25、惚れ度合い
「なあ、なんでノアはあんなに王子に惚れられてんの?」
クラウスを見送って扉を閉めたところで食堂の扉が開いて、弟のシュテファンと飼い犬のミルヒが現れた。
今日は私の帰りが遅いので、代わりに散歩に行ってくれていたらしい。兄と違って弟は割とミルヒをかわいがってくれている。
私は弟に散歩の礼を言い、飛びついてきたミルヒを抱きしめた。真っ白な中型犬の彼女は最初に拾った犬で、私の大事な友達だ。
「王子が男装好きって言っても、あそこまで好かれるって凄くね?ノア、あの人に何をしたんだよ。」
私は弟の台詞に引っ掛かった。
「クラウスは男装好きなのか?」
「うわ、呼び捨てかよ!」
「大丈夫だ、不敬罪にはならないと書いてもらった紙が此処にある。」
「わお、王子にこんなもの書かせるなんてノア、最強じゃん。」
「ノア?!殿下に何をさせているんだっ?!」
「呼び捨てにしろと言ってきたのは向こうです。口約束だと後々何かあった時、我が家が困るので一筆書いてもらったのです。」
ビシッと言い返せば兄が黙る。その横で弟が首の後ろで両手を組んで、ニヤニヤしながら言った。
「今のノアなら王子に強請れば、ドレスでも宝石でも何でも買ってもらえるんじゃね?それか裏から操って、うちを侯爵とかにしてもらうとか。」
兄の目が光った気がしたが、私は弟の耳を引っ張って窘めた。
「いいか、シュテファン。そういうのを悪女、と言うんだ。それに例え王子が私に金や爵位を貢ごうとしても、周囲が止めて私は直ぐに婚約破棄されて牢にぶち込まれるか国外追放だろう。もちろんそうなれば、我が家もどうなるか分かるな?」
兄がしゅんとなった。弟は私の剣幕に押されて慌てたように組んでいた手をほどき、顔の前で振った。
「そんなマジで怒るなよ、ちょっと言ってみただけじゃん。でもさ、こんな身分違いの結婚、身内ならそういうの一度は夢見るだろ?」
視界の端で兄が頷いているのが見えた気がしたが、私はそれよりも弟が言った身分違いという言葉に動揺した。
身内すらそう思うのだから、誰が見たってクラウスと私は釣り合っていないのだ。
当初の予定通り取り消しをするべきではと考えて気がつく。
既に国に認可された後だった・・・!
「かくなる上はクラウスに嫌われて、向こうから婚約破棄させるしかないか。」
ぎゅっと握りこぶしを固め、呟けば、弟が仰け反った。
「え、勿体ねえ。ノアは王子と結婚するのがそんなに嫌なのか?俺はノアにあれだけ惚れている男なら幸せにしてくれそうだから、いいと思うけど。」
心の底からそう思っているらしい弟の言に、私は戸惑った。
「勿体ないよりも、釣り合ってない結婚は不幸の元では?」
「そうだけどさー、貧乏子爵家の男装令嬢とはいえ、一応貴族だし国がいいって許可したならいいんじゃないかな。」
「それよりも、だ。ノアはそんなにクラウス殿下が嫌なのか?先程の様子だといい感じに見えたんだが。」
兄がじっとこっちを見つめてきて、私はグッと詰まった。
「嫌い、ではないのですが・・・」
「じゃあ、愛しあってる二人で何も問題ないじゃん。」
「愛しあってはいない!」
「うわ、ひでえ。王子はあんなにノアを愛してるのに。お気の毒。」
私はさっきからの弟の言を疑問に思って尋ねた。
「シュテファン。さっきも言っていたが、そんなにクラウスは私にほ、惚れているように見えるのか?」
今度は弟が目を丸くして私を見下ろした。
最近ガッと背が伸びたと思ったら、遂にこんなに身長差ができてしまったか。
私はそれでも姉の威厳を保つべく、キリッと見返した。が、弟に通じるはずもなく彼はぽかんと口を開けて私を見ている。
「えっ、マジで言ってる?他人の俺が見てもわかるくらい、子犬に嫉妬してたじゃん。しかも、頼んでないのにここまで送ってくれたんだろ。大抵、門の前くらいじゃん?うちは門から屋敷の玄関まで数メートルの距離だし。」
