大な慰謝料を徴収されて激怒した。しかし既に子供ができてしまっており、周囲に相手も知られているので他の男に替えることもできずゲラルトを待つしかなくなった。

 

 彼女は領地収入のない名ばかり貴族の婿なんて嫌だと、いかに損せずにゲラルトと別れるかと真剣に考えているらしい。

 が、ここで放り出されてなるものかと必死で愛を訴えてくるゲラルトに絆されそうになっているとかいないとか。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


パパ祭りはこれにて終了です。さあ、次から若返ります。

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