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43、あれから三年後の日常


 「ノア・・・?」

 「クラウス?!ダメだ、動くな!入って来るな!いや、違う、一緒に探してくれないか?」

 

 最近、お互い忙しくて同じ城内にいるのに会えない日が続いていた。彼女の顔を見れない日が続けば、僕の作業効率もどんどん落ちていく。

 それを憂えた叔父上が天井まで書類を積み上げ、『これが終われば婚約者殿とお茶をする時間をあげるよ。』と僕の前に餌をぶら下げた。

 

 それで僕は全力以上で片付け、半日程の時間を確保した。そうして愛しの婚約者に会える嬉しさに胸をふくらませて自分の部屋の扉を開けたところ、彼女はドレスの裾を乱しながら床に這いつくばっていた。

 

 「ノア、どうしたの。何か探しもの?」

 「クーヘンと遊んでいたら思いっきり飛びついてきたんだ。そのはずみで眼鏡が飛んでいってしまって・・・この辺りに落ちていると思うのだが。ああもう、フカフカ絨毯のせいで音がしなかったから落ちた場所がわからない!」

 

 怒る彼女も可愛いなあと思いながらその場に立ったままで眼鏡を探す。彼女がいる位置から随分離れた所でキラッと光を反射する物を見つけた。

 

 「あ、あれかな。ノア、動かないでそこに居てね。」

 

 大股でそこへ行き拾い上げる。使い込まれた銀縁の華奢な眼鏡を手に乗せた。

 

 「ノア、あったよ。持って行くからじっとしてて。」

 

 眼鏡が無いとほとんど見えない上に、ドレス着用中の彼女の動きは鈍いため、コケて怪我をしてはいけないと声を掛ける。

 

 「あったか?よかった、それがないと動けなくて困るんだ。」

 

 ドレスの裾を払って立ち上がった彼女を見て僕は息を呑んだ。

 肩に届く程に伸びた真っ直ぐな黒髪がサラッと揺れて、いつもはレンズ越しの大きな夜色の瞳が今は直接僕の方を見ている。そして彼女は眼鏡を早く受け取ろうと覚束ない足取りで一歩踏みだし、頼りなげに手を伸ばしてきた。

 

 ああ、もうたまらない!

 

 いつもしっかり者でキビキビ動く彼女が時折見せるこのか弱さに、僕の庇護欲が刺激される。

 

 「ノア、危ないよ。」

 

 さっと近寄って小さく柔らかいその手を取り、そのまま腕の中に閉じ込める。

 

 一週間ぶりの感触に僕の全身に幸せが染み透った。

 

 彼女も僕の背に手を回してぎゅ、と抱きしめ返してくれて、僕等はしばらくそのままでいた。

 

 「クラウス、そろそろ眼鏡を渡してくれないか。」

 「えー、もう少しこのままでいたいな?」

 「わ、私だって・・・」

 「?」

 「・・・貴方の顔をもっとよく見たいのだが!」

 

 真っ赤になって小さく叫んだ彼女が可愛すぎてキスをしようと顔を近づけた瞬間。

 

 クゥーン

 

 「あ、クーヘン!遊んでる途中だったな、ごめん。えーっと、このぼんやり薄茶の塊がお前か?」

 

 ドレスの裾を引っ張るクーヘンに、直ぐさまノアが僕の腕の中から消えた。

 

 「クーヘン!ノアとキスをするとこだったのに!」

 「えっ?!全然わからなかった。クラウスが眼鏡を返してくれないから。」

 

 僕は項垂れて彼女へ眼鏡を渡す。さっと拭いてそれを掛けた彼女は、僕の襟元を掴んでぐっと引き寄せ頬にキスをした。

 

 「見つけてくれた礼だ。」

 

 いやもう、これ反則級の可愛さでしょ?!

 

 

 ■■■

 

 

 「はい、ホットチョコレート。疲れた時はこれだよね。」

 

 普段そこまで甘い物を欲しがらない彼女だが、月に数回糖分欲が高まる時があるらしく、その際は箍が外れたように過剰摂取する。

 

 観察しているとそれは落ち込んだ気分を払拭したい時や疲労回復のためのようだった。

 

 

 先日、彼女の親友であるイザベル嬢が帝国へ留学した。ヴェーザー伯爵領で盛んな織物の最新の研究を学びたいと二年程の予定で旅立ったのだ。

 

 イザベル嬢は婚約者が随分と年下だから結婚までまだまだ時間があるし、僕はいい選択だと思う。

 ノアも同じように賛成して彼女を送り出していたのに、港で出立を見送った日以来、塞ぎ込んでいる。ノア自身は表にだしてないつもりのようだけど僕には分かる。

 

 「ありがとう。・・・私は疲れてなどいないが、なんとなく飲みたいと思っていた。」

 

 受け取った湯気の上がるカップを両手で包み込んで、息を吹きかけながら元気のない笑みを浮かべた彼女に心が締めつけられる。

 

 婚約して三年。本来ならもう結婚していてもおかしくないのに、国の都合でまだ二年も先だ。

 

 「早く君と結婚したいなあ。」

 「・・・そうだな。」

 

 ノアの返事に飛び上がって驚愕した。いつもならまだいいだろ、とすげない返事で終わりなのに、今日はどうしたんだ。何があった?!

