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35、落ち込むのは最小限に


 目を開ければそこには、見慣れぬ天井が広がっていた。

 

 白いな・・・。

 

 横を向き、天井と同じく白いベッドがいくつか並んでいるのを見て、自分が今居る場所を理解した。

 

 医務室のベッドに寝かされているということは、私は不覚にもあの場で気を失うという醜態を晒してしまった訳か。

 

 王子妃は健康であることも大事な条件だから、これは減点になるだろう。脳裏に高笑いするベティーナが浮かび、同時に彼女がわざわざ告げに来た『クラウスの初恋相手発見』を思い出した私は、掛け布団を頭の上まで引き上げた。

 

 どうせ出会うなら私がクラウスに恋する前にして欲しかった。ユリアン王子と勝負した際には側で見守れるならクラウスが他の女性と結婚しても構わないと思ったが、今はもう無理だ。

 

 あの明るい笑顔が向けられるのも、優しく手を差し伸べられるのも私であって欲しい。いつの間にか私はこんなにもわがままになってしまった。

 

 でも、それももう叶わぬ夢となってしまったのか?

 

 薄暗い布団の中で涙がこぼれそうになるのを必死で我慢する。

 

 こんな所で泣いてはダメだ。

 

 ギュッと目を瞑り、これからどうすべきか考える。

 

 そうだ、『海の向こうの国でクラウスが初恋相手を見つけた』というのは、まだ噂でしかない。しかも、ベティーナからしか聞いてない。

 まだ、泣くのは早い。それをするのはクラウス本人から告げられた後だ。

 

 私はベッドの上に起き上がって両手で自分の頬を叩いた。

 

 こんなことでいちいちめげていては、この先クラウスの隣にいることは出来ない。早急にこの噂の出所を突き止めよう。

 

 「よし、とりあえず教室に戻るか。」

 

 ベッドから出て、枕元の鞄を持ったところで声がした。

 

 「なんだ。落ち込んでめそめそ泣いているかと思ったら、元気だね。」

 

 振り向けば淡い金の髪が目に入った。

 

 「ユリアン王子殿下、どうして医務室へ?怪我でもされたのですか?」

 「そんな訳ないでしょ!ノア嬢の様子を見に来たんだよ!」

 「それはどうも・・・わざわざありがとうございます。あ、もしや泣いているところを笑いに来たとか?」

 「失敬な!僕はそこまで拗けてないよ。貴方が倒れたって聞いて、そういえば兄上に『ノアを頼むね』って言われていたなあと思い出しただけで。」

 

 半月も経った今頃、思い出したと。私は練習中の王族笑顔を作り、ユリアン王子に向けた。それを見た王子は同じような笑みを浮かべて鼻で笑った。

 

 「フンッ、まだまだ不自然だね。もっとこう口角を緩やかに上げてさ・・・」

 「こう、ですか?」

 「うーん、もう少しこんな感じで」

 「ノア、ユリアン王子殿下、何故こんな所でにらめっこしているのですか?」

 

 いつの間にかやって来ていたイザベルが不審げな声で尋ねてきて、ユリアン王子が飛び上がった。

 

 「な、にらめっこなどしていない!僕は兄上にノア嬢は泣き虫なところがあるから、留守の間気遣ってあげてと言われていたのを思い出して様子を見に来ただけで。」

 

 「ノアが泣き虫?」

 「・・・昔の話だ。」

 「クラウス殿下はそんなことまでご存知なのね。」

 「兄にでも聞いたのだろう。今は泣いたりしないから無用な気遣いなのだが。」

 「無用だった?じゃあ、僕はこれで。」

 「ユリアン殿下、少々お待ちを!」

 

 さっさと背を向けて帰ろうとした王子の上着を掴んで引き止める。振り返った彼の嫌そうな顔を見ないようにして、聞きたいことを急いで尋ねる。

 

 「ユリアン殿下、見舞いに来てくださったことは感謝します。ところで、城ではクラウス殿下の初恋相手が見つかったことについてどのような噂が流れていますか?あと・・・私、との婚約については・・・」

 

 恐る恐る聞いた最後の質問で、王子の雰囲気が和らいだ。私の方へ向き直った彼は思い出すように視線を中空へ泳がせる。

 

 「うーん、その話は僕も登園して初めて知ったんだよね。だから貴方と兄上との婚約は揺らいでないよ、今のところは。でも、あんなにノア嬢にべた惚れだった兄上が、初恋相手が見つかったくらいでこんなに早く国に伝わるほど騒ぐかなあ。」

 

 考え込むように腕を組んで目を閉じた王子の台詞に、私は足先から頭の天辺までカッと熱くなった。

 

 弟にまでべた惚れって言われてるなんて、クラウスはちょっとダダ漏れ過ぎやしないか・・・?