「えっ普通は門までなのか?!子犬に嫉妬してたって、なんで?!」
「それはお前が殿下の前で、わざわざ子犬に頬ずりしたりキスしたりするからだろう。私から見ても殿下が気の毒だった。」
横から兄まで弟の言うことを肯定してきたので驚いた。
クラウスは本当に子犬にまで嫉妬してたのか?・・・ということは。
「じゃあ、あの子犬は今頃クラウスにいじめられたりしてるのでは?!取り戻しに行ってくる!」
「それはない。めちゃくちゃ大事にしてるだろうから、安心しろ。」
「そうだ。間違いなく、うちより良いものを食べて良い寝床にいる。」
飛び出そうとする私の腕を掴んで引き止めた兄と弟が揃って首を振る。
「なんでそう言い切れるんだ?」
「「だってノアが大事にしてたから。」」
「王子は今頃、子犬を撫で回して、ノアと同じ所にキスしようとして嫌がられてんじゃないか。」
子犬を大事にしてくれるのはいいが、それはちょっと気持ち悪いと思ったのだが、兄達はクラウスに共感しているようだったので口には出さず飲み込んだ。
■■
「兄上、侍女達が言ってたけど犬を拾って来たって本当なの?」
「やあ、ユリアン。僕が拾ったんじゃない、ノアが保護した犬をもらってきたんだよ。ほら、そこでご飯を食べてる。」
「わあ、子犬だ。かわいーな。僕一度触ってみたかったんだよね、後で抱っこしていい?」
「胴を撫でるだけならいいけど、抱っこはダメだよ。」
「なんで?!噛むの?」
「いや・・・まだ僕が抱っこしてないから。さっきしようとしたら嫌がられてさ。」
「じゃあ、僕が先に抱っこしてみるね!」
「それは絶対ダメ!ノアの次に抱っこするのは僕!」
「ノア嬢?・・・兄上、まさか、間接抱っこがしたいの?」
「悪い?」
「え、もしかしてまだノア嬢に触れてもないの?」
「手は繋いだ。」
「・・・嘘でしょ?兄上は十九歳だよね?とっくに成人してるよね?さっさと抱きしめてキスくらいしようよ!」
「それが出来たら苦労はしないよ!・・・まさか、お前まだ十四歳のくせにキスまでしてるのか?!」
「えー、兄上が男の子探してたから僕の婚約者は早々に決められてたんだもの。それくらいするでしょ。」
最近成長期に入ってどんどん背が伸びているユリアンは、祖母似の真っ直ぐな淡い金髪に兄のクラウスと同じ緑の目を煌めかせて得意気に胸を張った。
「兄上知ってる?女の子ってちっちゃくて柔らかくていい匂いがして、すっごく可愛いんだよ。」
「それっくらい、知ってるよ!」
なんだか弟に負けた気になったクラウスは不貞腐れた。
「兄上も後五年くらいしたらキス出来るかもね。」
「何を言ってるの。五年後には僕とノアは結婚していて、子供の一人や二人いるに決まってるよ。」
「まだ手を繋ぐことが精一杯で、犬を介してしか抱きしめることもできないのに?兄上、頑張ってね。」
なけなしのプライドでそう嘯けば、プッと笑った弟に軽くいなされた。
その時、クーン、と鳴いて食事を終えた子犬がクラウスの足元にすり寄ってきた。
「ん?一応僕が飼い主だって分かってくれたの?それともノアの匂いがする?」
帰りの馬車で隣り合って座っていたしね、と彼女と接していた方の腕を子犬に寄せてみる。
クンクンと匂いを嗅いで不思議そうに自分を見上げてきた子犬に、クラウスは胸がキュンとなる。
「君を抱き上げてもいいかな?」
恐る恐る尋ねれば、子犬は黙ってクラウスを見つめたままだった。これは了解ということでいいのだろうか、とそっと腕を伸ばして抱き上げる。
クラウスの腕の中で、小さな生き物が自分に全てを預けてきてくれている。その柔らかさと温かさに、クラウスは優しい気持ちになった。
「君の名前を考えないとね。明日、ノアに相談してみようか。」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ロサ兄弟に割とヤバい人認定されてる王子。




