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34、イザベルの反撃


 次の日、帰りの馬車の中で兄が嬉しそうに告げた内容に、私と弟は飛び上がった。

 

 「えっ!ベネディクト兄様が当主になったのですか?!」

 「急な話だが、王子の婚約者であるノアの安全を蔑ろにした罪は重いそうだ。」

 

 それは表向きで家に戻らず女の元を渡り歩いて、子供達を放置していることが王太子補佐であるハーフェルト公爵の気に障ったという方が大きい要因かもしれないが、と兄が爽やかな笑顔で述べた。

 

 

 昨夜、城の第一騎士団長であるヴェーザー伯爵に言われたように、朝一番で王太子補佐であるハーフェルト公爵の執務室を訪ねた父と兄は、そのまま国王陛下の元へ連れて行かれてその場で当主の交代を命じられたそうだ。

 

 実際のところ、父は収入の配分にだけ当主の権限を使い、後の雑務は十八になって成人した兄に押し付けていた。

 兄はずっと不満が溜まっていたのだろう、当主になり我が家の全ての権力を手に入れて満足そうだ。

 

 「父上と母上はどうなんの?」

 

 弟が一応、といった感じで尋ねれば、兄が真面目な顔をした。

 

 「ああ。そのことについてだけど、今の家はノアの警護に差し支えるから城下の街に別邸を下賜された。だから、来週から父上達は今の家に住んで僕達三人は新しい家に住むことになった。」

 

 今度こそ、私と弟は言葉を失った。

 

 「ノアのおかげで俺達めっちゃ得してんじゃん。恩恵は無いって言ってたけどめちゃくちゃあるじゃん。ありがとう、ノア様!」

 

 素直に喜ぶ弟に対して私は怖くなっていた。

 

 「兄様、そんなにしてもらって良いのでしょうか?他の貴族から文句とか妬みとか・・・」

 

 頭の中で例の子爵令嬢が私を睨んでいる。

 

 こんな特別扱いは不味いんじゃないだろうか。

 

 だが、尋ねられた兄はケロリとして笑顔を崩さないまま言い放った。

 

 「そんなのもう気にしても仕方ないさ。ノアが王子の婚約者になった時点で恨みも妬みもかうに決まっている。ここまで来たら後は恩恵でも贔屓でも特別扱いでもなんでも受けて、無事にお前をクラウス殿下の元へ嫁がせるだけだ。」

 

 「兄上、割り切ったなー。」

 「シュテファン、とばっちりで危険な目に合うかもしれないが、お前は自分でなんとかしろ。」

 「ええ、俺の護衛はないの?!」

 「お前は一人で大丈夫だろう。」

 

 茶化された兄が弟へサラッと返してから私へ真面目な顔を向けた。

 

 「というわけで、何かあったら、直ぐに私か殿下に言うように!今回のようにイザベル嬢、ヴェーザー伯爵夫人、伯爵様ととんでもなく回り道をして伝わることがないように!」

 「わ、分かりました。」

 

 本気の目で釘を刺され、私は小刻みに首を縦に振って誓った。

 

 ■■

 

 次の朝、イザベルが私に走り寄って来て辺りを見回し、首を傾げた。

 

 「お父様にノアには護衛が二人付いたから安心しろって言われたのだけど、何処にいるの?」

 「おはよう、イザベル。学園内は警備が厳重だからいない。君と同じだ。」

 「そうなのね。お父様から精鋭を派遣しておいたから、もう二度と待ち伏せはするなって言われちゃったわ。」

 「その節は本当にすまなかった。ヴェーザー家の方々には大変お世話になった。改めて兄とお礼に伺うつもりだ。」

 「あら、そんなのいいのよ。でもノアが遊びに来てくれるのは大歓迎よ。妹も喜ぶわ。」

 

 ニコニコと言うイザベルに心が締め付けられる。

 

 私はこのまま勉強を頑張って立派な王子妃になって、当初の目的通り彼女が貴族や商人の食い物にされないように守ってみせる。

 

 そう決意を新たにしてギュッとイザベルの手を握った。

 

 「ありがとう、イザベル。君にはどれだけ助けてもらったか・・・どんなに感謝しても足りないよ。」

 「私達、親友でしょ。それに私だってノアに助けてもらってるんだからお互い様よ。」

 

 「あらあら、貧乏子爵令嬢様は朝からヴェーザー伯爵家に媚びるのに必死ね。」

 

