39、衝撃
「なによ、クラウス王子殿下なんて自分の初恋相手が現れたら絶対そっちへなびくに決まってますわ!だって元々男が好きなことを隠す為にノア様を妻にするつもりだったのですから!」
ペトロネラがクラウスへいきなりくってかかった。言われた当人は腕の中の私をギュッと抱きしめ直してから何故か嬉しそうに彼女に言い返した。
「オーデル公爵令嬢、僕はそんな理由でノアと結婚しようと思ったことは一度もないよ。それに男が好きなわけではなく、初恋相手が男の子だったから自分は男性が好きなんだろうと思っていただけだ。だが、僕の初恋の相手は女性だった。」
「なんですって?」
「なんだと?」
思いっきり眉を顰めて聞き返したペトロネラと同じ表情で私も彼を見上げた。
彼の口ぶりだと自分の初恋相手が誰か、既に知っているようだ。あれだけ想っていた相手がやっと判明したのだ、彼はどれだけ嬉しいだろう。しかも、相手は女性だという。もし相手が貴族でなくても女性でさえあれば彼と結婚するための裏技はいくらでもある。
私は心臓がキュッと痛くなって、堪らずクラウスの服を握りしめた。
私にくれた貴方の愛情は、他の女性のものになってしまうのか。
涙が溢れそうになった私と目があった彼は、恐ろしいくらい優しく微笑んで私を見た。
・・・彼のこんな顔は見たことがない。そういえば、何故、彼は見つかった初恋相手ではなく私をこうやって大事に抱きしめているのだ?
それに先程から彼に感じている違和感。『何がなんでも』私と結婚するという固い意志は何処からきている?彼の初恋相手は一体、誰だ?
・・・いや、そんなまさか。
「クラウス王子殿下、貴方の初恋相手はどなたですの?王子妃になるのに身分が足りないなら我が家の養女にすればよろしいわ。その代わりノア様を自由にして差し上げて!」
勢いこんだペトロネラにクラウスがすました顔でヒントを出す。
「オーデル公爵家の手を借りる必要はないよ。さて、僕の初恋相手は誰だと思う?僕が何故、相手を男の子だと思ったか、分かるかい?」
「まさか、男装していたから・・・?」
ずっと近くで我々のやり取りを聞いていたベティーナが信じられないといった表情で私を見ながら呟き、それを聞いた令嬢達が揃って口に手を当てて私へ視線を集中させた。
「嘘!そんなこと、あるはずないわ・・・」
ペトロネラの顔が真っ青になり、周囲の令嬢達はお祭り騒ぎになった。
「ノア様の初恋相手がクラウス王子殿下だっただけでも凄いことなのに、殿下の初恋もノア様だったなんて!」
「おとぎ話みたい、素敵ねえ!」
「結局、王族の方は初恋の人しか愛せないのかしらね?」
私はそんな周囲を気にする余裕もなく、立て続けに明かされたお互いの初恋相手の正体に目眩がしていた。
「本当に私、なのか?こんなの、あまりにも出来すぎてないか?」
とても信じられないとクラウスに尋ねれば、蕩けるような笑みと共に返された。
「僕だって腰が抜けるほど驚いたよ。気がついたのは子爵家で君があの緑の帽子を被っているのを見た時なんだ。その後直ぐに叔父上に頼んで裏をとってもらったらほぼ間違いないって。」
あの夕食を一緒に食べた時か・・・と思いだした私は、ついっとクラウスを睨んだ。
「随分と前じゃないか。何故さっさと教えてくれなかったんだ。そうすればあんな噂に惑わされることもなかったのに。」
「僕が知ったのは出国前夜だったし、大事なことだから君には僕から直接言いたかったんだ。遅くなってごめんね。」
クラウスは眉を下げて謝ってくれたが、顔には『悪いのは全部叔父上』と書いてある。
そういう事情なら仕方ないと、私はため息一つで不問に付すことにした。
さて、大変な事実が判明したわけだが、私にはそれに浸る暇はない。そろそろ城へ行かねば不味い。でもその前にケリをつけておかねばならないことが二つある。
