49、街でデート3
「イザベル、立てる?」
自分の服の汚れを払って先に立ち上がったパットが私へ手を差し出す。私は大丈夫、と答えてその手を借りて身体を起こした。
「なんで助けるんですか?私は殺すつもりはなかったけど、その人が死ぬか大怪我でもしてくれれば貴方を解放できてちょうど良かったのに。」
「ふざけないでくれる?お前達がやったことは殺人だよ。もし大事な彼女が死んでいたら、この場で八つ裂きにしても足りない。」
側で一部始終を見ていた女の子達の抗議を、パットは辺りを瞬時に凍りつかせる冷たさで切り捨てた。
得意気だった彼女達の顔色が変わる。
「嘘よ!言わされているだけよね?貴方はお金でこの人に無理やり従わされているんでしょ?」
「何をバカなことを。こういうこと言うのは大嫌いなんだけど、お前達が納得しそうにないから言うと、俺の家の方が彼女の家よりも資産がある。だから、俺と彼女は隷属関係じゃなくて対等なわけ。」
あからさまにはっきりと説明された彼女達の顔が狐につままれたようになった。全くもって理解出来ないことを聞いた、という顔で私とパットを見比べ口を開く。
「え、じゃあなんでこんなぱっとしない人と婚約してるんですか?貴方みたいに全て揃っている人の隣はやっぱり完璧な美人じゃないと似合わない・・・」
ぶちっ、と音が聞こえた気がした。
「何も知らないくせに勝手なことばかり言って、自分の思い込みを押し付けて、俺はそういう奴を心底軽蔑する。二度と俺達の前に姿を見せるな!」
そう叫ぶやいなや、パットはもう口も聞きたくないと様子を見に来ていた街の警備の人に手短に説明して二人を引き渡した。
彼が身分を明かした途端、警備の態度が変わり女の子達が目を丸くして私を見てきた。それがなんとなく嫌で、私はその視線から逃れるようにそっと彼の背に隠れた。
「俺のせいで怖い思いをさせて本当にごめんね、イザベル。」
女の子達が連れて行かれて、パットが謝ってきた。彼は私を助けてくれたのに、そんなことを言わせてはいけない。
「貴方のせいじゃないから謝る必要はないわ。私こそごめんなさい。こんな見栄えのしない婚約者じゃなければ、あんなこと言われずに済んだのに。」
「イザベル!何度も言うけど他人が言うことなんて気にしないで。俺は貴方がどれだけ素敵な女性か知ってる。俺は誰よりも貴方が好きなのだから、それだけ信じてて。」
そうは言われても、あれほど自分の見た目を悪しざまに言われれば心が折れる。
ぱっとしない人、かあ。そうよねえ、私の髪はありふれた茶色で太いし、身体は細くもなければ太くもないぺったんこだし、顔も目と鼻と口があるなあというだけで、どうという所がない。何一つ取り柄がないのよねえ。
それに引き換えパットは全てもってる人、なのか。そうよね、絵の中から抜け出てきた王子様みたいになっちゃったものね。本当にどうしてそんな人が未だに私を好きでいるのか、全く分からないわ。
どんどん沈んでいく気持ちとともに視線も下がり、私はふと石畳に転がった彼が買ってきてくれたであろう飲み物のカップと、そこから拡がった液体の中に惨めに踏みにじられたジャスミンの花を見つけてしまった。
慌てて髪に手をやり確認すれば、やはりそれは私の頭から落ちたもので。まるで今の自分のようだ、と思った途端、目から涙がこぼれでた。
「パットがくれたジャスミンが、ボロボロになっちゃった・・・!」
その言葉で、突然泣き出した私に慌てていた彼も路上のジャスミンに気がついた。
「ああ、あんなに貴方に似合っていたのに。ねえ、イザベル。後で怒ってくれていいから、今ここで貴方を抱きしめることを許して。」
嘆息した彼がそう言い終わらぬうちにふわりと包み込まれ、その優しさと温かさに安心した私の涙が止まらなくなる。
