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28、王子、動揺する


 「ノア・・・?」

 

 クラウスの口から呆然とした呟きが零れると同時に、棒立ちになった彼の手から大量の書類が机の上を滑っていく。

 

 バサバサバサバサーッ

 

 「クラウス殿下?!わーっ大事な書類がっ」

 

 クラウスの向かいで彼から指示を受けていた側近のケヴィンが、慌てて床に散らばった紙を拾い集めている。

 

 「兄上、大丈夫?!コレ、どういう反応なんだろ・・・。兄上ー?ロサ子爵令嬢の王子妃教育が終わったから連れて来たんだけど、出直そうか?」

 

 先程まで私の隣にいたはずのユリアン王子がクラウスの顔の前で手を振って尋ねている。

 

 それで我に返ったクラウスが大きく首を振って叫ぶ。

 

 「いや、いやいやいやっ。今から休憩、やっぱり今日の仕事はこれで終わりにする!」

 「クラウス殿下?!何を仰っているのですか!」

 「だって、見てよ!ノアがドレス着てるんだよ?!あ、やっぱり見ないで僕のノアが減る!こんなに可愛い姿の彼女を放って仕事なんて無理!残りは明日五倍速でやるから。君もたまには早く帰って奥さんを手伝ってあげなよ。」

 

 抵抗するケヴィンを無理やり廊下に押し出して扉を閉めたクラウスは、側に立っている私をじいっと眺めた。

 

 審判の時が来た、と私は緊張して彼の次の言葉を待つ。

 

 ・・・多分、大丈夫。さっきの様子からして彼は私が男装してるからというだけで選んでない。

 それが私の希望的観測ではない証拠に、離れた場所からこちらを伺っているユリアン王子の顔が青い。

 

 「ノア、いつもの姿も素敵だけど今日の君はすっごく可愛いね。でも、ドレスは着たくないんじゃなかったの?母か誰かに無理やり着せられたんじゃない?大丈夫?」

 

 私はクラウスが続けて言ったその言葉に心底、安堵した。彼に女装した私への嫌悪は微塵も感じられない。私は心の中で快哉を叫んだ。

 

 ユリアン王子、私の勝ちです!

 

 私は嬉しくなって目一杯の笑顔でクラウスを見上げて説明する。

 

 「クラウス、大丈夫だ。きっかけは何であれ私が自分でこの格好をすると決めたんだ。よく考えたら一度もドレスを着たことが無いのに嫌うのはよくないんじゃないかと思って、機会があるならと王太子妃殿下にお願いしたんだ。」

 

 すると、王太子妃殿下と侍女達が俄然色めきたった。王子妃の勉強そっちのけで、かの有名な妃殿下コレクションからドレスから靴まで全てを用意して着付けてくれ、更には化粧まで施してくれたのだった。

 

 おかげで私は現在、このまま夜会に行けるんじゃないだろうかというくらい、キラキラしている。

 

 短い髪も上手く赤いベルベットのリボンで纏め上げてあり、深緑のドレスは締め付けないタイプで思っていたより苦しくなかった。

 

 「ノアのそういう考え、好きだな。」

 

 クラウスが目を細めて眩しそうに私を見ながら好きと言ってくれる。

 

 「全部、僕の色なんだね。早く君と夜会に出て見せびらかしたいような、誰にも見せたくないような複雑な気持ちだよ。」

 

 艶を含んだ表情を浮かべた彼と目があった途端、私の心臓がバクバクと音をたて始めた。

 

 おかしい。クラウスを好きだと自覚したら真っ直ぐに彼の顔を見ることができなくなったぞ。どうしてくれる、ベネディクト兄様、シュテファン。

 

 「ノア、真っ赤だよ。ドレスがキツイの?」

 

 全身熱くなって自分の心臓音ばかりが頭に響くほどに緊張して困っていたら、クラウスが心配そうに尋ねてきた。

 そのデリカシーのない台詞に、ユリアン王子の笑い声が被った。

 

 「あっはっは!兄上、女性に対してそれは酷いよ。」

 「えっ?!そうなの?ごめん!僕はただ本当に心配だっただけなんだよ、気を悪くしないで、ノア。」

 

 弟の指摘にさっと顔色を変えたクラウスが、もの凄く慌てて弁解してきた。

 

 「大丈夫だ、クラウス。貴方に悪気が無いのは分かっている。それとこのドレスはキツくない。」

 

 そう言いながら私は今朝の兄達との会話を思い出した。

 

 『好き』を伝えるなら今では?