チラリと壁の時計を確認した私は、よいしょとクラウスの大きな腕から抜け出して再びペトロネラの前へ行く。
服のシワを整え、出来る限り礼を尽くして彼女に頭を下げた。
「・・・すまないペトロネラ嬢。好きだと言ってもらったけれど、私は貴方に友情以外の気持は抱けないみたいだ。」
悩んで出した答えのはずなのに、口から出た台詞は古今東西使い古されたありきたりなものだった。
ただ私が真剣に考えて出した答えだと伝わればいいと思いながら彼女の目を真っ直ぐに見て言った。
彼女は首を少し傾け、笑顔を歪ませた。
「ええ、とんでもない初恋カップルでしたわね。貴方がたを引き離すのは到底無理なようです。ノア様、私が仕掛けたディーノが貴方に無礼を働いた件、お詫びいたしますわ。彼には貴方に手を出さないようにとキツく言っていたのですけど、本当に申し訳ないことをいたしました。」
ずっと教室の隅でケヴィンに捕まっているディーノ講師をチラリと見て、思わず苦笑がこぼれた。
「もう少し演技の上手い人でないとな。不審すぎだった。ペトロネラ嬢、貴方はきっとギリギリのところで止めるつもりだったろうから、詫びは要らない。ただ、もう二度とこういうことは画策しないで欲しい。」
「ええ、もうしないと誓いますわ。私はやり方を間違えました。こんな工作をせずに、一人で正面からノア様にぶつかった方が同じ結果でも気持ちが違ったと思うのです。」
心底後悔したと深く腰を折って詫び、顔を上げたペトロネラは何かを強く決意した表情になっていた。
「でもね、私はノア様が殿下と結婚なさっても側にいたいというこの気持ちは諦めませんわ。そう、私の方から行けばいいのです!ノア様、私は貴方の侍女になりますわ。うるさい貴族達やクラウス王子から守って差し上げます!」
勇ましく言い切ってグッとこぶしを突き上げた彼女に、私は目が点になりクラウスが噴火した。
「ちょっと待って。それは絶対に許可しない!ノアの側にお前のような危険人物を置いてたまるか。」
「あら、危険人物だなんて。私はノア様のためにしか動きませんから側に置けば安心ですわよ?逆に離れていた方が危険かもしれませんわぁ。私、ノア様会いたさに夜な夜なさまよい歩くかもしれませんわね・・・」
「くっ・・・でも、やっぱり絶対、ダメ!」
私の侍女を決める権限は誰が持っているのだろうか、と思いつつ睨み合う二人をそのままに今度はベティーナの前へ行く。
「ベティーナ嬢も出来れば私を目の敵にするのは止めて欲しい。これ以上は私も甘受できかねる。」
釘をさせば彼女はハッと不敵に笑った。
「ええ、私も殿下に敵認定されたくないから止めるわ。それにもう、どうやっても貴方に勝てそうにないもの。」
「勝ち負けを言うなら花嫁姿は断然君の方が可愛いと思うが。私は勝てないだろう。」
正直に思ったままを言ったところ、ベティーナの顔が赤くなった。
「そ、それはそうでしょうけど!ええ、間違いなく私の方が可愛い花嫁になるわね。」
「何言ってるの、ノアが世界で一番可愛いに決まってる!」
「・・・あの人は完全に目が曇ってるから気にしなくていい。」
後ろから飛んできたクラウスの台詞に私は顔をしかめた。すると、ベティーナがぷっと吹き出した。
「あはっ、ノア様はクラウス王子殿下に対してもそんな態度をとるのね。ひどーい。でも、目が曇るくらい愛されててうらやましい。あーあ、認めるわ。ノア様、勝手に僻んでごめんなさい。」
やっと謝罪をしてくれた。これでもう彼女から嫌味を言われなくて済むと、私はホッと息を吐いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これでようやくお互いが初恋の相手だと認識したわけです。




