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18、王妃特典


 全てを話して開き直ったらしく私の抗議をものともせず、クラウス王子はニヤッと笑った。

 

 「まあまあ、そう逃げ腰にならず話を聞いてよ。この結婚は君にもメリットが随分とあるんだから。」

 「メリット?」

 

 私が王妃になって良いことって何だ?

 

 窮屈な生活になるとか、好きに街に行けなくなるとか、動きにくいドレスを着て夜会への出席が必須だとか、嫌なことばかりという印象だったが、得することがあるのだろうか?

 

 「別に、金のかかった服や宝石を身に着けたり、美味しい物を食べたりという贅沢は望みませんが?」

 

 私の中では、そんなことと王妃という役職は釣り合わない。と言えば、王子がくっくと笑った。

 

 「ああ、思っていた通りだ。ノア嬢ならそういうと思った。僕の言う君のメリットはそんなことじゃないから安心して。」

 

 嬉しそうに話す王子に対して、私は考えを読まれていて面白くないと無表情を保った。

 

 「では、私が王妃になった場合に受けられるメリットとは何でしょうか?」

 

 言外に早く教えろ、と訴えた私に王子はゆっくりと立ち上がってお茶とお菓子を運んできた。横に自分の分も並べて、少し冷めてるけど、と勧めて優雅に自分の分を口に運んでいる。

 

 のんびり焼き菓子を食べ、お茶を飲んで一息ついた王子は隣でじっとそれを見ていた私ヘニコッと笑顔を向けた。

 

 「ノア嬢、そう急かさないでよ。僕は君と話すのが楽しいのに。」

 「私はちっとも楽しくありませんが?」

 「えー、そうなの?それは残念だな。どうしたら君に僕と話すのが楽しいと思ってもらえるのかな。」

 「婚約を取りさげて下さるか、貴方がイザベルにでもならない限り、難しいですね。」

 「やあ、それは困ったね。婚約を止める気は全くないから、君の中でイザベル嬢と同じに見てもらえるように頑張るよ。」

 「・・・そうですか。」

 「まあ、ちょっとこのお菓子でも食べて一休みしよ?」

 

 ムダな努力をしたがる人だと思って呆れていたら、王子が美味しいよ、と言いながら皿の上から複雑な紋様の入った焼き菓子を一つつまみ、私の口に押し込んできた。

 

 無理矢理過ぎる!かといって口から出すわけにいかず、私は黙ってそれを咀嚼した。

 

 ・・・すごく美味しい。さくさくして口の中でサラッと溶けていく。

 ハーフェルト公爵家のお菓子よりバターが控えめで同じくらい上品な味がする。

 

 「・・・美味しい。」

 「でしょう。先日のお茶会でノア嬢はこういう焼き菓子が好みのようだったから。」

 

 菓子の種類によって私の反応はそんなに違ってなかったと思うが。よく気がついたな。

 

 こういう特別扱いをされたことはほとんどないため、なんだか落ちつかない。

 

 自分を取り戻そうと、冷めかけのお茶を行儀悪く一気に喉に流し込んで王子の目を真っ直ぐに見る。

 

 楽しそうな彼の濃い緑の瞳の中に、怒っているような困っているような黒髪黒目の私が居た。

 

 「それで、私が王妃になるメリットとはなんですか?いい加減教えて下さい。まさかこのお菓子じゃないですよね?」

 

 「やっぱり、お菓子じゃあ釣られてくれないか。」

 

 ハハッと朗らかに笑って足を組み、ソファの背もたれに行儀悪く頬杖をついた王子がこちらを見つめてきた。

 

 「ノア嬢、君は持っている伝手を適切に使って僕の所に最短で来た。それに君は噂を集めて分析するのが趣味だろう?王妃の所なんて噂の集積地だよ。君みたいに持てるものをきちんと使い、噂に踊らされず冷静に判断できる女性は王妃に向いていると思う。」

 

 「そんなのは王妃本人がやらずとも、お付きの侍女だって出来ます。」

 「まあまあ、続きを聞いて?王妃ってうまくやれば社交界中の噂が集まるんだよ。」

 