 突然割って入ってきたその声にゲンナリする。最近いつもいつも私の近くを通って、こうやって嫌なことを言い捨てて行くベティーナを私は無視した。

 

 ところがいつもなら一言で立ち去るはずの彼女が、今朝はそのまま立ち止まって話を続けた。

 

 「そりゃあ必死になるわよねえ。クラウス王子殿下は初恋のお相手と海の向こうの国で巡り合ってノア様は捨てられたのですもの。この上イザベル様にまで見捨てられたら、もう生きていけないものね。」

 

 彼女の言ったことを理解するのに、時間が掛かった。

 

 「・・・何の話だ。その情報源は何処だ?」

 「そんなことあるわけ無いでしょ!」

 

 私が無感情に聞き返すのと怒り心頭のイザベルが叫ぶのが同時だった。

 ベティーナは薄ら笑いを浮かべて我々を眺め、口の端を釣り上げた。

 

 「私もさっき知ったところなの。お城は今その話で持ちきりなんじゃない?放課後までには貴方の所に婚約破棄通知が来るわよ。短い夢だったわねえ!うふふふ。」

 

 「ベティーナ嬢、そんな短時間で国が一度認めたことが変わることはない。しかも、当人のクラウス殿下はまだ他国にいるのに確認のしようがないじゃないか。もう少し考えて発言したまえ。」

 

 最後の一言は余計だった。私の不用意な発言に激怒したベティーナは、あることないこと怒鳴り散らした。

 

 「貧乏子爵令嬢のくせにクラウス王子殿下が男好きと知ってわざわざ男装して気を引いて、まんまと婚約したんでしょ!その間違いが正されたのよ!お相手は海の向こうの国の貴族令嬢よ。もちろん、貴方と違って資産がある高位貴族に決まってるわ。貴方のようなみすぼらしいハリボテ令嬢とは違うの。」

 

 「止めなさい、ベティーナ様!貴方の言っていることは嘘ばっかりよ!私はずっとノアとクラウス殿下を見てきているから知ってるの。」

 

 私より先にイザベルが声を張り上げて、ベティーナの前に立ちふさがった。

 普段は笑顔を絶やさず穏やかなイザベルが本気で怒ったところを私は初めて見た。ベティーナはその凄まじい迫力にたじろぎつつも、負けじと口を開いた。

 

 「イザベル様、まだ貧乏令嬢の味方をするのね。貴方はもっと賢い方だと思っていたわ。よく考えて?もうロサ家は終わりよ。その子といても、もうなんにもいいことはないわ。」

 

 それを聞いたイザベルの目が、これ以上ないくらい釣り上がった。

 

 「お言葉ですけど、私はノアと損得で親友をやってるわけじゃないの。ロサ家が終わろうがどうしようが、私達の関係は変わらないわ。そういう貴方こそよく考えるのね。そのような虚言を巻き散らした罪は重いわよ。先程の発言も私への侮辱として受け取るわ。後程きっちり我が家から貴方の家に抗議させて頂くから覚悟してなさい。」

 

 父親のヴェーザー伯爵譲りの威厳だろうか、いつものイザベルからは考えられないその厳しい反撃は、ベティーナに酷く効いたようだった。

 

 彼女の顔がさっと青ざめ、口の中でモゴモゴと『イザベル様を侮辱するつもりはなかったの、親切な忠告のつもりで・・・』と呟いた途端、それをしっかり耳に拾ったイザベルに『大きなお世話よ!』と切り捨てられた。

 

 「イザベル様、ご、ごめんなさい。謝ったからうちへの抗議は止めてくださいっ!」

 

 容赦ないイザベルに恐れをなしたベティーナはそれだけ言って逃げ出した。

 

 「あっ、こら待ちなさい!ノアにも謝りなさいよ!」

 

 追いかけようとするイザベルにしがみついて止める。

 

 「イザベル、もういい。どうせ口先だけの謝罪だ。聞きたくない。それより、君を表に立たせてすまなかった。自分のこととなると頭が回らなくて上手く返せなかった・・・」

 

 本当は聞いた内容が衝撃的過ぎて頭が真っ白になったというのが正しい。今更、彼の初恋相手が出てくるとは思わなかった。

 先日ベティーナに尋ねられた時に『その時考える』と返したが、今私はどうしたらいいか考えられなくなっている。

 

 頭の中で『どうして』と『どうしたら』がグルグル回って、回って・・・遂に身体がふらついた。

 

 「ノア?!」

 

 イザベルの叫び声が聞こえたのを最後に、私の視界は暗転した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ロサ家の改革

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