「イザベル、いきなり突き飛ばされて怖かったよね。もう大丈夫だよ。貴方は本当に見た目も可愛いし、性格も可愛い優しい賢い、俺の方が婚約者で申し訳ないって思うくらい素晴らしい女性なんだからあんな奴らの言ったことは今直ぐ忘れて。」
腕の中で嗚咽を漏らす私の背中を撫でながらパットが慰めてくれる。
「・・・いつも思うのだけど、私はそこまで絶賛されるような人間じゃないわ。」
俯いたまま彼のシャツを握って訴えれば、ふっと笑う気配がして頭にキスを落とされた。
「何言ってるの、それなら俺だって称賛されるような人間じゃないよ。イザベルだってそう思うでしょ。俺、割とイタズラして怒られることが多かったし、今も貴方によく叱られてる。」
そうかもしれない、と思うと同時に私の中のパットはたった一人になった。
小さな頃からやんちゃで玩具を壊したり木に登って怪我したり、池に落ちたり妹のクラリッサと喧嘩したり。そして私を慕って気遣ってくれて今もこうして励ましてくれているのは全部同じパットだ。
私は彼の背中に腕を伸ばしてぎゅっと抱きついた。
「貴方はパットだわ!」
「うん、そうだよ?」
何を今更、と不思議がる彼を抱きしめて私は嬉しくてふふっと笑い声を上げた。
しばらくして、おずおずとしたパットの声が頭の上から降ってきた。
「・・・あの、イザベル。提案なんだけど、これから貴方の髪飾りを買いに行かない?」
彼は続けて、本当はずっとこうしていたいけどそろそろ俺の理性がもたない、と呟いたので私は慌てて離れた。
そういえばここは人通りの多い街の中では?!
恐る恐る周囲を窺うと、やはり多くの人がこちらチラチラと見ていた。
羞恥で全身が熱くなったけれど私は必死で自分に言い聞かせた。
熱を出すな、絶対出すな。まだ彼とデートしていない。ここで終わったら、今日は彼をただの荷物持ちにして怖い目にあっただけの日になってしまう。
だけど、これ以上ここで人目に晒されているのは耐えられない!
「分かったわ、行きましょう!」
私はパットの腕を掴んで歩き出した。
「あ、イザベル、もう手を繫いでもいいんだ?!」
嬉しそう尋ねられて私はピタッと足を止める。
さっきみたいなことがまたあったら怖い。それに彼の温かさにもう少し触れていたい。
「・・・言っとくけど恋人同士だからじゃなくて、私が迷子になりそうだから手を繋ぐのよ。それから、貴方といても熱を出さないようにするわ。だからもう、許可取らなくていいから!」
恥ずかしいけど言わなければ、と私が彼の顔を見ないように続けた言葉に、彼が飛び上がって喜んだ。
「えっ?!それは貴方に自由に触れてもいいってこと?!本当?やった!」
「人目があるとこはダメだからね!」
「うん、分かった!俺、気をつけるから!」
・・・ん?人目がない所なら良いっていうのも如何なものかしら?
大喜びでガッチリ手を繋ぎ直したパットが、悩む私を引きずっていった。
■■
「あ、この店がいいな。お手頃な値段だから何度でも買える。」
「何度でも?」
通り過ぎようとした店の前でパットがそう言って立ち止まった。私は首を傾げて聞き返す。
「そうだよ。イザベルは俺と出掛ける時に汚れてもいい服でなるべく装飾品を付けずに来るでしょう?それは俺がトラブル体質だからだよね。でもそれって貴方におしゃれを我慢させていることだから、もう失くしたり壊したりする前提で気兼ねなく使える物を俺がプレゼントすればいいんじゃないかなって気がついたんだ。いいよね?」
それはどうなの?と悩んでいる間に彼は私を連れて店に入ってしまった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ついに許可が出た!