 

 何か恐ろしいことが起こる前触れでは、と恐る恐る彼女の横顔を窺えば、その目は虚空を見ていた。

 

 イザベル嬢に会えなくなってから彼女はしばしば心が何処かへ行ってしまう。

 

 「イザベル嬢は今頃何をしてるのだろうね?」

 

 そう呟いた途端、隣に座っている彼女の目からが涙があふれた。

 

 「ノア、どうしたの?!大丈夫?」

 「イザベルに会いたい。こうしている間にもイザベルに忘れ去られてしまったらどうしよう。」

 「ちょっと待って、何を言っているの!彼女は大事な親友である君のことを簡単に忘れるような人ではないでしょ。ほら、落ち着いて。」

 

 そっと細い肩を抱き寄せて背を撫でるも、彼女の涙は止まらない。

 

 「でも、向こうで新しい友人が出来るわけだろう?」

 「そりゃまあ、できると思うけど。」

 

 僕の迂闊な一言で、一段と涙の量が増えた気がして内心冷や汗が流れた。

 

 ノアのことだ、このまま婚約を止めてイザベル嬢の後を追って行きかねない。それだけは困る!

 

 「・・・よし、私も」

 「分かった!僕が全責任を持って君を帝国のイザベル嬢の元へ連れて行くから、一ヶ月だけ待ってて。一緒に会いに行こう!」

 

 ノアが決定的な言葉を言う前にと、勢いこんでそう宣言すれば、彼女はぽかんとして僕を見上げてきた。

 

 「え、・・・そんなこと出来るのか?」

 「もちろん!僕を誰だと思ってるの、君の婚約者だよ?君の望みを叶えるためなら、何でもするとも。」

 「いや、何でもはどうかと思う。」

 

 喜びより驚きが勝っている彼女に言い切った手前、僕は半月の休暇を取るべく必死で仕事を片付けた。

 

 

 そして二ヶ月後、なんとか休暇をもぎ取った僕はノアとお供にシュテファンも連れて帝国へ旅立ったのだった。

 

 

 「ノア!忙しいでしょうに、ここまで来てくれるなんて嬉しいわ!」

 「久しぶりだな、イザベル!元気だったか?」

 「ええ、ちょうど慣れてきたところよ。案内するから明日はいっぱい観光しましょうね!」

 「楽しみだ。」

 

 手を取り合って再会を喜ぶ彼女達を見てホッとしたものの、僕はこれからの予定を思い出して悄気げた。

 

 「・・・僕は明日は王宮に用があるので、イザベル嬢、ノアをお願いします。護衛とシュテファンがいるから大丈夫だと思うし。」

 「あら、殿下は一緒に行かれないのですか?」

 「うん、僕はちょっと叔母の皇妃殿下に挨拶がてら書状を届けるよう言われてるんだ。」

 

 休暇をとって帝国に行きたいと言ったら父達から頼まれたのだ。父の妹はこの帝国の皇帝に嫁いで権勢を誇っている。

 ちなみに弟のユリアンの婚約者もこの国の司法長官の娘で同じく手紙と贈り物を預かって来ている。僕は今回伝書鳩だ。

 

 「そうか・・・せっかく一緒に来たのに、別行動とは残念だな。」

 

 ノアが眉を下げて呟いた。

 

 「分かった!直ぐに渡して合流するよ!」

 「クラウス、無理はしなくていい。」

 「大丈夫、任せておいて!いやもう、今から行ってくる!」

 

 

 ■■

 

 

 「クラウス殿下は相変わらずノア大事、なのね。」

 「うーん、以前より酷くなってね?」

 

 「・・・イザベルが留学して私が寂しがりすぎたかもしれない。大いに反省している。『よし、私もイザベルに負けないようにこちらでしっかり勉強して、彼女が帰国した時に笑顔で迎えられるようにしよう』と言おうとしたんだが、まさか、帝国へ連れて来てもらえるとは思わなかった。」

 

 「ノア、王子は多分その言葉を勘違いして、ここに来るためにほぼ不眠不休で働いてたぜ・・・」

 「だから反省している。」

 「まあまあ。もう来ちゃったのだから、クラウス殿下といっぱい遊んで帰って頂戴!」

これでノア編はお終いです。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。次からイザベルの章後編が始まります。まだ最後まで書き終わっていませんが、キリのいいところまで書けたので続けて投稿していきます。よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 愛する人を幸せにするために動くことが、結果として国のため、国民のためになっているなんて素晴らしい! しかもその愛が全くブレないところも、読み手まで安心して心穏やかでいられます(笑) しかし…
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