 

 「ノア、顔が真っ赤よ。大丈夫?熱がでたんじゃない?」

 「でていない、大丈夫だ。」

 

 イザベルが額に手を当てて心配している。そのやり取りにフッと目を開けた王子が私を見ながら興味深げに聞く。

 

 「ねえ、一ヶ月も離れるんだもの、別れ際に兄上とキスくらいしたんだよね?」

 

 頭から湯気を出して、ぶんぶんっと首を横に振った私を哀れむように見た王子は大きくため息をついた。

 

 「ほぼ成人同士で、どうしてそんなに進展がないの・・・。」

 「そそそんなの、私達の自由でしょう!」

 「でもさ、キスって想いを伝えるのに一番効果的じゃない?ねえ、イザベル嬢もそう思うよね?」

 

 いきなり話を振られたイザベルも顔を真っ赤にして大きく首を横に振った。

 

 「わ、私はその、まだまだまだ相手が小さいから分かりません!」

 

 更に両手も大きく振って答えるイザベルを見た王子は顔を片手で覆う。

 

 「イザベル嬢は三回目の婚約だって聞いてたのに・・・類友なんだね。もう!ノア嬢、兄上が帰ってきたらしてあげてよね!」

 

 「無理、無理ですよ!」

 「そんなことばっか言って本当に初恋の人に兄上を取られちゃったらどうするの?!」

 

 王子のその一言に、私はグッと詰まる。

 

 他の誰かにクラウスをとられるのは嫌だ。

 

 「・・・頑張ります。」

 「本来、そんなに気合を入れてやることではないんだけど、貴方がたはそうしないと一生このままな気がするから、頑張って。」

 

 王子が頭をかいて脱力しながら諦めたように呟いた時、席を外していたらしい医務室の主が戻ってきた。元気に起き上がっていた私は、体調を確認されてからイザベル達とともに部屋を出された。

 

 

 「ノア様!もうお身体は大丈夫なのですか?!もっとお休みになっていたほうがよろしいのでは・・・」

 「やあペトロネラ嬢。心配をかけてしまって申し訳ない。ただの寝不足だから、寝たら治った。」

 

 ユリアン王子と別れ、教室に戻って直ぐにペトロネラが心配そうに声をかけてきた。例の噂を知っているのかわからないので当たり障りのない返事をしておく。

 

 すると彼女は続けて眉をひそめて顔を近づけてささやいてきた。

 

 「ノア様、本当はクラウス王子殿下のお噂がお耳に入って倒れられたのでしょう?私も聞いたのですが、本当に酷い話です。お城からの連絡を待たず、ノア様から婚約破棄されてはいかがですの?私、協力は惜しみませんわ!」

 

 「いや、本人に直接聞くまで私は動かないと決めたから気持ちだけ頂いておく。」

 

 またペトロネラから婚約解消について打診されたが、先程医務室のベッドで決心したことを伝える。彼女は私の表情でその意志の強さを悟ったらしく、一瞬残念そうな顔をしてから笑顔を作った。

 

 「ノア様はお強いのですね。分かりましたわ。でも気が変わったらいつでも頼ってくださいませね。」

 

 これでもう婚約についてアレコレ言われずに済むと内心ホッとして、名残惜しげに離れる彼女の手を取って満面の笑顔で礼を述べた。

 

 「ああ。ありがとう、ペトロネラ嬢。」

 「まあ、ペトロネラ様のお顔が赤いわ。」

 「ノア様の笑顔が可愛らしくて。いつも抱き合っているイザベル様が羨ましい。」

 

 そうイザベルにぼやいたペトロネラの台詞を受けて私は両手を拡げて彼女の腰に抱きついた。

 

 「ご要望とあらば、いつでも抱きしめるが。これでいいのか?」

 「きゃー!最高!」

 

 背の高いペトロネラを見上げて尋ねれば、唇を震わせた彼女が叫び声を上げて私を全力で抱きしめ返してきた。

 

 顔が丁度彼女の胸に当たって息苦しい・・・ちょっとばかり大き過ぎないか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ユリアン王子は婚約者とはどういう会話をしているのか・・・?

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