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19、交渉成立


 「なんで言っちゃダメなの?伝えられる気持ちは全部口に出して言わないと。察してなんて非効率なことは僕は嫌なんだ。だから僕は君に思いっきり僕の気持ちを伝えるよ。」

 

 真面目くさって恥ずかしげもなく言い放ったクラウス王子に、目眩がした。

 

 恋愛というものから距離をとって傍観者でやってきた私が、突然当事者になってしまったこの恐ろしい程の困惑。

 

 王子の眼差しが優しいものから期待に満ちたものになっている気がする。

 これは釘を刺しておかないといけない。私はしっかりと彼を見返した。

 

 「ですが、私は同じように返すことはできませんよ?」

 

 人を好きになるって自分で決められるものではないと思う。恋に落ちるっていうくらいだしな。

 

 「え、別に同じようにしなくていいよ?だってこれは僕が君にやりたいだけだから。君は聞いてくれるだけでいいんだ。」

 「そう、なの、ですか?」

 

 私の気持ちも洗いざらい吐かされるのかと思っていたので、ホッとすると同時に拍子抜けした。

 

 そうか、聞くだけでいいのか。それならなんとかなるかな。

 

 「毎日愛を伝えていればいつか僕のこと、好きになってくれるかもしれないでしょ。」

 

 何だかやる気満々の王子から毎日好きだの可愛いだの言われている自分を想像して似合わないな、と思う。

 

 でも、私はこの人と結婚すると今自分で決めたのだった。

 

 ・・・まあ、結婚するなら好きになった方が楽なんだろうけど。

 

 この婚約からの結婚を現実として捉えた私は、改めて目の前の人をじっくりと眺めた。

 

 短く切られた赤い髪は綺麗に整えられていてパリッとした仕立ても質もいい衣服と相まって清潔感が感じられる。

 母の王太子妃似と言われている顔立ちはそれでも男らしい精悍さがあるし、身体も随分鍛えているようでしっかりして丈夫そうだ。

 その容姿に加え、身分も条件も抜群の相手であることは間違いない。

 

 そして大きな濃い緑の瞳は嬉しそうに私の方を向いている。信じ難いことに彼は本当に私に好意を寄せているらしい。

 

 その目を見ているとなんだか罪悪感が湧いてきた。

 

 彼を好きになれなかった場合、私はこの罪悪感を抱いて一生過ごすことになるのか?

 それでもいいと、割り切れる性格ではないことは自分が一番よく分かっている。

 

 やっぱり、無理かもしれない。

 

 それによくよく考えれば、王妃にならずとも彼女を助ける方法はいくらでもあるのではないだろうか。

 

 私は顔を上げて王子を見据え口を開こうとしたが、唇に指を当てられ阻まれた。

 

 「それは無し。ここまで漕ぎ着けたんだ、僕にも機会を頂戴。もうしばらく、せめて君が卒業するまででもいい。僕の婚約者のままで君を口説かせて?」

 

 あっさりと心の内を読まれたことに驚く。

 

 「なんで私が言おうとした事が分かったのです?」

 「んー、まあ、君の表情の変化を見ていれば、なんとなくね。で、僕のお願いを聞いてくれる?」

 

 あまりにも捨てられた動物のような悲しそうな顔をしているから、つい頷いてしまう。昔からこういうのには弱いんだ。

 

 「分かりました。では、卒業までということで。」

 「うん。ありがとう。それまでに好きになってもらえるよう全力で頑張るよ。」

 「そこは全力で王子業に勤しんでください。」

 「愛する婚約者がつれない・・・」

 

 え?!・・・いつの間に愛までいった?

