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13、お菓子と初恋


 「イザベル嬢にまであんなに警戒されるなんて、さすがに僕もショックだなあ。」

 「日頃の行いが悪いんじゃないですか。」

 「え、僕は何もしてないよ?君は知ってると思うけど僕が遊んでるとか、浮気症とかの悪い噂は全部嘘だよ。」

 「ご存知でしたか。」

 

 実はこのクラウス王子、ニ歳上で一昨年まで同じ学園に通っていた。

 

 貴族ばかりの学園で婚約者のいない王子なんて格好の餌食で、両親に似て武術にも才があり、鍛えている上に見た目も割と良く人当たりも柔らかいため、ご令嬢達からの人気は絶大だった。

 

 常にご令嬢達に囲まれ、引き連れていたものだから、一部からは『第一王子のクラウス殿下は女好き。とっかえひっかえ遊んでる。』と言われていた。

 

 まあ、噂を精査した結果、それらはただのやっかみで王子はご令嬢達についてこられているだけであり、手は出していないと私は知っている。

 

 知っているからといって私が王子に好意を抱くとかは全くない。学園時代もたまに見かけるだけで何の接点もなかったし。

 

 だからこそ、この状況に納得がいかない!なぜ、私にドレスが用意され王子とニ人で話すことになっているのだ?!

 

 

 「で?お話とは何ですか?」

 

 先程の木陰の椅子に並んで腰を下ろすやいなや、私は王子に直球で聞く。

 その失礼な態度にも王子は笑顔を崩すことなく、爽やかに返してきた。

 

 「ロサ子爵令嬢は卒業したらどうするの?」

 

 王子から突然振られたそれは、全く予想外のものだった。私は子爵令嬢がこんなことを言っていいのか迷いながら口を開いた。

 

 「私は兄の手伝いをしつつお金を貯めて、いずれは一人で生きていけるよう店を持ちたいと思っております。」

 「君は一人で生きて行くつもりなの?結婚を考えていないのは、女性しか愛せないから?」

 

 一瞬、悲しそうな顔をした王子は、大体の人が避ける内容を真顔で聞いてきた。

 

 まあ、イザベルにああも愛を叫んでいれば誰だってそう思うだろうことは私だって理解している。

 

 それに私は聞きにくいことをこう、はっきりと尋ねてくる人が嫌いじゃない。

 

 だから正直に答えた。

 

 「いいえ。私は女性が好きなのではなく、イザベルが大好きなのです。彼女のことは心から好きですが、私が女性である限り結婚できるとは全く思っていません。」

 「ということは・・・」

 「私が愛するのは女性限定ではないようです。現に初恋は男の子でした。要は私が好きだと思えば、男でも女でもいいと思ってます。」

 「なるほど、両方OKとは。・・・えっ?!初恋?!何処の誰?!」

 

 意外な部分に王子が反応した。

 私の初恋にそこまで興味を持つなんて、この人は実は恋愛話が好きなのか?

 

 王子がじっと待っているので、私は首を傾げつつ答える。

 

 「何処の誰かはわかりません。子供の頃に街で出会った少年です。別に面白くもなんともないでしょう?」

 「そう、なんだ。確かに面白くないけれど。その男の子との出会いは?」

 

 面白くないのにまだこの話を続けるのか?私はさらに首を捻りつつ、別に隠すものでもないしと質問に答える。

 

 「昔、五つの時でしたか。父が兄と私をエルベの街のお祭りに連れて行ってくれたんですよ。そこで買って貰ったおやつを落としてダメにしてしまって。泣いていたら近くにいたその子が、まだ食べてないからと自分の分を譲ってくれたんです。」

 

 「え、それだけ?」

 「はい。私はそんな親切を受けたことがなかったので、子供心に素敵な子だなあと思ったのを覚えています。」

 「理由が見た目の格好良さとか、好みだったとかじゃないのが貴方らしいかな。」

 「たった五歳ですよ?見た目なんて黒っぽい髪だったくらいしか覚えてないです。」

 「それでもその男の子が初恋なんだ・・・」

 「ええ、多分・・・」

 