 

 この流れでさらっと『そうやって私を心配してくれる貴方が好きだ』と言えばとても自然ではないか?

 

 そう思って気合いを入れて言おうとしたのだが、ユリアン王子も居るし恥ずかしいしで結局、口をパクパクさせるだけで終わった。

 

 何故だろう、イザベルには『好きだ』とか『愛している』とポンポン言えたのに、クラウスに言うのがこんなに難しいとは思わなかった。

 

 ひっそり落ち込む私を横目に、ユリアン王子が腕を組んで不満そうにクラウスに尋ねた。

 

 「二人が愛し合っているのはよっく分かったよ。でも、兄上はロサ子爵令嬢の何処がそんなに良いわけ?」

 「愛し合って?!」

 「え、ユリアンにはそう見える?それは嬉しいな。」

 「二人の反応が違い過ぎて面白い・・・」

 

 激しく動揺する私と照れる兄を見比べながらユリアン王子が口に握りこぶしの背を当てて肩を震わせた。

 

 「そういえばノアをずっと立たせたままだったね。お茶の用意をするからソファに座ってて。ほら、ユリアンも。」

 

 この部屋に来てから私が全く動いていないことにクラウスがようやく気がつき、それを聞いたユリアン王子がプッと吹き出した。

 

 私はムッとして笑うユリアン王子へ咎めるような視線を向ける。その無言の遣り取りにクラウスが目を瞬かせて首を傾げた。

 

 「ユリアン、ノア。君達はいつの間にそんなに仲良くなったの?」

 「仲良くない!」

 

 即座に否定した私にブンブンと大きく頷いて同意しつつ、ユリアン王子は笑いを堪えられない声でクラウスへ告げた。

 

 「兄上、この人ってばドレスを着るのが初めてで歩けなかったんだよ。母上達が一生懸命歩き方を教えたらしいんだけど、ここまで来るのも危なっかしくて敵の僕に縋りついてヨタヨタ歩いてきたんだ。令嬢として、有り得ない姿だよね。」

 

 ああ、恥ずかしいことをバラされてしまった。

 

 ドレスを着せてもらったものの、普段着ているものと違い過ぎて、動き方がなかなか会得出来なかったのだ。

 

 これは王子妃の大事な勉強よ!と言われ、お辞儀から腰の下ろし方、移動までスパルタに仕込まれたのだが、直ぐには身につかずこの部屋まで来る際に何度か裾を踏んでつんのめり、最終的に見兼ねたユリアン王子が腕を貸してくれてようやく辿り着けたのだった。

 

 面白可笑しくその様子を兄に報告したユリアン王子だったが、それを聞いたクラウスの顔は段々強張り、最後はもの凄く不機嫌になっていた。

 

 「ユリアン、ノアと腕を組んだの?それと敵ってどういうこと?」

 「えっ。兄上、怒ってる?」

 「それは当たり前でしょ。僕はまだ彼女と腕を組んだことないんだよ?何で君が先に組んでるわけ?」

 

 しまった、と青ざめたユリアン王子だったがもう遅かった。

 

 彼は兄の圧に負け、この賭けのことまで洗いざらい喋らされてこってりと絞られた。

 

 「何を勝手なことしてるの!どんな格好をしていようが、ノアはノアでしょ。僕はそんな見た目で彼女を好きになったわけじゃない。僕はノアに惚れてるんだ。彼女が何を着ようが嫌いになんてならないよ。」

 

 焦って詫びまくるユリアン王子を眺めつつ、クラウスの言葉に喜びを噛み締めていたら彼がくるっとこちらを向いた。

 

 「ノアも!そういう時は今度から僕を呼んで。君は僕の婚約者なのだから、まかり間違っても他の男を頼らないでよね。」

 

 なんとこちらにも流れ弾が飛んできて叱られた。怒ったクラウスは兄より怖かった。

 

 「すまなかった。次から、気をつける。」

 

 言われてみればその通りだと謝罪すれば、身体がふわりと浮いた。

 

 「僕も君の状態に気がつかず、立ちっぱなしにさせててごめんね。」

 「ぎゃっ」

 

 二回目の姫抱っこは顔が近すぎて、思わず悲鳴が出た。

 

 「うわ、何その全く色気の無い悲鳴・・・」

 

 我が事ながら、こればかりはユリアン王子に同意する。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ノアの女装?に撃ち抜かれる王子。

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