 何を話したいのかまだ見えて来ないので今度は頷くだけに留めた。それでも、私の反応があったことに満足したらしく王子はそのまま話を続ける。

 

 「だからね、君が分析してくれれば貴族のことだけじゃなく、国中の色々な情報が早めにキャッチ出来る訳だ。」

 

 「それなら情報分析官として雇って下さい。最初はそういう話でなかったですか?」

 「うん?僕はあの時、僕の側で妃として働いて欲しいってお願いしたつもりだったんだけど。」

 

 お茶会の時は側で働くという話だったはずと詰めれば、飄々と返された。

 

 え、あの時から既に私と結婚する気だったのか!

 

 心底驚く私に王子は更に畳み掛けてきた。

 

 「そして、イザベル嬢のことなのだけれど。」

 「イザベルがどうかしました?」

 

 何故彼女が此処で出てくる?とは思ったが、私にとって彼女のことは看過できない話題だ。

 王子は私の反応を見て目を細めた。

 

 「彼女は随分と人が良いそうだね。」

 

 大きく頷く私。彼女の思いやりは一級だ。入園以来ずっと近くにいる私が保証する。

 

 「実は彼女の結婚相手のパットも割とお人好しの方でね。そんな二人が結婚してこの貴族社会を無事生き抜けるか、僕は心配しているんだ。」

 

 それを聞いた途端、私は全身から血の気が引いた。

 

 お人好しとお人好しの夫婦なんて貴族からしても商人からしても格好の餌食じゃないか?!

 

 「でも、パトリック殿にはハーフェルト公爵家がついているし・・・」

 「公爵家だって婿に行った息子の家の事情まで四六時中監視しないでしょ。それに二人が助けてといった時には手遅れという可能性もある。」

 

 確かに。容易く想像できるその未来に私は不安になってきた。

 

 「そこで君が僕の妃になって噂をうまく集めていれば、イザベル嬢達が危機に陥る前にさり気なく助けることが出来ると思わないかい?」

 

 確かに。私が小さな町の店主であれば、ヴェーザー伯爵家がどうなろうと手も足も出せない。

 

 でもだからといって、一足飛びに国のトップの王妃になるってのも極端じゃないか?

 

 第一、そんな邪な目的の王妃なんて許されるのか?

 

 「ですが、それでは私が王妃の座を利用する、ということになります。」

 「集めた情報を使って貴族間の無用なトラブルを未然に防ぐのも我々王族の役割だと僕は思う。」

 「権力の私用には当たりませんか?」

 「そこはやりようだね。その辺はハーフェルト公爵が上手いから見て習えばいいよ。」

 

 公爵は一体どういう職権濫用をしているのか、気にはなったが今は聞くのを控えた。

 

 しかし、こんなことを聞いてしまえば俄に王妃の座が欲しくなってきた。イザベルが危機に陥るのをただ見ているだけだなんて、耐えられるはずがない。

 

 私がうんと頷くだけで、イザベルを生涯に渡って助けられる地位が手に入るのだ。

 

 

 物凄い葛藤の後、私はもっとも大事だと思うことを尋ねた。

 

 「私が貴方の好意を利用する形になりますが、いいのですか?」

 「全く問題ないよ。僕のほうが君のイザベル嬢への気持ちを利用したんだ。で、そんなことを聞くということは僕と結婚する気になってくれたってことだよね?」

 「そう、いう、ことになります、が。」

 

 愛がない分、利用度は私の方が上な気がするがそれでも問題はないのか・・・怯む私とは反対に、王子の顔はぱっと輝いた。

 

 結婚、とはっきりと言葉にされると何だか恥ずかしい。愛の告白をしたわけでもないのに、目の前の人と結婚するのかと思うと、耳が熱くなり王子の顔をまともに見られず私は俯いた。

 

 「嬉しいな。あれ、赤くなってる?何だか君が可愛くてたまらなくなってきた。もう『好き』になっているかも。」

「そういう発言はやめて下さい!」

 

 私は必死で抗議した。もう全身が沸騰してわけが分からない。こういう免疫が自分に無いことを痛感した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


それはいいのか?

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