 王子が何か呟きつつ考え込んでいる。

 

 私としてはこれが男の子にときめいた唯一の想い出なので初恋だと思っていたけれど、他の人から見れば違っているのかも知れない。

 

 「でもこれだと私は食べ物を貰ったら簡単に落ちる女みたいですね。食べ物に執着しているだけで、初恋じゃないのかもしれません。」

 

 気まずくなった私がそう茶化して笑えば、王子がハッとしたように料理の乗ったテーブルへ走って行って、美味しそうなお菓子をたくさん皿に乗せて戻ってきた。

 

 「気が回らなくてごめんね!好きなの食べて。」

 「え、ええと、ありがとうございます。」

 

 別に要求したつもりはなく、お腹も空いてはいなかったのだが、王子の勢いに押されて皿を受け取ってしまった。

 でもさすが王子、急いでとってきたのに盛り付けが綺麗で、私は反射的に美味しそうと声が出た。

 

 「よかった。ハーフェルト公爵邸の菓子は、下手すると城のより美味しいから食べないともったいないよ。僕の分もとって来るから先に食べてて。」

 

 サラッと笑顔で言って自分の分を取りに行った王子の背中を眺めて、私はクッキーを一枚口に放り込んだ。

 

 「あ、本当に美味しい。」

 

 その最上級のバターを贅沢に使った味わいに柄にもなくうっとりとして、なんとなく残りは王子が戻るのを待って食べようと皿を膝に置いた。

 

 「先食べててくれてよかったのに。」

 

 直ぐに戻ってきた王子の後ろから公爵邸の使用人が数人ついてきて、運んできた小さなテーブルと飲み物をセットしていった。

 

 その気配りと手際の良さに、さすが国一番の貴族は細かい所まで行き届いているなと深く感心する。何より使用人の数が違う!うちは通いの二人しかいない。

 

 去っていく揃いのお仕着せを着た彼等の後ろ姿を眺めていたら、王子の呑気な声がした。

 

 「実は菓子を取りに行っている間に君がいなくなってないか、ヒヤヒヤしたよ。」

 

 私はその台詞に目を瞬かせた。

 

 言われてみれば、着替える時はあれ程逃げ出したかったのに、今は何故逃げようと思わないのだろう?

 

 ・・・まあ、逃げてもムダに違いないが。

 

 「殿下のお話をまだ聞いておりませんから。」

 

 言い方を考えて、結局もう一つの方を質問の答えとした。実際、王子の話を聞くまで離してくれそうにない。

 

 「そういやそうか。僕の話はどうしようかな・・・。」

 「・・・?お話されないなら、これで失礼します。」

 「いや、ちょっと待って!思ってたのと違ってたから話すべきか今悩んでるんだ。」

 

 私は片眉を上げて王子を見返した。

 

 この人は一体私に何を話したかったんだ?

 

 黙って見つめていると王子は顔を覆って天を仰いだ。本当に何か悩んでいるらしい。


 これはしばらく待ってあげるべきか?

 

 「そういえば、初恋の子を探そうとは思わなかったの?」

 

 同情しそうになった途端、いきなり話題を戻された。尋ねられた私は遠い記憶を手繰り寄せた。

 

 探したかと言われれば、探した。数年に一度くらいしかあの街へ行く機会はなかったけれど、行く度にあの男の子がいないかとキョロキョロしていたし、色々な人から話を聞いてみたりもした。

 

 だけど元々はっきりと覚えていなかったし、記憶はどんどん薄れていった。それでも習慣のように、最後の方は意地で探した。

 

 そうしているうちに、噂を拾うことが上手くなって、虚実入り混じるそれらから必要な情報を抜き出すこともできるようになり今に至る。

 

 ここまでくれば初恋というより、今の私を作った人かもしれないな、と思う。が、そんなことをこの王子に言う必要はないと判断した。

 

 「いいえ、子供でしたから探しませんでした。」

 「そっか。それでも初恋って忘れられないものだよねえ。」

 

 王子は一人納得したように手の中の空の皿へしみじみと言葉を落とした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


おやつは何より強いのです。

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