 

 

 コンコン

 

 「そろそろお話は終わりました?」

 「クラウス殿下、もう夜になるよ。俺達もう帰るからノア嬢も一緒に。」

 

 そろっとイザベルとパトリック殿が扉から覗き込んできた。

 

 「丁度良く、キリが着いたところだ。では、クラウス王子殿下、私はこれで・・・」


 私は二人に返事をし、返す刀で王子に別れを告げようとした。

 

 「もうそんな時刻か。君と話していると時間があっという間に過ぎるよ。今日はロサ子爵邸に帰さないといけないよね。」

 

 王子がさも残念そうに言うが、内容が不穏すぎだ!今日は、じゃない!と心の中で突っ込めば、王子はまたもや私の表情で分かったらしく、にやっと笑った。

 

 それからひょいひょいとイザベル達を手招いて宣言した。

 

 「ノア嬢は僕とこのまま婚約を続けることになったよ。だが卒業までに彼女に僕を好きになってもらわねばならない。だから、二人ともそうなるように手伝ってね。先ずは明日『放課後デート』をするからついてきて。」

 

 突然何を言ってるのだ、と断りを入れようとした私の目にぱっと顔を輝かせたイザベルが映った。

 

 「それはWデートですね!私、一度やってみたかったんです!それもノアとだなんて最高!」

 

 彼女にこうも大喜びされてはもうやるしかない。私は開きかけた口をそっと閉じた。

 

 「イザベル、Wデートって何?」

 「二組の恋人同士でデートすることよ!」

 「私達は恋人同士ではない!」

 

 パトリック殿に得意気に説明するイザベルに全力で突っ込む。

 

 大体、あれほどパトリック殿に恋愛感情はないと言っていたくせに、今サラリと自分達を恋人同士といったことにイザベルは気がついているのか?

 

 「そうなんだ。じゃあ、僕とイザベルは恋人兼婚約者同士で、クラウス殿下とノア嬢は婚約者同士ということになるけど、それもWデートになる?」

 「なると思うわ。えっ、私とパットが恋人同士?!」

 「イザベルが今言ったんだよ?」

 「いや、えっと、それは。」

 

 嬉しそうな声でパトリック殿がイザベルに確認し、今更ながら自分の言ったことを自覚したイザベルが真っ赤になってワタワタしている。

 

 やはり、イザベルはかわいい。

 

 「僕は君の方が可愛いと思うけどね。」

 

 サラリと横から聞こえてきた声は無視した。

 

 なんでこの人はそんなに私の考えていることがわかるのか・・・。

 

 「全てお見通しの人の側は居辛いですね。」

 

 ボソリと隣にだけ聞こえるように呟けば、王子の顔がサッと青ざめて両手でパッと口を塞いだ。

 

 「フフッ」

 

 その仕草が小さな子供のようで可愛らしく、王子の外見とのギャップに思わず笑い声をたててしまった。

 

 「ノア嬢が笑った!」

 

 王子が目を見開いてポカンとしている。

 

 「私だって笑うことくらいあります。」

 

 自分でもちょっと恥ずかしかったので視線を逸しつつ言い返せば、彼が身を震わせた。

 

 「僕は今、生まれて初めて女性を抱きしめたい衝動に駆られているんだけど、実行したらダメだよね?」

 「ダメです!」

 

 叫ぶようにその言葉を王子に投げつけ、私はイザベルの元へ走って彼女に飛びついた。

 いつものように彼女は私を受け止めて抱きしめてくれる。なんだかホッとして彼女の背に腕を回して頬を擦り寄せた。

 

 「イザベル、大好きだ。」

 「私もよ、ノア。」

 「ちょっと待ってよ!イザベルは俺の婚約者だよ?!俺と結婚するんだから!」

 「それを言うなら、ノア嬢は僕の婚約者だ!」

 

 男二人が横で大騒ぎしている。

 

 「さあ、帰ろうか。」

 

 私は男達を放ってイザベルの腰に手を回して促す。

 

 「あ、そうそう。王太子妃殿下からこれを預かって来たわ。」

 「これは・・・アンケート?」

 

 イザベルに手渡された、金で縁取られ王太子妃殿下の紋章が入った豪奢な封筒の中を覗いた私は首を傾げた。

 

 「例のドレスの感想をまとめて書いてクラウス王子殿下伝で送って欲しいらしいわ。」

 

 そういえば、どうやって返そうか悩んでまだ手元に置いてあったな。しかし、本当に王太子妃殿下の肝いりのドレスだったのか・・・。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


さー、長かった二人の問答が終わりました。次は外へ行きましょう!

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